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第十四話 『避けられぬプロセス』 1. 迷惑な男

 


 その時、教室の空気が変わった。

 霧崎礼也が入室したためである。

 しかしその理由は以前のような恐々としたものではなく、むしろ羨望による視線が多く見受けられた。

 桐嶋楓はその足取りを表情もなく目で追った。

 周囲の女子生徒が顔を見合わせ、楽しそうに笑い合う。

「霧崎君、変わったよね」

「話しやすくなったしさ」

「もともとカッコよかったわけだし、今、いい感じじゃない?」

「前のイメージが悪すぎたから、急上昇って感じだよね」

「ワガママなのは相変わらずだけど」

「合唱コンクールの練習とか、一回も来ないもんね」

「来ちゃうのも変だけどさ」

「それじゃ、変わりすぎ、ってことで」

「それくらいいいんじゃないの?」

「結構ダジャレとか言ってくるのが、イタイっちゃイタイけど」

「それは許してあげようよ」

「だね、だね」

 礼也が自分の席にドッカと腰を落とす。カバンを開き、紙袋の中からメロンパンを取り出してかぶりついた。

 ふいに目の前に影が落ち、パンをくわえたまま礼也が上目遣いにちらと見やる。

 厳しい表情で楓が立っていた。左肩の上で結んだ髪を悠然と揺らしながら、侮蔑のまなざしを差し向ける。

「おはよう、霧崎君」

「……。……おいす」何ごともなかったようにパンを頬張る。「なんか用か。イチゴ姫」

 楓の顔が火が灯ったように真っ赤に染まった。

 眉をつり上げ、噛みつくように言葉を発していく。

「どうして合唱コンクールの練習に出てくれないの」

「あん?」じろりと見上げる。「かったりぃからに決まってんだろ」

「かったるい……」

「別にいいだろ。んなの、遊びなんだからよ」

 その言葉に楓のスイッチが反応した。

「遊びじゃない。みんな一生懸命にやってる。一人だけ勝手なことをして、みんなが迷惑しているのがわからないの!」

「どこのどいつが迷惑してんだって?」

 教室中の生徒達が一斉に迷惑そうな表情になった。

「少しはクラスのことも考えてよ」

「だから、そうしてやってんじゃねえか」

「何が……」

「俺がいない方がやりやすいだろ」

「……。ああ言えばこう言う」

「あん?」

 楓の頭頂部から高温の蒸気が噴き出し始めた。

「自分だけ、そんなわがままが許されるとでも思っているの。ご立派な理屈を並べて、さも考えているふうに見せても、自分本位な理由で面倒なことから逃げようとしているだけじゃないの。そんなの許せない」

「許せない、つったって、どう許せないわけだ、こら」

 じろりと礼也。

 楓は腕組みをし、見下ろすようにそれを睨めつけた。

「主催者として、絶対に参加してもらいます」

「どうやって?」

「非常手段に訴えてでも」

「イテえこと言う奴だな。またパンツとか見せてくれんのか?」

「!」途端に赤面し絶句する楓。「霧崎君!」

 小爆発のような金切り声に耳を押さえ、そっぽを向いた礼也の目にタイミングよく光輔の姿が飛び込んできた。

 立ち上がり、教室の外へと出ようとする。

「よお、光輔。なんか用か。仕方ねえな、まったく」

「ちょっと、聞いているの!」

「おい、タンマ、タンマ」面倒くさそうに振り返り、礼也は入り口の前で立っている光輔を顎でくいとさした。「客人だ。また後にしてくれって」

 ぐむ、と楓が口をつぐむ。

「おう、光輔、よく来たな」

「おう」礼也に応じて手を上げ、すぐに首を傾げる。「……って、おまえがそういうこと言うの、めずらしすぎだろ。歓迎してくれるなんて、夢にも思わなかった」

「いや、ナイス・タイミングだっての。助かったぜ、実際」

「へ?」

 ちらりと振り返る礼也。

 すると、怒り覚めやらぬ様子で楓が二人の横を通り過ぎて行った。

 去り際に光輔の顔を思い切り睨みつける。

「……俺、なんで睨まれたの?」

「なんでだろうな。俺には同情することしかできねえ」

「……」腑に落ちない様子で光輔がまたもや首を傾げる。何とか気を持ち直し、思い返すように顔を赤らめた。「綺麗な人だな。どっかで見たことあるような。誰だっけかな」

「へ、綺麗なのは外っツラだけだ。中身は……」

「外っツラだけで悪かったわね!」

 廊下の反対側から楓が叫ぶ。

 その凄まじいまでの形相に光輔が退いた。

 そんなことなどまるで気にも止めない様子で礼也が耳をほじる。

「お、聞こえてやがった。えれえ地獄耳だな」

「……。おまえってひどい奴だな」

 何気ない光輔の呟きに、目をつり上げて礼也が牙を剥く。

「何言ってんだって。ひでえのはあっちだ。何せ、あの嘘臭い作り笑顔とゴマスリだけで生徒会長にまでのぼりつめた女だからな」

「あ、生徒会長ね」ポンと手を叩く。「どうりで見覚えが」

「たいしたモンだって。女子アナとかになりゃ、成功するんじゃねえのか」

「……。俺、女子アナとか、結構好きだけど」

「バカ野郎、俺もだ。ま、最近のは目も当てられねえが」

「そんなにひどい人には見えないけどな」

「ま、外から見てりゃそんなもんだ」ふふん、と鼻を鳴らす。「愛想ばっか振りまいてやがるから、おまえみたいなのがよく勘違いするんだっての。で、一歩間合いに踏み込んだ途端に、グサッとくるわけだ。結局おまえらのようなのは、はなから眼中にないんだって」

「ま、そりゃそうかも……」ふと気がつき、三たび首を傾げる。「結局俺が駄目出しされてる感じになってない?」

「まあな」

「あ、やっぱり……」

 自分達にとって腫れ物以外の何ものでもない人物と対等の口を聞く下級生を、礼也の同級生達は畏怖するように眺めていた。

 かつて礼也の傍若無人な振る舞いから目をそむけた柔道部の猛者ですら、悠然とした光輔の様子に目が釘づけとなる。何気なく振り向いた礼也と目が合い、またしても彼は小動物のように身をかがめて顔をそむけた。

「……」

「ん。どうした、光輔」

「……いや、おまえってさ、クラスの人から一目置かれてんだなって思って」

「なわけねえわ。嫌われてるだけだっての」

 迷惑そうな礼也と残念そうな光輔。

「……。せっかくやんわり言ってやってんのに……」

「うぜえこと言ってんな。ま、もっとうぜえのもいるけどな」

「へ?」

 礼也がちらと目線を流す。

 隣の教室前の廊下から、楓がすさまじい形相で睨みつけていた。

「それって雅のことだろ」

「……。お?」

「あれ、違うの? 夕季?」

「……ま、そんなところだ。じゃあな」

「おう」手を振りかけ、光輔が慌てて礼也を追いかけた。「あのさ、まだ用件言ってないんだけど!」

「あん?」






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