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第十二話 『ソーロング』 7. まだ死ぬわけには……

 


『大丈夫か! 伏見!』

 綾音の心を呼び覚ましたのは、木場の声だった。

 慌てて応答する。

「……あ、はい。大丈夫です。木場兄さん……」

『馬鹿野郎!』

「……」

 突然の怒号に綾音が言葉を失う。木場の野太い叫び声が綾音の心を引きしめた。

『二度と勝手な真似はするな! 副司令の命令どおりヘルメットは被っているんだろうな』

 慌ててヘルメットを着用する。「……ふぁい」

『無事だったからよかったようなものだが、取り返しのつかないことになっていたらどうするつもりだったんだ。いつまでもうわついた気持ちでいるんじゃない! もっと気を引きしめろ!』

「……すみません。木場……さん」

 顔色を失い、うなだれるように目を伏せる綾音。

 そこへ礼也の声が割り込んできた。

『おい、こら、ゴリラえもん。綾さん、いじめんじゃねえ!』

『な!』

『ふざけんなって!』

『何だと! 貴様!』

「礼也! やめなさい!」焦って礼也をたしなめにかかる綾音。「私が悪かったんだから。木場さんが正しい」

『ってよ……』

「すみません、木場さん。以後気をつけます。軽はずみな行動は控えます」

『お、おお……』

 真摯な姿勢で謝罪をする綾音に、木場がクールダウンする。

 頃合いを見計らうように鳳が参入してきた。

『おい、そのへんにしとけ、おまえら。まだ戦闘中だ』

『ああ、わかっている』

『礼也も集中しろ』

『わかってるけどよ!』

『今はくだらねえこと言ってんじゃねえ。後にしろ、後に』

『……。くそっ!』

 悪態をつき、渋々了承する礼也。

 綾音が切羽つまった口調でとりなした。

「すみません、鳳さん」

『ん、ああ』一拍置く。『これでわかったろ、綾音。なめてかかってもフェロモンくらいしか出ねえ』

「フェロモンてか、ちびりそうでしたが……」

『それは仕方ねえ。黙っててやる』

「いえ、ちびってませんが……」

『とにかくおまえは礼也のバックアップに専念しろ』

「はい」

『それから、帰ったら説教部屋だ。覚えとけ』

「……あい」

 通信を終了し、鳳がチッと舌打ちする。

「気にいらねえ。木場の奴、調子に乗りやがって」

「何言ってんだ、あんた」

 隣から問いかける駒田に、鳳は不満げな表情をしてみせた。

「綾音を怒鳴りつけられるのは、俺だけだってのに」

「……ちっせえ」


 アスモデウスとの戦闘は膠着状態に入りつつあった。

 終始押し気味ながら決定力を欠き、陸竜王が攻め手に窮する。

「なろっ!」

 アスモデウスの振り払った石の槍を後方宙返りでかわす礼也。

 アスファルトの路面に両足をめり込ませ、跳び上がる勢いでその破片を空高く巻き上げた。

 伸び上がり叩きつけた拳は、石版のような左手の旗に阻まれると爆発音のごとく鈍く鳴り響き、膨大なエネルギーを広範囲に渡って迸らせた。

「一人ではキツいか……」思わず木場の口をついて出る焦り。静粛たる街を破壊し続ける魔神達の戦いを遠目に、無線機を手に取った。「大沼、まだ到着できんのか」

『すみません、隊長』大沼が応答する。その静かな口調からも焦りの色がありありとうかがえた。『避難住民の渋滞に巻き込まれてしまいました。複数のポイントで事故が多発しているようです』

「何!」

『一般車両を排除して先を急いだとしても限界があります。パニックに陥った彼らが我々の警告に従うとも思えませんが、強行いたしますか』

「……。いや、やめろ。これ以上市民感情に干渉するのはいい結果をともなわないだろう。俺が夕季を拾って、直接そちらへ向かう」

『そうですね。その方が手っ取り早い。お願いします。こちらもなるべく急いではみますが』

「警察と国防省にも我々の車両を優先させるよう俺から副司令へ伝えておく。大沼、ポイントを教えろ……」


 遠くに爆発音と火の手を確認しながら、夕季と光輔が立ちすくむ。

 駅周辺は相変わらずの混乱状態だった。

 他人を押しのけ、押し倒し、罵倒する人の群。

 極限状態の今それは当然の行動であり、何ぴとも責められようはずもなかったが、弱者を捨て置き我先に助けを求め、あまつさえ突き飛ばした自分達にすら罵声を浴びせる輩を、善良な市民として救わなければならない胸中は複雑だった。

 夕季が振り返る。

 彼方の戦闘に神経を集中させながらも、光輔の心はどこか別の場所へあるように思えた。

「……光輔」

「……。あ、うん……」

「……」

「……いや、何でもない」

「……」

 着信に気づき、夕季が携帯電話を手に取る。

 それが緊急回線であることを確認し、側面のスライドスイッチでモードを切りかえた。

「はい、夕季です。……。はい、わかりました。……。ええ、光輔もいます。……。はい。……。はい、そうします」

 通話を終了し、夕季が光輔に向き直った。

「光輔、木場さんがこっちへ向かってるって。あたし達はその足で大沼さんのところへ行くから、光輔も一緒に」

「……」

「光輔!」

「……ん、ああ」

「……」眉間に力を込め、夕季が口もとを結ぶ。「大丈夫、綾さんのことなら。今は自分の心配をして」

 ゆっくりと光輔が顔を向ける。

「……ま、竜王に乗ってどうこうってわけでもないからな」心配そうに夕季を見やった。「そこまで心配しなくてもいいか……」

「……」

 その時、激しい地響きとともにロータリーのアスファルトがめくれ上がった。

 巨大な石像のシルエットを二人の網膜に焼き付けながら。


「何! それは本当か!」

 切羽詰った様子の鳳を、神妙な表情で駒田がうかがい見る。

「どうした、鳳さん」

「まずいことになった」

「何があった」

「もう一体現れやがった」

 目を見開き、一瞬駒田が言葉を失う。

「何処へ」

 その顔をまじまじと見つめ、鳳は言いたくなさげにそれを口にした。

「夕季が待機している駅のすぐそばだ。光輔も一緒らしい」

「何だって!」

「駒田。南沢達を連れて、すぐ救出に向かってくれ」

「ああ了解だ」

『鳳さん』

 オープンチャンネルの無線機を通じ、綾音の声が二人を振り向かせる。

 専用のサブマシンガンを両手に携えた海竜王が見下ろしていた。

『私が救出に向かいます』

「綾音、しかし……」

『車両では不確実です。足は遅くてもこの機体ならショートカットもできますし、第一路面状況に左右されることがありません。こんな時のための人型兵器なんじゃないですか』

「しかしな、綾音」

『大丈夫です、無茶はしませんから。パパッと二人を助けて、パパッと戻って来ます。私だって、あんな怖い目、もうゴメンです』

「だが……」

『ヘルメットもちゃんと被っていきます。最初から被っていますけど』

「……わかった。気をつけて行け。すぐにこちらも応援を向かわせる」

『はい。お願いします。早く来てください。私だけじゃ不安ですから』

「よし、了解した。無茶はするな」

『はい。それから、うまくいったらさっきのなかったことにしてくださいね。説教部屋もなしですよ』

「わかった。もうちびんじゃねえぞ」

『ちびってねえってば! もう!』

「……ああ、おお……」

 ドスドスと海竜王が走り出す。

 鳳はその後ろ姿をいつまでも不安げに見守っていた。


 あさみは司令室に出向きもせず、別室の机上ディスプレイで戦闘の様子をうかがっていた。

 飛び跳ね、駆け抜け、撃ち放つ陸竜王と、鉄壁の防御を誇るアスモデウスが一進一退の攻防を繰り広げる。

 しかし、それすらもまるで心にとどまらぬかのごとく、視線はディスプレイのはるか彼方を見据えていた。

 脳裏に耳鳴りのように押し寄せるのは、押し殺した火刈の無常なる声。

『海竜王のオビディエンサーを殺せ』

 机上で組み上げた手で口もとを覆い隠し、あさみが憂いのまなざしを泳がせる。

『事故に見せかけて殺せ。必ず殺せ。それがたとえ、誰であったとしても……』


 喧騒に揺れる街道を海竜王が駆け抜ける。

 駐車車両のバンパーにけつまづき、手をついた大型トラックの荷台をひしゃげ潰した。

 コクピット内の綾音は何ごとにもとらわれず、ただ前だけを見つめていた。

 光輔と夕季の笑顔が脳裏に浮かび上がる。二人の表情が苦痛にゆがみ始めるとかすかに眉を寄せ、見返りのない気持ちをつむいでいった。

『私があの子達を守らなければ』

『守りたい。あの子達を』

 生き絶えた二人の亡骸を抱きしめ、喉も裂けんばかりの絶叫を撒き散らすもう一人の綾音。

『まだ死ぬわけにはいかない。まだ……』

 目を細め、呟くようにそれを口にした。

「もう少しだけ待って。お願い、姉さん……」








                                     続く

 まさかの三部作だったりしました。

 当初は安易な穴埋めキャラであっさりのつもりでしたが、結局愛着がわいて一個の人物の物語を完結させるような流れになってしまいました。自己マン以外の何ものでもなく、お見苦しい点も多々ありますが、限界までおつき合いいただければ幸いです。

 読んでいただきましてありがとうございました。

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