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第十四話 『避けられぬプロセス』 2. 引き合う二人

 


「おい、桔平。聞いているのか」

 メック・トルーパーの詰め所で木場に問いかけられ、桔平が気のない様子で振り返る。

「ん?」

「ん、じゃない。俺が遅れたのは、逃げ遅れた老人を見かけたからだという話だ。見失ったがな。あの人が無事かどうかが、いまだに気がかりでな」

「ん、ああ」窓の外を眺める。午後六時前だというのにすっかり陽は落ち、滑走路の照明と本館の明かりだけがぼんやりと光を放っていた。「……俺は、にう麺でいいわ」

「は! 何の話だ!」

「いや、だから、ソウ麺を煮た……」

「……」

 メック・トルーパーの勤務形態は通常時、午後五時半をもって終業する。

 全隊員の約三割が敷地内に住居を構えており、桔平や木場を含めたそれらの隊員達が、拘束手当の名のもとに緊急時に対応することとなっていた。とは言え、緊急とてかなり特殊なケースに限定されるため、ゲートで身分証明さえ提示すれば、外出も自由だった。所帯を持たない若手隊員がその主だった面々であり、彼らは館内の食堂を主に利用していたが、自己管理、自己責任の名のもと、飲酒もかなり自由だった。何かが起こった時、困るのが自分自身だということだけは、みな肝に銘じていたからである。

 木場が深く息を吐き出す。

 最近、桔平の様子がおかしいことには気づいているようだった。また、それを察する優しさが、彼にはあった。

「……メシでも食いに行くか?」

「ん。おお」桔平が顔を向ける。「俺は、にう麺で……」

「わかった。それでいい!」

「おう……」

 桔平が窓越しに別館を眺める。

 本館とは違い、研究施設が集中するそこからは、残業する職員達の開かれた明かりは見られず、どこか冷たい雰囲気が漂っていた。

 桔平の視線は遠く彼方の海へ吸い込まれていった。


           *


 桔平は神妙な面持ちでその扉の前へ立った。

 ノックをしかけ、インターホンがあることに気づき、手を引く。

 その表情からは常の軽妙な様子は微塵もうかがえなかった。

 心を決め、己に言い聞かせるように頷くと、赤いボタンを押した。

 すると中から、『入りたまえ』と小さいが重々しい声が返る。

 もう一度頷き、桔平がドアのレバーへと手をかけた。

「失礼します」

 二十メートル四方はあろうかと思われる部屋の奥の壁に張りつくように巨大な机が置かれ、入り口へ正面を向く姿勢で一人の男が山積みの書類と共存していた。

 凪野守人だった。

 凪野は司令室を進藤あさみに譲り渡してから、人目を避けるように、この別館の地下室へとこもっていたのである。

 シェルターを連想させる部屋の中には、机と数台の端末機の他にはこれといったものもなく、それが余計にその空間を閑散と浮き上がらせていた。

 地下五十階の扉を開けば、通路がガーディアンの格納庫へと続いていく。

「座りたまえ」

 机の前に不自然に置かれた手すり付きの椅子へと桔平を誘導する。

 凪野から目を離さずに、桔平はそれに腰かけた。

「そろそろ呼ばれるころだと思っていました」

 先に切り出した桔平をちらと目をやり、表情を変えることなく凪野がそれを受け止めた。

「私もだ」メーカーからコーヒーを注ぎ、差し出す。「そろそろ君が来るころじゃないかと思っていた」

「おかしなことを言いますね」砂糖も入れずにそれを流し込む。「まるでこちらから仕向けたように聞こえますが」

「そうではないのか?」

「……」

 自分の分をカップに注ぎ、凪野がガラス容器をかたわらへ置いた。

「見え透いた探りあいはよそう。君もここへ呼ばれた時点で、すべてを受け入れているはずだ」

「バレバレでしたか」

 感心したように桔平が息を吐き出す。

「君が盗聴器を仕掛けられていることを知りながら、なお、我々に情報を提供したことがか?」

「そんなところです」

 それを受け、凪野が笑みをもらした。

 机上のインターホンへ手を伸ばす。

 スピーカーから通常会話程度の音量で声が返った。

「凪野だ。柊副局長は入室した。階層のロックを頼む」

『了解しました』

 ボタンの取れた袖口へ目をやり、桔平がにやりと笑う。

「白々しすぎましたかね」

「白々しいのはこちらも同じだ」

 桔平が顎をしゃくってみせた。

「失言じゃないですか。俺があなたの考えているとおりの人間ならば、あなたの発言は自分の首を締めることになりかねない」

「君が私の考えているとおりの人間ならば、それはないはずだ。でなければ、ぬけぬけとここへはやっては来ない」

「ですかね」

 重々しく頷く凪野。桔平の目を真っ直ぐ見据え、突き刺すように言葉を繰り出した。

「君には、ここへ来るための口実が必要だった」

 にやりとし、桔平も楔を打ち返す。

「そしてあなたは、俺をここへ呼ぶための理由が必要だった」

 顔を見合わせ、二人が同じ笑みを浮かべた。

 眼鏡をはずし、それを机の上へ置く凪野。

「もう一杯、どうだね」

「いただきます」桔平が半身になりカップを差し出した。「できたらミルクと砂糖も」

「好きなだけ使いたまえ」

 ゆるやかな時が流れていく。

 が、そこには一瞬たりとも気を抜く余裕はうかがえなかった。

 頃合いを見計らうように、凪野が引出しから小さな金属製の箱を取り出す。

 手のひら大のそれはずっしりと重く、中央にある窪みに凪野が目線を合わせるとぬめりと光を放ち、蓋が持ち上がった。

 手渡されたその中身を確認し、桔平が両目を見開く。

「これは……」ごくりと生唾を飲み込む。「……ガイア・ストーン」

 厳かに凪野が頷いた。

「何故ここに……。これはあさみが……、……進藤司令が持っていたはずでは」

「彼女が自ら返却しに来た。条件付きでだがな」

「……。あさみが……」

「君に引き継いでほしいそうだ」

「俺に!」凪野を凝視したまま、桔平が動きを止める。獣に睨まれた獲物のごとくに、凪野の直視から逃れられなかった。「何故……」

「それが返却を申し出た際に彼女が私へ提示した条件だ。正直、私もどう対処すべきなのか、はかりかねている」

「……。無理やり理由をこじつける必要もなかったというわけか……」

 桔平の視線を受けたまま、もう一度凪野が頷いてみせた。

「受け取りたまえ。君にその意志があるのなら」

「……。いいんですか。俺みたいな人間にそんな権限を与えても」

「権限を与えたわけではない。責任を課したのだ。君はその重責を担い、相応の人間であり続けなければならない。無論、断る自由もある」

「……。俺がこいつに相応しい人間なのかどうかはわからない。だが……」厳しく叩きつけられた凪野からの要求にも、わずかにも表情を変えることなく、ゆるぎないまなざしを向ける。「これがあいつからの挑戦状ならば、断る理由はどこにもない」

 微動だにせずに凪野が桔平の顔を注視する。

 それは期待でも哀れみでもなく、畏怖に近いものだった。






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