第十六話 『コンフィデンス』 7. コンフィデンス
山凌ランドの駐車場で光輔達を出迎える、疲れきった表情の木場。
礼也はすでに、陸竜王とともに帰路へとついていた。
「おまえ達、このまま帰るか?」
竜王をちらと見やり木場が告げる。
「いえ、自分で帰ります」
光輔の様子をうかがい、夕季もぼそりと続いた。
「……あたしも」
木場達と別れ、光輔と夕季だけがその場に取り残される。
会話もなく立ち去ろうとした二人を待っていたのは、光輔の友人達のよそよそしい視線だった。
「祐作……」
その常ならぬ険しい表情に気づき、光輔が言葉を失う。
「おまえ達だったんだな、あれに乗ってたのって」
苦しそうに祐作の顔を見上げる光輔。
距離を置き、そのやりとりを夕季が静観していた。
「あ、うん……」
「なんで黙ってたんだよ」
祐作が押し出す。静かではあるが、怒りのような感情はしっかりと伝わってきた。
「あ、うん。あのさ……」
「おまえ、ふざけてんのかよ!」
突然の茂樹の爆発に再び口ごもる光輔。
その態度が癇に障ったのか、茂樹が光輔の胸倉をつかみ締め上げた。
「なんでそんな大事なこと、俺らに黙ってたんだよ!」
「あ……」光輔が茂樹から目線をはずす。「みんなに迷惑かけたくなくて、さ……」
「ああ!」やるせない憤慨がさらにヒートを加速させた。「おかしいだろ、それって! 何、迷惑とか言ってんだよ、おまえ! いい加減にしろよ! 俺ら、ずっと騙してたってことだぞ!」
「……」
「俺ら、ツレだろ。なんでも話せってわけでもねえけど、そんな大事なこと、なんで一言も言わねえの! なめてんのかよ、おまえ!」
「やめろよ、茂樹」
今にも殴りかからんばかりの勢いの茂樹を、祐作が制する。
「光輔にもなんかわけがあったんだよ」ちらと光輔を見やった。「それでも、やっぱ言ってほしかったけどな」
「くそっ!」
毟り取るように茂樹が光輔から腕を引き剥がした。
続けて隆雄がぼそりと吐き出した。
「なんか、裏切られたみたいだよな。信じてたのにさ」
「!」はっとなって光輔が顔を上げる。それから悲しそうにまたそむけた。
みずきらは困ったような表情で、ことの成りゆきをはらはらしながら見守っていた。
「ずっと俺達の知らないところで知らないことしてさ、それで全然知らん顔してたんだな。特別なことしてんだったら少しくらい言ってくれてもいいのに。そしたらさ、俺らだって少しは気を遣ってさ……」
「そういう言い方ってないよ」
ふいに発せられた夕季の声に全員が振り返る。
夕季は静かな口調で先につなげた。
「光輔はみんなのためを思って……」
「夕季、もういいよ」
夕季の声に被せるように光輔が待ったをかける。
その諦めた顔つきを夕季が睨みつけた。
「何がいいの。友達なんでしょ」
「でもみんなの言うとおりだから。俺が茂樹達の立場だったとしても同じこと思う。俺、友達にひどいことしたんだよ。俺がみんなの気持ちを踏みにじったんだよ。裏切ったんだ。普段は親友とか何とか、調子のいいことばかり言っててさ。俺、自分のことしか考えてなかった。そうされたらどんな気持ちになるのかなんて、ちっとも考えてなかった。そうだよな。ほんとにそう思う。俺が悪かったんだ。みんな、ごめん……」
「おまえな!」
「いいよ、茂樹」
いきり立つ茂樹を言葉だけで制する祐作。
みなが見守る中、背中を向け、光輔が一人その場から去って行く。
残された夕季が茂樹達へと振り返った。
「本当にそう思ってるの」
茂樹が一歩前へ出る。
「何が!」
「光輔が自分達のことを騙してたって。裏切ったって」
「だって、そうだろ」
夕季が茂樹と向き合う。睨みつけるわけではなく、切なそうに瞳を揺らしながら、その顔を見つめ続けた。
「光輔は好きでそんなことをしているわけじゃない。あたしや礼也とは違う。でも、光輔の他に同じことができる人間がいないから、仕方なくやっているだけ。本当はみんなと普通にしていたいに決まってる」
「だからって、なんで俺らに何も言わねえの。裏切りだよ」
「言えば、今までどおりでいられなくなるのがわかっていたから。今みたいに」
「……。だからってさ!」
「きっとみんなを危険なことに巻き込みたくなかったからだと思う。それを知れば、さっきみたいにみんなが逃げないことを知っているから。自分のせいでみんなを傷つけたくなかったから。そんなこと、曽我君達の方がわかっているはずでしょ」
「……」
茂樹が目を細める。光輔の消えた方角へ顔を向けた。
「光輔、きっとみんなから離れていく」
夕季のその言葉に誰よりも反応したのは、それまで黙って静観していたみずきだった。
「! どうして」
真剣な表情のみずきと夕季が向かい合う。それから茂樹同様、光輔の後を目で追うように視線を向けた。
「みんなを裏切ったと思っている自分が許せないから。あいつは、光輔はそういう奴だよ」
「何だよ、それ」不快そうに顔をゆがめ、祐作が前へ出た。「なんで古閑にそんなことわかるんだよ。俺らよりあいつのこと知らないくせに」
夕季が力なく祐作を見上げる。
「死んでもいいって思ったことある?」
「!」口ごもり、強がるように祐作がそれに答えた。「死にたいと思ったことくらい、何度だってある」
「自分以外の誰かのために?」
「……」
真っ直ぐな夕季のまなざしを受け止めきれず、目をそむける祐作。
「だったら、これ以上何を言ったって伝わらないと思う」
「……古閑にはあるってのかよ」
「……」ぎゅっと口もとを結ぶ。それから淋しそうにつないだ。「わからない。でも光輔はずっとそうだった。大好きな人達や、ここにいるみんなのために。だけど光輔はそれを少しも鼻にかけたり、自慢したりしない。それどころか自分だけがみんなと違うことで苦しんでいる。自分のせいでみんなを傷つけやしないかって、いつも心配している。みんなのことが本当に好きだから」
「あ……」
「どれだけ苦しくても光輔は逃げたりしない。みんなと一緒にいたいから。みんなのことを守りたいから。だから、いつも笑っている。どれだけつらくても、いつだって何でもない振りをして笑っている。みんなに笑っていてほしいから。みんながいてくれれば、どんなことにだって耐えられるから。それなのに、あんな言い方ひどいよ……」
「……」
「光輔がいなかったら、きっとあたしは、今ここにいられなかったと思う。お姉ちゃんも、この街も……」
祐作や茂樹達にはその言葉の意味がわからなかった。
みずきの表情がふっと勢いを落とす。何も言わず、夕季の横顔を見つめていた。
「誰かがそばにいる限り、光輔は決して逃げたりしない。これからもそれは変わらないと思う。だからあたしは、光輔を信じる。周りから他に誰もいなくなっても、あたしは最後まで光輔を信じる。一人にはさせない」悲しげに揺れる瞳に光を宿した。「光輔は、大切な友達だから……」
夕暮れの街並みを、がっくり肩を落とし、足を引きずるように歩を進める光輔。
少し前を歩きながら、夕季が何度も心配そうに返り見た。
冷たい風が吹き抜けていく。
「光輔……」
夕季に呼びかけられ、光輔がゆっくり顔を上げる。
その時、後方からの声が光輔を呼び止めた。
「穂村君」
光輔が振り返る。
みずきだった。
光輔が二人の顔を交互に眺める。
すると夕季がぎゅっと口もとを結んだ。
「……。あたし、先に行くから」
「あ、うん……」
二人を残し、夕季が足早に立ち去っていく。
それから少しはにかんだ様子で、みずきが小さな声を押し出した。
「あの。さっきはごめん……」
何も期待せずに光輔がその顔に注目する。
「……いや、いいよ、別に……」
「電話したんだけど、つながらなくて」
「?」
携帯電話の電源が切ってあることに光輔が気づく。壊れるかもしれないとの桔平からの助言で、搭乗前にオフにしたままだった。
何の気なしに電源を入れると、矢継ぎ早にメールが飛び込んできた。
その内容を確認し、目頭が熱くなる。
祐作や茂樹達からの『ごめんねメール』だった。
みな一様に謝罪と励ましの言葉を連ね、最後には決まって『頑張れ』と添えてあった。
画面から目が離せず、光輔がぎゅっと携帯電話を握りしめた。
「……」
様子をうかがいながら、みずきがおそるおそる言葉を積み重ねていく。
「みんなすごく気にしてた。穂村君に悪いことしたって。穂村君のせいじゃないってわかってるのに、ひどいこと言っちゃったから。みんなのために頑張ってくれてたのだってわかってるのに。もし許してくれるならきちんと謝りたいって。古閑さんにも」
「……。夕季?」
「うん」
「……」
「……穂村君?」
「……」
みずきに先に行くよう告げ、光輔が暮れていく空を見上げる。
その表情は先までとはまるで別人のように晴れやかだった。
携帯電話を取り出し、夕季のナンバーを探る。
「あ、夕季。俺。明日の夜さ、初詣に行かない? しぃちゃんや雅も一緒にさ。うん……、そうそう……」




