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第十四話 『避けられぬプロセス』 6. 気になる存在

 


 校門へ向かう楓に、同学年の生徒や下級生達が挨拶をする。教師達までもが当然のように笑顔を向けてきた。

 穏やかな笑みをたたえ、楓がそれを受け止める。

 しかし通り過ぎるや、反転するように仏頂面となった。

 むしゃくしゃしていた。

 家事を理由にクラブ活動を早抜けしてきたものの、何故だか真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。

「!」

 通りの角で礼也の姿を見かける。

 コンビニから出てすぐに、レジ袋の中からメロンパンを取り出しかぶりつく礼也。口にくわえたまま缶コーヒーのプルタブを起こし、眠そうにあくびをした。

 それから公園にでも向かうつもりか、礼也は駅とは反対の方向へと歩き出した。

 その様子を物陰からじっと眺める楓。

 複雑な想いが交錯していた。

 楓が過去を振り返る。

 それはまだ入学したばかりの頃のことだった。


           *


 入学式を終えた新入生達は、それぞれの学級へと振り分けられる。

 楓のクラスでも他と同じく、席順は窓際から五十音順で始まり、男女が列ごとに交互に並んだ。

 一番後ろの席に着き、楓が隣へ目をやる。窓際の席で外ばかりを眺めているその生徒の名前は、すでに名簿で確認していた。

 スキンシップのつもりで軽い気持ちで楓が声をかける。

「同じキリがつく同士だね」

 返事はない。

「霧崎君……」

 すると顔も向けずに無愛想なリアクションだけが返ってきた。

「それがどうした」

「……」むっとしながらも、プライドの高い楓が気を取り直して再度接触を試みる。「うちの名字、この辺だと一軒しかないんだよね。霧崎も珍しいからそうなんじゃないの?」

「知らねえよ」

「……」

 そこには歩み寄りの余地さえうかがえなかった。


 生徒会の人間とともに楓が校舎裏を通りかかる。

 そこで不愉快な光景に遭遇した。

 比較的平和な学園内に存在する一握りの心無い集団。彼らが裏庭にたむろし、喫煙していたのだ。

 周囲を威嚇するように睨みつける。

 かたわらの男子生徒ははなから抗うつもりなど毛頭なく、足早にそこを立ち去ろうとしていた。

「行こう。あんな連中に関わっても意味がない」

「はい……」

 楓もそのつもりだった。

 どうせ彼らには何を言っても伝わらないであろう。教師や他の生徒達がいるのならともかく、リスクを冒してまで彼らの愚かな感情に深入りする必要はない。後々損をするのは彼ら自身なのだから、と。

「!」楓が目を見開く。

 集団の何人かが花壇に侵入し、花を踏み荒らしていた。

 吸い殻を投げ捨てたり、花を毟り取っては放り投げる。ゲラゲラ笑い、まるで悪びれた様子も見られなかった。

 花壇の花は学園の近所の老夫婦が寄贈してくれたものだった。

 生徒会全員で植え込み作業を行った時も、彼らは一緒に手伝ってくれた。穏やかな笑みをたたえながら。

 もともと特に正義感が強いわけでもない。が、心を踏みにじる行為だけは見過ごせなかった。

 口もとを結び、楓が一歩進み出た。

「桐嶋さん……」

 同じ生徒会の役員は見て見ぬ振りを決め込む。

 それでも楓の想いは止まらなかった。

 彼らに一言言ってやらなければ収まらない。

 たとえ無駄でも。

 たとえリスクが大きくても。

「何だ、おまえ」

 集団の一人が楓を睨めつけ凄む。

 その唇が震えたのを確認し、彼がにやりと笑った。

「一本めぐんでほしいのか?」

「……」

 別の一人が楓の顔に見覚えがあることに気づく。

「こいつ、生徒会の奴だろ。前に二年の衣浦と一緒にいたの、見たことあるぜ」

「てこた、あいつもか」離れた場所から傍観する別の一人に気がついた。「おい、こっち来い」

 顔を引きつらせながら生徒会役員の男子生徒がやって来る。

「おい、おまえ、何年」

「二年です」

「こっちは一年か」

「……」後退する心とは裏腹に、気丈に楓が睨み返す。

「……そうです」

「てめえ、先輩ならちゃんとしつけしとけ」

「は、はい……」

「恥ずかしくないんですか」

「ああ!」

 集団のリーダー格が楓を睨めつけた。

 顔中汗まみれになりながらも、楓は退く様子を見せなかった。

「三年生にもなってこんなことばかりして、みっともないです」

「んあ! よく聞こえねえ。もっぺん言ってくれ」楓にぬうっと顔を近づける。楓の全身を舐め回すように視線を這わせた。「もっぺん耳もとで優しく言ってくれ。バカの俺達でも納得できるように、もっと色っぽくの方がいいな。時間かかりそうならカラオケとか行ってからにするか?」

「……」

「おい、おまえ」

 他の一人が男子生徒を威嚇する。

「さっき俺らのこと、あんな連中って言ったろ。バカとかクズとかよ」

「!」顔面蒼白。「言ってません……」

「聞こえてんだ、全部!」

「……」

 じろりと二人を見回す。

 するとリーダー格の男が面白そうに笑った。

「仕方ねえだろ、俺らバカなんだからよ。な?」

「……」

 眉間に力を込め、二人に醜い圧力を加える。

「どうせおまえらもそう思ってんだろ? 俺らのことカスとかクズとかよ」

「そんなことないよな、桐嶋……」

「ああ!」

「……」

 楓がごくりと唾を飲み込む。

 何もできない。だが、せめて胸だけは張っていようと思った。

 と、覚悟を決めたその時。

「おお、いいとこにいやがった。おい、おまえら、そこのバカども」

 人を食ったような調子の呼びかけに、牙を剥き出しにした集団が不機嫌そうに振り返る。

 その声が礼也のものだとわかるや、途端に十名近い肉食獣達はみな顔を伏せて縮こまってみせた。

「おう、おまえら、タバコ出せ。今すぐ全部出せ、このカスども!」

「……」

「早く出せ! 今にもバッテリー切れそうなんだって! どうせなんもしねえで無駄に生きてるだけなんだから、ちったあ困ってる人の役に立てって! このクズ野郎どもが!」

 ぐむむむ、と彼らが顔をしかめる。

 今にも爆発寸前だった。

「あん?」

 じろりと見やる礼也。

 すると彼らは直立の姿勢で、一人一人礼也に己のタバコを箱さら手渡し始めた。

 その幾人かは武道系の部活動で、チームメイトや後輩達から恐れられているメンツでもあった。

 すべてをカバンに収め、礼也が嬉しそうに笑う。

「ラッキ、これでコンビニ行かねえですんだわ」

 状況が把握できず、楓はただそのやり取りを眺めるだけだった。

 集団のリーダー格が愛想笑いをする。

 それを睨めつけ、礼也が冷たく言い放った。

「おい、てめえ、人に物盗られて、何へらへら笑ってやがる」

「あ、や……」

「あ、やじゃねえだろ。また鼻曲がるまで、ぶっ叩かれてえのか」

「いや、そんな……」

「ああっ!」

「……」

 すっかり小動物の集まりと化してしまった集団を、礼也が順番に見渡す。

 一度こてんぱんに打ちのめされていた彼らにとって、ケタ違いに凶悪な礼也と視線を合わせられる勇者は一人とていなかった。

「さっきから目ぇ、笑ってねえぞ、てめえら。腹ん中ボコボコ煮立ってんだろが。ムカついてんだろが。だったら媚びてねえで向かってこいって。骨一本になるまで向かってこいって。したら、てめえら認めてやる。今度こそ手加減ナシでボコボコにしてやる」

「……俺らは別によ、そんな何でもかんでもケンカっていうつもりも……」

「んだ! ホンモンのカスだな、てめーら!」

「……」

「おい、コラ、カスども。こないだ、ボウズにしてこいっつったの、どうなってやがんだ。俺の言うことなんざ、シカトか?」

「そういうわけじゃ……」

「あんだあ!」

 勇気ある発言者に高速のカウンターを浴びせる。

「んじゃ、なんだって!」

「……。一回ボウズにしたんだけど、伸びたんだよ……」

「一ヶ月でそんなか! てめえは呪いの人形か!」

「……。長めだったから……」

「嘘こけ! ボケッ!」

「……」

 別の一人にロックオン。

「てめえは?」

「……あ、俺はずっといきつけの美容院が予約で一杯で……」

「はあ~、そんな流行ってやがんのか?」

「オーエル達に大人気で……」

「美容院ってツラか! ヒグマみてえなガタイしやがって、ハゲ!」

「……」

 礼也の目が据わる。レーザービームのような眼光で子羊達の網膜を焼きつくしていった。

「しゃあねえな。んじゃ、特別に俺が刈ってやる。一人五千円でいいわ」

「ええっ!」

「何が、ええっ、だ!」

「……やっすう~……」

「遠慮すんな。出血大サービスだって。おい、誰か今すぐ枝切りバサミ持ってこい」

「枝切り……」

「わざわざ床屋行くメンドーはぶけていいだろ。もっと喜べって」

「……」

「喜べって!」

「……やった~……」

「安心しろって、枝切りはプロ級だ。頭は刈ったことねえが、間違っても耳の上の方ちょん切れるくらいだから、心配すんなって。死にゃしねえ。ブサイクが加速するだけだっての」

「……」

「三回こっきりだからよ、後はメンドーだから自分らで適当にぶち抜いとけ」

「あの、俺ら今から床屋……」

「ああ! 床屋行くのがメンドーだってから、わざわざこっちがやってやるっつってんだろが! んだ、てめーら、俺をバカにしてやがんのか! 俺の親切心を踏みにじろうってのか!」

「……」

 凶悪な恫喝に、レギュラークラスのアウトサイダー達が乙女のような仕草で愛想笑いをする。

 それがまた礼也の激怒回路を刺激した。どこをどう触ってもフェザータッチで入力される理不尽な回路である。

「気に入らねえ。おい、てめえら、全員そこに正座しろ。満員電車みてえに、びっちりくっついて並べ」

「……」

 情けない表情を見合わせ、十人ものコワモテ三年生達が一人の一年生の命令に従う素振りをする。

 その時、花壇へ足を踏み入れた礼也に、楓が待ったをかけた。

「そこへ入らないで」

「んあ」じろりと礼也が見やる。「んだ?」

 礼也に見据えられても楓は一歩も退かなかった。

 ただ真っ直ぐにそのまなざしを受け止める。

「その花壇、近所の人達が手伝ってくれて、私達が作ったものなの。お願いだからそこから出ていって」

「……」

「お願い」

「……」

「……」

 面倒臭そうに礼也が後頭部をかく。

「なんかどうでもよくなっちまったな……」あくび。「おい、なんかメンドくせえのがいるから、二度とおまえらそこに近づくんじゃねえぞ、ボケども。俺のせーにされたらたまんねえ」

「……」

「ついでにおまえら、そこ直しとけって。俺は屋上でニコチン補給してくっから、終わったら報告な。そんからな、明日っから一本でも毛ぇ、はやしてやがったら、ツラがまっ平らになるまでブン殴るからな。覚えとけ、クズども」

「……」

「もしバックレやがったり、腹いせで俺に全部おっかぶせようとしてまた荒らしやがったら、卒業まで下の毛もボウズだ、わかったか、カスども」

「……」

「返事はねえのか! ボケ、クズ、カス!」

「は~い……」

 花壇の修復にかかりだした上級生達に振り返ることもなく、礼也がその場を後にする。

 楓は複雑そうな表情でその背中をずっと見守っていた。


           *


 やがて礼也の姿が見えなくなる。

 楓は物憂げに一息つくと、自分の家の方角へと振り返った。

 その時、警報が鳴り渡った。

 何度も聞きなれたあのサイレンだった。

 着信に気づき携帯電話を取り出す。

「わかった。すぐに行くから待ってて。まだ動いちゃだめだからね……」






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