第十五話 『サイレント・カロル』 12. サイレント・カロル
ピンポーン……
呼び鈴が鳴り、表情もなく夕季がドアを開ける。
真っ先に飛び込んできたのは雅の笑顔だった。
「おいす夕季、クリスマス大会やろ」
夕季が複雑そうに眉を寄せる。
雅の後ろには同じく熱苦しげな笑顔の陵太郎と、気まずそうに顔をそむけた桔平の姿があった。
「けっぺーさんがクリスマスなのに誰も相手にしてくれなくて淋しいから、かまってほしいんだって」
「おいおい、みっちゃん……」
「駒田さんにもフラれちゃったらしいよ。一緒に徹夜でパイオ・へザードやろうと思って買ってったのに、駒田さんコンパ行っちゃったんだって。俺も連れてけって言ったら、すぐシモネタとか言うから駄目だって断られたみたい」
「……全部言っちまったな」
「せっかくケーキまで買ってったのにせつね~な~」
「今がな。ここにいることがとにかくいたたまれねえ」
「……。あたしは……」
「ほら、けっぺーさん」明らかに乗り気ではない夕季に被せて言う。「夕季、けっぺーさんのこと嫌ってるから来ないって言ったじゃないの!」
「オブラートとかねえんだな……」
「仕方ないすよ。本当のことですから」
「おまえが言うな!」
ゴチンと陵太郎のもっさり頭をこづく。
「って! ひどいすよ。雅の方がよっぽど辛らつなこと言ってるのに、なんで俺だけ」
「おまえはかわいくねえからだ!」
「よかった、かわいくて」
「自分で言いやがったな……」
陵太郎と雅の部屋で居心地悪そうに夕季が腰を下ろす。四つに切り分けたケーキが乗せられた取り皿がそれぞれの席にあった。
「あたしこのチョコもらっていい?」
「いや、看板のチョコの所有権者はオーナーの俺だろ」
「けっぺーさんには家とサンタさんどうぞ」
「どうぞって、これローソクじゃねえか……」
「さすが、けっぺーさん!」
「なあ、いい加減、そのけっぺーさんてのやめてくんねえか?」
「いいえ、クリスマスですから」
「……つまり話が通じねえわけだな」
「クリスマスですから!」
わいわいと楽しそうにはしゃぐ桔平と雅を、夕季は恨めしげに眺めていた。
「はい、夕季」
雅がきらびやかな三角の紙帽子を夕季に無理やり被せる。今日のために雅が買ってきたパーティーグッズだった。
露骨に不快感を表し、夕季がそれを取り外そうとする。
「取ったらもう今後二度と口をききませ~ん。お正月くらいまで」
あっけらかんと言い放つ雅の笑顔に負け、悲しみに暮れながらその手を押しとどめた。
「おお、さむ」陵太郎がもそもそとこたつにもぐり込む。「あったか。やっぱりこたつは買って正解だったな」
隣に座った陵太郎を、夕季は何のリアクションもなくただ眺めていた。
目が合うや、咄嗟に夕季が視線をそらした。
「……またいじわるされてるのか?」
そろりと夕季が視線を戻す。
陵太郎が顔を向けて笑っていた。
「推薦、決まってよかったな。おまえならもっと上の高校でも余裕だろうけど、こればっかりは仕方ないからな」
「……。別に何も……」
「そうか」熱苦しげに笑う。「残念だがこれからは生徒と教師の立場だ。学校では先生と呼べよ」
「はい、先生」
「いや、今はまだいいからな……」
奇声に顔を向けると、桔平と雅がゲームを始めようとしているところだった。夕季同様、二人とも三角帽を被っている。髭付き丸めがねのオプションもオマケだった。
「けっぺーさん、そこ違う!」
「いや、待て、みっちゃん……」
「壁に肩擦ってるよ!」
「わかってる、わかってるって!」
「Lボタンでかまえるの! こうだよ、こう」
「いや、わかってんだけど難しくて。あれ、これ取れねえな……」
「それ、アイテムじゃなくて床のシミ。オオボケ?」
「このメガネ取ってもいいか? でけえ鼻が邪魔で何も見えねえ」
「取ったら冬休み中、毎日ランチとケーキバイキングおごってもらいます。当然口は一生ききませんが」
「俺はそれを黙って受け入れるしかねえのか……」
「おかしいよ。女子高生と一緒にランチに行けるだけでもありがたいってのに。その上ケーキバイキングもだよ。もう、びっくりだよ」
「この野郎、本気だな。自信満々に言い切りやがった顔に一ミリも迷いがねえ。だが、妙にむかつくのに、何故か許してしまう自分が情けねえ」
「よかった、かわいくて」
「三十になってもおんなじこと言いやがったら、ゲンコツでぶん殴ってやるからな……」
「ああ、また! もうへたぴー! 貸して!」
「へたぴーて……」
コントローラーを雅がひったくる。
「とう!」
「ハーブ取っただけだろ……」
「あれ? 見たことあるよ、ここ? おかしい! 何だか同じ部屋ばっかり。このゲーム手抜きだよ」
「いや、そこさっき三回も入ったろ」
「え? え?」
「まーた、おんなじドア開けちまったな。なんにもねえとこなのに」
「わかってるよ。ひょっとしたら五回目くらいにはラスボスが出るかもしれないかと思って」
「まだ最初の部屋出たばっかじゃねえか。だいたいセーブするとこにラスボスが出るわけねえだろ」
「あ、なんか飲んじゃった」
「さっき取った回復アイテムだろ、それ。ノーダメなのにもったいねえな」
「食べる前に飲む!」
「ああ! そっち、ゾンビいんだろ!」
「わかってるよ! 死ね! えい! えい!」
「おい、手に武器なんも持ってねえぞ」
「そんなのわかってるよ!」
「わかってんのかよ……」
「えい! えい!」
「ああ、おい、シャクシャクされてんぞ。連打しろって。逃げろって。おい、肩、壁擦ってんだろ」
「おかしいよ、これ!」
「親指でポーズ押しちゃってんだよ。あ、またかじられてんぞ。ほら、足引きずってるってばよ。早くなんか飲んどけって」
「もう、メガネ邪魔!」
「あっさり取っちまったな」
「気が散るから黙ってて!」
「いや、俺よりへたぴーだろ……」
ぼうっとその様子を眺めている夕季に陵太郎が気づく。
「つまんないか?」
視線だけで夕季が答える。小さく首を横へ振った。
「そうか」すると安心したように陵太郎が笑った。「来年はもっと楽しくなるといいな」
夕季の皿へ自分の苺を乗せる。
それと陵太郎を交互に見比べ、夕季が戸惑いの表情を見せた。
「ん?」ケーキを頬張りながら視線を合わせる。「好きだろ、苺」
「……」
「雅がどうしてもおまえを呼ぶって言い張ってな。俺は無理やりはどうかと思ったんだが、鼻の穴に指を突っ込んででも連れて来るってきかないんだ。礼也は音信不通で諦めたけどな。桔平さんも、おまえらをぜひ呼んでやれって」
「……」
「少しくらい話しかけてやれよ。あの人もおまえのことを気にかけてくれているんだからな」
「……」
「……。おまえまで俺のことをウザいとか言うのか?」
「……」
夕季が口をつぐむ。
その戸惑いが、決して拒絶ではないことを陵太郎は知っていた。
「いつでも遊びに来いよ。こたつに入りに来るだけでもいいから」
「……。ん……」
「あ~れ~!」
雅の絶叫に二人が振り返った。
「あ~あ、死んじまったじゃねえか。すげえカジられたな」
「もう、信じられない! ゾンビ、キモ~い!」雅が癇癪を起こす。「ウザい! お兄ちゃんみたい!」
「おまえな……」
夕季が少しだけ表情を和らげた。
*
宴もたけなわの頃合い、缶チューハイを片手に、桔平が正面の夕季へ目をやる。
「何だ? またそんなモンかぶらされてんのか?」
桔平に言われ、夕季が不服そうに口を尖らせた。
「だって、取るとみやちゃんが……」
夕季の頭の上にはパーティー用の三角帽子が乗せられていた。顎紐までしっかりと着け、キンキラの飾り付けと相まって、その仏頂面とのマッチングはとりわけ有り得ないものだと言えた。
「おまえはみっちゃんの命令には素直に服従すんだな。俺が何か言っても軽くスルーするくせによ」
「別にスルーしているわけじゃ……」
夕季と目が合い、桔平が思い出したようにそれを口にした。
「お、そうだ」ポケットをごそごそとさばくり、小さなフィギュアを取り出す。十個以上もあった。「これだ、夕季。エルバラ。全三十種類って、いったいどんだけ買わせようってハラだ?」
じっと凝視する夕季。自分が持っていないものも多く、興味津々だった。
「なんだ、欲しいのか、おまえ」
「……別に」
「早く言えって。やったのによ。結構捨てちまったぞ。色違いのオンドレとかもあったんだけど、どっかいっちまった。欲しいんならまた探してきてやるけど、どうすんだ」
「い、いらない……」ぷいと横を向く。その表情は明らかに欲しそうだった。
「オマケくらいで恩きせたりしねえから心配すんな」何の気なしにあくびをする。「また持ってきてやるよ」
「……うん」
「パスカルだけは一個もねえんだよな。おまえ見たことねえか?」
夕季がふるふると首を振る。
「そっか。人気あんのかな……」
桔平が木場へちらと顔を向けた。
「そういやよ……」木場も夕季同様、三角帽を被っていた。当然、髭付き丸めがねのオプション有りで。「メガネ、すげえ広がってんな……」
「黙れ」
「おまえまだあのガシャポンやってんのか」
「いや」グラスの牛乳を飲み干し、にやりとする。「こないだコンプリートした」
「マジか!」真顔で夕季へ振り返った。「な、ドン引きだろ?」
「……うん」
「な!」
木場と夕季を交互に見比べ、桔平が感慨深そうに口もとをゆるめる。
「考えてみりゃ、一年前にはこんな光景、想像もできなかったな」
夕季がその顔を眺める。
「おまえらが仲良くアパート住まいなんてのも、一生ねえと思ってたからな。誰か一人のおかげってわけでもないんだろうけど、みんなが腐んねえで地道に積み重ねてきたおかげだろうな」
「陵太郎さんのおかげだよ」
何気ない仕草で桔平が夕季へ顔を向ける。
夕季は握りしめたフィギュアをじっと見つめるように、ゆっくりとそれをもう一度口にした。
「陵太郎さんのおかげだと思う。たぶん……」
「そうか……」天井を見上げ、桔平がふっと笑った。
カラになった缶を軽く振り、桔平がふと左手の腕時計に目をやる。
デザインだけ高級品に似せた、どちらかと言えば安っぽい造りの金属製のそれは、色褪せ、傷つきながらも、しっかりと時を刻み続けていた。




