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第十五話 『サイレント・カロル』 11. クリスマス大会 ②

 


「ええ~! 光ちゃんと夕季、アスモデウスに襲われた時、抱き合ってたって本当?」

 チャット画面を見て雅が大声ではしゃぐ。

 それに一早く反応したのは、やはり桔平だった。鶏のモモ肉を頬張りながら光輔へと振り返る。

「何! マジか!」

「いや、あの場合は仕方なくて……」

 挙動不審状態の光輔にも遠慮なしにたたみかけていく雅と桔平。

「仕方ないと抱き合っちゃうの?」

「抱き合っちゃうんだろうな」

「うん、まあ……」

 夕季の両目がつり上がった。

「光輔!」

「あ、はは……。綾さんてば……」

「ねえ、みやちゃん」携帯電話を片手に忍が告げた。「礼也、用ができたから来ないって」

「ええ~!」ぷんすか。「まあ、もともと乗り気じゃなかったみたいだけど」

「あいつはクリスマスってガラでもないからね」

「みんなそうだけどねえ~」

 大騒ぎのテーブルを横目で見やり、カーテンの隙間からすっかり暗くなってしまった外の景色を雅が眺める。

 桔平の揶揄に露骨に顔をしかめる木場のそばで、光輔と夕季がすったもんだのかけ合いを続けていた。

「光輔!」

「ご、ご、ごめん……」

 切り分けられたケーキがそれぞれの目の前に配られる段階になってもなお、その立ち位置は変わらずにいた。

 光輔が隣の夕季の様子をうかがい見るように、何度もちらちらと目をやる。

「あ、夕季、苺好きだよな。これも食べな」

 ご機嫌取り状態で夕季へ苺を差し出す光輔。

 それを夕季がつっけんどんにつき返した。

「いらない」

「遠慮するなって」

「いらないって言ってるでしょ!」

「そんなこと言わずにさ」

 トイレから戻ってきた桔平がたまたまその現場に遭遇する。夕季の皿の上に苺が二つあるのを目撃し、いやらしそうな笑みを浮かべた。

「おいおい、おだやかじゃねえな。どういうこった」

「ははは……」

「さてはおまえら俺に内緒でこっそりつき合ってやがったな。ちきしょー」

 むっとなる夕季。

 慌てて光輔も否定にかかった。

「内緒でとかそんなんじゃないですよ!」

「光輔!」

 たしなめる夕季のその意味も解さずに光輔が自己弁護を始める。

「だってこっそりとか内緒でとか、桔平さんが人聞き悪いこと言うから……」

「その前につき合ってないってことを否定して!」

「え?」目が点になった。「つき合ってないことを否定するの?」

「……。つき合ってないって、否定を……」

 すると、さらににゅっと口もとをつり上げる桔平。

「なんだ、なんだ、結局つき合ってんじゃねえか。綾っぺに言いつけるぞ。ちきしょー」

「ちが……」

 夕季の唇がひくひくと震えていた。

「こいつは絶対日本人じゃないな」

「私も同感です」

 木場と忍の会話にフェザータッチの反応を見せ、桔平がキッとなって振り返る。

「ああーっ! おい、木場! 止めとけって言ったじゃねえか」

 二人仲良くカンフー映画の鑑賞中だった。

「いや、これは、忍が……」

「私のせいなんですか!」

「いや、その……」

「バカ野郎、オまえガタんロんガ、のシーン見逃しちまったじゃねえか。楽しみにしてたのに」

 そこまで責め立てられ、さすがに木場がむっとなる。

「おまえが長すぎるからだろうが」

「バカ野郎! 仕方ねえだろ。シャワー付きはヤベえんだ。最終決断に踏み切るタイミングがうまくはかれねえ。立ち上がろうとしたら、また襲ってきやがる。ピンク色ってのがまた何気に落ち着く」

「三分で済ませると言っていたくせに、三倍遅いぞ!」

「俺のせいじゃねえ。赤い水洗のシャワーのせいだ」

「何を訳のわからんことを」

「巻き戻しましょうか?」

「もういい、もーういい!」リモコンを差し上げた忍を切って捨てる。「過ぎた時は巻き戻らねえ! もう終わりだ!」

「そうか。なら仕方ないな」

「仕方ないですね」

「……。おい、おまえら、俺がせっかくうまいこと言ったのに、それはねえんじゃねえかな……」

「あ、ちょっと戻していいですか? 桔平さんの声がうるさくて」

「おお」

「あ~、もう!」眼中にない二人に憤慨し、桔平が夕季の苺をつまんで食べる。二つとも。

「……」

「ちょっと待てってばよ! もっかい観ようぜ、一緒に」

 残された真っ白なケーキを、夕季と光輔はそれぞれの思惑を胸にじっと見つめるだけだった。

「……」

「……。俺達って、やっぱりつき合ってたんだな? 新発見?」

 オロオロとうろたえながらも場を和ませようとする光輔に、凄まじいまでの眼光が襲いかかる。

「……ははっ、冗談で~す……」

 夕季が光輔の耳を思い切りつねり上げた。

「あだだだー! ちぎれる、ちぎれるって……」

 その頃雅は、パソコンの前で綾音とチャットの真っ最中だった。

「あだだだ、ちぎれる、ちぎれる~、だって……」

「みやちゃん!」


 夕刻、曇天の薄闇の中、礼也は仮設住宅が建ち並ぶ一画へと足を踏み入れていた。

 メガルからの援助によるもので、プログラムによって被害を受けた人達が、新しい住居のめどがたつまで住むことを許されていた。

 玄関先で声がし、礼也を招き入れた楓が嬉しそうに笑う。

 礼也はクリスマスケーキの箱を手に持っていた。

 間髪入れず、楓の後ろから弟達が元気よく飛び出してきた。

「あ、ケーキだ!」

「ケーキだ!」

「こら、いい子にしてなさい。お礼は」

 楓にたしなめられ、二人が大人しくなる。礼也に顔を向けた。

「お兄ちゃん、ありがとう」

「ありが~とう」

「あんでもねえってよ」

 ケーキを二人へ手渡し、礼也がおもしろそうに笑う。

 戸惑いながら楓が礼を口にした。

「礼也君、ありがとう。ごめんなさい、無理言っちゃって」

「んあ?」やや気まずそうに後頭部を指でかく。「約束だからな」

 二人の微妙なやりとりも意に介すことなく、天然の小さな悪意が割り込んでくる。

「早く食べようよ」

「早く食べたいです!」

「駄目。夕ご飯の後だからね」

「ええ~」

「ええええ~!」

「我慢しなさい」

 次に小悪魔達は礼也の持つ紙袋に興味を示した。

「ねえ、こっちの袋は?」

「これは俺のだ」

「何なの、見せて」

「バカ、やめろって」

「あ、メロンパンだ。ちょうだい」

「ちょうだい!」

「バカ言うな、おまえらはケーキで我慢しろっての」

「ちょうだい!」

「ちょうだいなあ!」

 眉間に皺を寄せ、礼也がごほんと咳払いをする。

「おまえら、やメロン……」

「こら! 洋一、ほのか!」

 二人を叱責し、楓が申し訳なさそうに礼也へと振り返った。

「ごめんなさい、礼也君」

「……」

「?」

 手持ち無沙汰になり、礼也が帰ろうとする。

 それを引き止める楓の様子もどこか滑らかではなかった。

「あの、ありがとう」

「いいって。約束だからよ」

「……。よかったら……」言いづらそうに切り出す。「夕飯、食べてく?」

「あん?」バツが悪そうにそっぽを向いた。「いや、やめとく」

「……あ、他に用あったんだっけ」

「ヤボ用だけどな」

「そう……」

「それに邪魔しちゃ悪いしよ」

「邪魔なんかじゃないけど……」

「……」

 淋しそうに楓が顔を伏せる。

 いつもと勝手が違っていた。学校でのように気さくに話すことができない。それは当たり前のごとくそこに存在するものではなく、招く者と招かれる者という特定されたシチュエーションのせいに他ならなかった。

 沈黙を気遣うように雪がちらつき始める。

 吹き抜けた風がやけに冷たかった。

「んじゃ、行くわ」

 木枯らしに肩をすくませたことを契機に、礼也がぼそりと告げる。

 それ以上足止めする術を楓は持たなかった。

「……うん。ごめんなさい、忙しいのに。本当に今日はあり……」

「お兄ちゃん、ごはん一緒に食べようよ」

「う~ん!」

「あん?」

 ふいに乱入する二人の小悪魔達。

 何気なく目をやった礼也へ小さな槍を差し向けた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんの分まで作ったんだよ」

「すごいご馳走! じゅるるる!」

「……」

 楓が顔を伏せる。恥ずかしさで今にも泣き出しそうなのを悟られないために。

「そういうことなら、ちっとゴチになるかな。あっちゃ、別にどうってもんでもねえし」

 はっとなって顔を上げる楓。

 両手を腰に当て、あきれたように礼也が楓を見下ろした。

「だったら早く言えって。遠慮しちまったじゃねえか」

「……。それは、どうも……」

「?」

 不思議そうに楓を眺める礼也の腕を、両側から汚れなきゴブリン達が玄関へと引っ張っていく。

「ねえ、一緒にゲームやろ。マルオ・カート」

「よぐギダネ~!」

「メシ食ったらとっとと帰るっての」

「ええ~、一回だけお願い」

「あいシデマス!」

「ってよ……」

 楓に振り返り、礼也が念を押した。

「あのな、本当に邪魔じゃねえだろうな」

「そんなこと、ない……」胸がいっぱいで言葉につまる。「……けど、よかったら……」

「……」ふい~、とため息をついた。「いいけどよ、俺はガキ相手でも容赦しねえぞ。コテンパだって」

「やった!」

「サランヘヨ~ン!」

「さっきから何言ってんだ、こいつ……」

「四人対戦だよ。お姉ちゃん、まるで鬼のように強い」

「まるでドラキュラのように強いですけど、何か!」

「こらっ!」

「おい、言っとくけどな、俺は負けたら切れるからな」

「ええ~! 大人のくせに~!」

「恥ずかしい大人です!」

「知るかって!」

 楓が嬉しそうに笑った。





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