表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/66

第十三話 『グッバイ……』 OP



「ひかる」

 名を呼ばれ、穂村ひかるが振り返る。

 それが綾音であったことを確認すると、ひかるは少しだけほっとしたような表情になった。

「綾さん」

 ひかると向き合い、真剣なまなざしをぶつける綾音。廃墟と化したメガル本棟をちらと見やった。

「……ひかる、あたしが行く」

「綾さん……」

「あんたはここに必要な人間だ。でもあたしは必要ない。あたしが行くから、あんたは……」

「必要だよ」綾音の声を遮り、ひかるが涼しげに笑う。「駄目だよ、綾さん。わかってるくせに。私や光ちゃんだけじゃなくて、みんなが綾さんのことを必要としている。ここにいてほしいって思っている。もし綾さんに何かあったら、あたし、みんなに顔向けできないよ」

「あたしは……」ひかるの顔を正視できずに目を伏せる。憤りのように拳がわなわなと震えていた。「あたしなんか、そんな……」

「綾さんがいてくれたからみんな頑張れた。綾さんが私達を支えてくれてたから。少なくとも私はそう思っている。綾さんは私達の……」鳴り渡る警報サイレン。「……だから」

 はっとなって顔を上げる綾音。

 柔らかくつつみ込むような笑顔が、すべてを受け入れようとしていた。

「ありがとう、綾さん」

「ひかる……」見開かれたままの両眼から一筋の感情が流れ落ちる。

 凛としたまなざしがひたすら聡明で眩しかった。

 かすかな物音に反応し、二人が振り返る。

 礼也だった。

 礼也は幼さの残るその顔に不相応な鉄パイプをしっかりと握りしめ、睨みつけるようにひかるを直視していた。

「礼也……」

「光輔助けに行くんだろ。俺も行く」

「何言ってんの、あんたは!」

「俺も行く」綾音の声も届かず、礼也はひかるだけを真っ直ぐに見つめていた。「俺が光輔を助けてやる。絶対に」

 悲しそうに礼也を見下ろしていたひかるが、ようやくその口を開く。

「礼也君、ありがとう。でも駄目だよ。私に任せて。お願い」

 優しげな瞳は、決して折れることのない礼也の心を抱きしめるように輝き続けていた。

「……。絶対帰って来いよ」

「絶対光ちゃんは連れてくるから」

 礼也はじっとひかるのまなざしを受け止めていた。まばたきもせず、ひたすら真っ直ぐに。

 ひかるが嬉しそうに笑った。

「必ず帰って来るから心配しないで、礼也君」

 その強さは礼也の激情すら退かせていった。

「絶対だぞ、絶対に帰って来いよ」

「約束する」

 腰を落とし、ひかるが礼也に小指を差し出す。

 指切りの合図だった。

 戸惑いながらも、それを受け取る礼也。

「やぶったら、承知しねえからな……」

 目に涙を浮かべ口を一文字に結ぶ礼也に、ひかるがにっこりと笑いかけた。

「わかってる。ありがとう、礼也君」

 綾音は何も言わずにそれを眺めていた。

 ただ淋しそうに眺めていた。

 後悔だけがその胸を際限なく締めつける。

『あの時、私は何故、彼女を抱きしめてあげられなかったのだろう……』







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ