第十四話 『避けられぬプロセス』 OP
薄暗い兵器庫の入り口付近で伏見綾音は佇んでいた。
見通せぬほど高い天井と広大な敷地一杯に、ところ狭しと並べられた瓦礫の山を表情もなく眺める。
物音がし、ゆっくりと振り返った。
それが見知った顔であったのか、別段驚く様子もなく、またもとの体勢に戻る。
すると、その影が嬉しそうに問いかけてきた。
「あれ、帰ってきちゃったんですか?」
「……」
「てっきり、もうこっちには戻ってこないと思ってたんですけどね」
少年ぽさの残るその爽やかな口調を受け流し、綾音が少しだけ視線を落とした。
「あたしも帰ってこれるとは思ってなかったけどね……」
「だって、そのつもりだったんですよね」
「……」
「よかったですね」綾音の背中越しに、含むような声が楽しそうに笑った。「だから言ったでしょ。みんな、いつまでも子供のままじゃないって」
「……そうだね」
「雅達、元気にしてました?」
「ああ」
「そうすか」嬉しそうにそう言い、伸びをする。「久しぶりに会ってみたいな。今度行く時は一緒に連れてってくださいよ」
静かに振り返り、綾音が笑いかけた。
「ああ、ケイゴ……」
「よしゃ。今夜はお祝いといきましょう。あ、メアリとジェーンも呼んでおきます。喜びますよ、二人とも」
喜び勇んで彼がその場から離れた後、綾音は再び瓦礫の山へと視線を埋め、平坦に呟いた。
「今度は、みんなに会いにね……」
柊桔平は誰もいなくなった司令部別室で、その通話に応じていた。
プロテクトがかけられた回線に特殊なコードを用いてアクセスすれば、ホットラインとして使用できる。そのセキュリティはほぼ完璧で、受話器から放たれる音声を意味のある形で拾うことはまず不可能であり、受話器から二十センチ以上離れれば、いかなる集音装置も役に立たなかった。
そこから押し込まれるのは、冷たく平坦な響きだった。
『大惨事に至らずにすんだのは君のおかげだそうだな。その気配りと機転の良さには、毎回驚かされる。今後も、我々とメガルの関係が円滑に続くよう、たゆまぬ努力を続けてほしい』
「ああ、わかってるよ」
暮れかけた紅い海へと目線を泳がせる。
『我々も出来うる限りのバックアップは約束しよう。いいか、くれぐれも言っておく。凪野守人と進藤あさみから決して目を離すな。そのために貴様を副司令に推挙したのだからな。頼りにしているぞ』
「わかってるよ……」
波打つ海の色が真紅に染まる。
さながら血のようだった。
「……火刈さん」
血の紅にまみれた瞳に決意を宿し、桔平は受話器を握りしめた手の袖口からボタンを引き千切って投げ捨てた。