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第十二話 『ソーロング』 1. 変人同士



「ほお~」

 メガル本部別館の特殊技術研究室で桔平は感嘆の声をもらした。

 レーシングスーツのようなジャケットを羽織り、その着心地を何度も確認する。

「すげえな、ほとんど重さを感じない」

 正面で手を重ね、技術者は満足げにその様子を見守っていた。

 リトルメタボリック、兵装開発担当の朴だった。

 五十坪ほどの広大な部屋の中には、いろいろ物騒なものが乱雑に敷きつめられている。万が一に備え、防護壁に囲まれているため窓はない。

 朴は丸眼鏡をかけた丸い顔を満面の笑みでつつみ、得意げに説明を始めた。

「今までの半分の重さだよ。もともとそんなに重たいわけでもなかったけどね。パッと見、薄手のレザーみたいだけど、着心地はウレタン素材に近いでしょ」

 桔平の背中に左手を添える。

「力を抜いて」

「?」

 朴が右腕を大きく振りかざす。その手の中には大型のハンマーが握り込まれていた。

「ちょ、ちょ、朴さん!」

 桔平の顔が青ざめる。

 それすらものともせず、朴はにこやかな笑みのまま拳大の鋼鉄の塊を力任せに桔平の背中へ見舞った。

「ああ~っ! ……ん?」桔平が目を白黒させる。「痛くねえ……」

 ほとんど衝撃を感じなかった。わずかに軽めの何かを投げつけられた程度。

 すると朴はさらに満足そうに笑いながら、桔平の顔を見上げた。

「すごいでしょ。桔平さんの背中、ピンポン玉が当たったくらいにしか感じなかったんじゃないの?」

「……確かに。何だこりゃ、どういうことだ?」

「インパクトの瞬間、服の中身が衝撃を感知して硬化したの。ダイラタンシー流体みたいなものだね。中身は秘密だけど」

「ダイラタン……。……何だって?」

「水がない時、海の砂を思いっきり踏みしめると硬くなるでしょ。簡単に言うとあれとおんなじ。片栗粉の液状化物質だと思うとわかりやすいよ」

「……簡単に言うとおんなじなんでスな。ふ~ん……」

「それと衝撃を縦横斜め全方向に分散させる素材を交互に重ね合わせてる。オビィ用のだとあんまりモコモコにできないから、五層ずつ。でも今度のは心臓のところに新型の極薄トラウマプレートも付けてあるし、コンバットナイフくらいじゃ全然とおらないよ。槍で突かれても手のひらで押されたような感じがするだけ。衝撃ばっちりカットできてると思う」アイスピックを差し上げた。「一発やってみる?」

「いや、いい、いい」身をよじりながら両手を押し出す。「万が一がこええ」

「残念だね。信用してくれてると思ってたのに」

「信用できねえのはあんたのコントロールの方なんだけどな」

「それはあるかもね」ガッハッハと笑う。「こないだもダーツやってて、カウンターで飲んでた東大出の新人君のお尻にブスッと刺さっちゃったしね。きゃー! だって。あっはっは!」

「いや、あっはっは、じゃねえだろ……」

 わけもわからず、一見何のへんてつもない薄手のジャケットを見続けるだけの桔平。

「何だかよくわからんが、とにかくすげえな」

「これは竜王のオビィ専用に特別に軽く作ってあるけど、メック用のもちゃんとできてる。今、江西町の工場でテストロットを作らせてるから、そのうち届くよ。同じデザインでオートバイ用のも作ってるから、いつロットが切り換わってるのか誰も気づかないよ。メガテック・バイカーズは今やちょっとしたブランドだしね。メックのはバルカン砲にだって耐えるんじゃないかな」

「マジでか?」

「うん。そのかわり、中の人、骨とか腸とかぐちゃぐちゃになるけどね」

「駄目じゃん!」

「まだまだ改良の余地が多いのは確かだね。見た目はかなり微妙だけど、表面を魚のウロコみたいにして衝撃を分散させたりしちゃうのも効果あるみたい。トラウマプレートもどんどん進化してるし、今に拳銃弾くらいなら人体へテンションを伝える前に吸収できるようになるんじゃないかな。当たってもスーパーマンみたいにタマがぽろぽろ落ちるよ。それに爆発反応装甲をミックスしちゃおうかなとかも考えてたんだけどね」

「リアクティブ・アーマーってやつだな」

「そ。圧力とインパクトにしか反応しない爆薬をアーマーの外側に付けてね、衝撃を爆発のエネルギーと爆風で緩和しちゃうの。でも徹甲弾みたいな運動エネルギーの高いのは効果薄いみたいだから、実用化はまだまだだね」

「……。殴っただけで派手に爆発とかしたら、さぞかし相手もびっくりすんだろうな……」

「びっくりどころか、相手もぶっ飛ぶよ。まあ、殴ったくらいじゃ反応しないけどね。目の前で戦車に大砲撃たれても、吹っ飛んで跳ね返るけど無事。人間ゴムマリだね」

「そっからいいイメージが全然連想できねえんだが……」

「ヘルメットとネックガードしとけば顔が吹き飛ぶこともないんだけど、たぶん中の人が気絶して結局やられちゃうだろうからボツ」

「ボツだわな……」

 ものものしく煩雑な机の上から、これまたバイク用の物に見えるヘルメットを手に取る。

「このフルフェイスのヘルメットと合わせれば、防御はさらにオッケー。とりあえず即死の可能性はかなり下がったんじゃないかな。メック用のスーツには簡単な増幅機能を備えたのもバリエーションとして用意する予定だから。竜王のサポートシステムからフィードバックされたやつだけど、一人で車をひっくり返すくらいは楽勝だね。世界一強い男になれるよ。無線連絡や各種情報の操作もシールドディスプレイからアイセンサーで呼び出される仕組みだよ。これもまだ実験段階だけど、近いうちに空を飛ばしたり、素手でインプくらい弾き飛ばせるような装置も搭載していくから」

「……そんなんじゃ内輪ゲンカもできねえな。ちょっとしたロボットだ」

 桔平が複雑そうに顔をゆがめる。

 そんな気持ちをまるで解そうともせず、楽しそうに笑いながら朴は続けた。

「パワードスーツってとこじゃない? 実際デリーの研究所では竜王を模したパワードスーツが開発中だよ。本当の意味でのメック・トルーパーの登場も遠からずってところかもね」新型の銃を手に取る。「このアサルトライフルも弾丸がオリハルコン・コートしてあるやつだからね。インプくらいならかなり有効だと思うよ。結構ダメージいけるんじゃない。うまくいけば貫通させて一発で何体も倒せるかも。ハンドガンと弾の共有ができないのが痛いけどね」

「……。竜王の件は?」

「ああ、カメラね。付けといたよ。もともとゴーグルシステムは異物でしかなかったからやらないけど、今のマイクロホン側のスイッチでオビィにもこっちの様子が送れるようにしておいた。邪魔になるといけないから任意でね。あとは健康状態と精神状態を計測するセンサー。これも任意で呼び出せるようにしとこうと思ったけど、かえって混乱するんじゃないかって思ってやめといたよ。司令室のモニタには常に夕季ちゃん達の情報が送信されるんだけどね」

「ああ、その方がいいな。奴らの状態はこっちできっちり管理するつもりだから」ジャケットを脱ぎ、桔平は信頼する者だけに見せる顔で朴へ振り返った。「サンキュー、朴さん」

 朴が嬉しそうに笑った。

「あ、そうだ」ふいに背中を向け、机の引出しから何冊もの本を取り出す。「これ綾ちゃんに渡しといて。読みたいって言ってたから」

 桔平の両肩が下がるほどの蔵書の山を押し出した。

 幾何学、航空力学、量子理論といった分厚い専門書だけでなく、超常現象とUFOの謎、都市伝説マガジン、ワンとニャンダフル、といったものから、漫画やアニメ雑誌までさまざまなジャンルを網羅する。

「こういうマニアックな本って、向こうだとあんまり日本語のやつ、ないんだって」

「月刊アニメッチョ、って……、まあこれもマニアックっちゃマニアックだわな」

「昨日二時間以上もおしゃべりしちゃった」にこにこと満面の笑みを浮かべる。「いい娘だね。僕がくだらないこと言っても一生懸命レシーブしてくれるしね」

「あんたの言うことは難しいこと以外は大抵くだらねえことだがな」

「心外だね。僕も桔平さんには毎回回転レシーブさせられてるのに」

「打ったタマが全部外に出てっちまってんじゃねえか……」

「言えてるね。綾ちゃんはちゃんとトス上げてくれるから僕らより立派。僕の奥さんにしたいくらい」

「奥さんならいるだろ。あんたなんかにゃもったいないくらい美人のが」

「おお、そうだった。ミス上海大の最終選考にまで残ったようなべっぴんさんなのにうっかり忘れてたよ。ミスまであとちょっとだったのに残念だったよ、奥さん」

「審査員の胸ぐらつかんで失格になったのがちょっとか」

「まさか殴られるとは思ってなかったけどね。エッチな水着でむらむらしますねって言っただけなのに」

「あんた留学中に何やってたんだ……」

「同じこと言われて、ミスの人はポッと顔を赤らめてたよ。ほんと、それだけの差なのにね」

「……一生かかっても埋められねえ差だな」

「うちの奥さん、怒ると怖いからね」

「遊びに行って、正座させられるとは思わなかったな。夜中まで騒いでたこっちも悪かったが」

「機嫌悪かったね。巨人が逆転負けしたから」

「勝ってる時は一緒になって騒いでたくせにな……」

「ビール、じゃんじゃん出てきてたのにね。ほんと、七回までは六対〇だったのに……」遠い目をする。「じゃ、綾ちゃん、娘になってくれないかな」

「娘もいるだろが。……あんたそっくりな残念なのが二人」

「あいや、うっかりしてたね」

「しすぎだわな」

「いくら桔平さんでも娘の顔の悪口は許さないよ! 二人とも奥さんの若い頃そっくりのべっぴんさんなのに」

「……性格があんたに似てるのが問題なんだって」

「三人でモノポリーやると僕がいつもハメられるの。うかうかトイレもいけないよ」

「黙ってりゃ文句ねえんだがな」

「二人でネカマの振りして評判の悪いブログとか炎上させちゃうらしいよ」

「ネカマって……。すげえことしやがんな」

「僕もやられた。すぐにやり返したけどね」

「……最低だな」

「娘のこと侮辱すると許さないよ!」

「いや、あんたのことを侮辱したんだが……」

「ほんと、顔と性格が逆ならよかったのにね」

「いや、最悪だろ」

 二人で苦笑い。

「ほんと、あの娘、おもしろいね。発想が柔軟でユニーク。頭良くていろんなこと知ってるから切り口の幅も広いの。まあ、一番盛り上がったのは特撮ヒーローの話なんだけどね。るろろろろろろ~ん」

「二時間も何の話してやがったんだろうな……」

「いやあ、まさか僕と娘達の他に、かつて日本を支配していた先住民族がジオフロントに潜伏していて、破壊工作用の巨大ロボットを使って国家転覆を目論んでる、って仮説を持ってる人間がいるとは夢にも思わなかったよ。実に萌えたね」

「危ねえこと言ってねえで勝手に燃えつきちまえって……」やれやれという表情を向けた。「ま、変人同士気が合うんだろうな」

「あっはっはっは」メタボ腹を揺らしながら豪快に笑う。「桔平さんにだけは言われたくないね」

「あのな……」

「いい娘だよ。一生懸命みんなにとけこもうとしてるし」

「結構いじわるだけどな」むすっと口もとをゆがめる。「俺が知らねえこと承知の上で、わざと難しいこと連発してきやがる」

「ああ、桔平さんからかうとおもしろいよって、僕が教えたの。すぐ知ったかぶりとかするからって」

「てめえのせいか!」

「言いがかりつけると訴えるよ!」

「なんでやねん……」

「ホワッイディ~ス!」

「ホワッ?……」



 


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