第十二話 『ソーロング』 OP
聞き覚えのある泣き声が聞こえ、伏見綾音は振り返った。
宿舎の入り口で、光輔が立ったまま泣いていた。
近寄って頭へ手のひらを乗せる。
「どうした、光輔。誰かにいじめられたか?」
しかし光輔は顔をゆがめたまま、えぐっ、えぐっと泣きわめくだけだった。
「ほら、泣くな、泣くな」腰を落とし、綾音が光輔の顔を覗き見た。
ふいに光輔が綾音に抱きつく。
母親に甘えるように、誰はばかることなく想いをぶつけ続けた。
「光輔……」
綾音が目を細める。光輔の頭を抱き、つつみ込むように微笑んだ。
「綾さん、さっきは光ちゃんがごめんなさい」
宿舎の食堂で穂村ひかるに声をかけられ、綾音が顔を向ける。
「いいって、別に」ふっと笑った。「なんか急に淋しくなっちゃったみたいだね。でも、あたしゃお母さんかっての」
そう言って楽しげに笑う綾音を、ひかるは穏やかに見つめていた。
「しっかし、あんたも大変だよね。本当に光輔のお母さんみたいなものだしさ」
「そうでもないよ。私も光ちゃんがいるからやっていける、みたいなところもあるし」
「そんなもんかね。あたしにはわからんよ。到底耐えられそうにないわ」
「綾さんの方がもっと大変でしょ」
「なんで?」綾音が不思議顔を向ける。
それをおもしろそうに眺め、ひかるが言い放った。
「だって、私達全員のお母さんみたいなものだし」
「やめろって、ひかる。あんたとは三つしか違わないんだから。せめてお姉さんって言えっての」
露骨に顔をゆがめて否定する綾音に、ひかるがさらなる追い討ちをかける。
「おか~あさん。お小遣いくださいな」
「……てめえ」
ふふっ、とひかるが笑った。
その時、樹神陵太郎が食堂の扉を開いた。
二人が同時に顔を向ける。
「ひかる、雅知らないか?」
「みやちゃんならさっきしぃちゃんのところにいたけど」
「おう……。あら?」ようやく綾音の存在に気づく陵太郎。「お、綾さんもいたのか」
「も、いて悪かったかい?」
意地悪そうに綾音が笑う。
慌てて陵太郎が作り笑いを浮かべた。
「いや、いてくれてよかったってことで……」
「ことで、ってどういうことでえ……」
あきれたように嘆息する綾音。
そんな様子を見かね、ひかるがフォローを入れるように割って入る。
「あ、りょうちゃん。このあいだのことだけど」
ナイスひかる、と言わんばかりの陵太郎。ポンと手を叩いた。
「おお、俺もそのことでちょうどおまえに話があったんだ!」
陵太郎とひかるが楽しそうに笑う。
綾音は淋しそうな顔で静かに二人を眺めていた。
自分が邪魔者であることを感じ取りながら。
「ねえ、お姉ちゃんは?」
放心状態で立ちつくす光輔が、悲しみに揺れる綾音の顔を見上げていた。
「ねえ、お姉ちゃん、どうしたの……」
何も言わず、綾音が光輔を抱きしめる。
声にならない絶叫を心の内に封じ込め、とめどなく流れ出る涙を押さえつけるように、綾音はただひたすら光輔の小さな体を抱きしめていた。
「光輔……」ぎゅっと唇を噛みしめる。『ひかるを殺したのは私だ……』