第十一話 『シーユーアゲイン』 7. シーユーアゲイン
メック・トルーパー達の集うロータリーで綾音は円の中心にいた。
その外側にいるのは夕季であり、メックやエスの面々だった。
「いや~、本当にすげえよなあ」
腕組みの駒田が感嘆の声を出す。
「補助具付きとはいえ、海竜王をこんなに早く乗りこなしちまうんだもんな。さすが夕季の姉御」
「そうっス」目を見開いて黒崎が何度も頷いた。「さすが綾っぺ姉さんっス」
「そんなことないよ、クロちゃん」
照れたように綾音が顔を向ける。
すると黒崎が嬉しそうに笑った。
「いや、萌え萌えっス」
「何が……」
駒田が黒崎を押しのける。
「いや、そんなことないことない。夕季なんて、ここまでくるのに何度ズッこけたことか」かたわらの夕季へ振り返った。「な」
恨めしげに駒田を見上げる夕季。
「こら、そういう言い方するなって」南沢がフォローに入った。「夕季はすごいよ。こいつくらい一生懸命努力する人間、俺は見たことない」
恥ずかしそうに夕季がうつむく。
それでもさらに駒田が南沢に食い下がってきた。
「いや、俺は別に夕季がどうこう言ってるわけじゃなくってな。二人とも同じように努力してるのに、それでも綾っぺの方が上だったとしたら、そりゃすごいことなんじゃないかって、こう言いたいわけだ。もし綾っぺの方が夕季より努力してるんだったら、それはそれですごいことだしな」
「まあ、そうかもしれないが……」
それを受けて一歩前へ出たのは綾音だった。
「それは違いますよ、コマさん。夕季は私なんかよりずっと頑張ってますよ。前とは機体の性能がまるで違うんだから仕方ないですって。昔のOSのままだと真っ直ぐ歩くのだって難しかったんですよ」腕組みをしながら得意げな顔をしてみせた。「私も昔のシミュレーターに乗ったことありますが、オートマの乗用車しか運転したことがなかった私が工場の中で大型車をバックしていて柱に思い切りぶつけた時よりも難しかったです」
「……よくわかったから、危ないことはもうやめような」
「わかっていただけたようですね」駄々っ子を諭すように駒田に笑いかけた。「ほんとにね、のりピーの言うとおりなんですから」
「のりピー?……」
全員が綾音に注目する。
照れたように南沢が笑った。
「俺、紀之だから……」
「……」
「引くなって、夕季……」
「……。別にいいけど……」
「……」
「おい、真吾」
黒崎が振り返る。
厳しい顔つきの偉丈夫、大沼だった。
「おまえ、機材の整備、全部終わったのか?」
「終わったっス」
「そうか」かたわらの夕季に気がつき、眉を寄せた。「お、夕季、ここにいたのか」
大沼の顔を確認し、夕季がほっとしたように表情をゆるめる。
「さっき柊さんが探していたぞ。後で顔を出しておけよ」
「うん」
「お」綾音の姿を認め、大沼の表情が信じ難いほど和らいだ。「綾っぺじゃないか。海竜王に乗ったんだってな。どうだった?」
「何とか、ってところです」太陽のような微笑み。「沼っち」
「そうか。さすがだな」夕季が淋しそうにしているのが目に映った。「どうした、夕季」
「……別に」
「そうか……」
「そうだ!」突然駒田が大声をあげる。
「どうした、コマ」
「いやよ、綾っぺに一日メック隊長やってもらうかなって思って」
「……まだ言ってやがったのか」
「何!」
それに食いついてきたのは、やはり黒崎だった。
「いっスね。ついでに一日局長とかも」
「おお、天才だな、おまえ。そんなこと誰も考えつかないぞ」
「それほどでもないっス!」
「この機会に、あのコネで副局長やってる口先だけのチンピラにペコペコ頭下げさせてやるか」
「いっスね。天才っス」
「俺もそう思ってたところだ」
「おまえら……」
綾音へ振り返る駒田。
「どうだ、綾っぺ」
夕季が綾音に注目する。
綾音の表情は夕季の希望とはまるで違ったものだった。
「あ、やります、やります」
「マジで?」
「マジっスか!」
瞳を輝かせ、綾音が満面の笑みを二人へ返す。
「魔女っ子みたいな格好させてくれます?」
「させちゃう、させちゃう。な?」
「チンピラに頼んで用意してもらうっス」
「夕季とセットでな」
「いっスねっ!」鼻息を荒げた。「もう萌え萌えっス!」
「何が……」
引きつり始めた夕季の顔を綾音がちらと見やった。
「よし、早速コネ野郎に頼みに行くか」
「一刻も早くコネ野郎に頭を下げてお願いに行くっス」
「おまえら……」
「最低だな……」
南沢と大沼があきれたような顔を見合わせる。
夕季は悲しげなまなざしで何ごとかを綾音に訴え続けていた。
南沢がそれに気がつく。
「ん? どうした、夕季」
「……。助けて、のりぴー……」
「……」
駒田と黒崎の勢いはとどまるところを知らない。
「決まったな」
「決まったス」
「夕季も姉御の綾っぺが言うことなら、むげに断れないだろうしな」
「むげに断れないスね」
「夕季はネコ娘のカッコの方がいいか?」
「それじゃ一日ネコ娘になっちゃうっスよ」
「なんだ、一日ネコ娘ってのは」
「さあ」
「あったま悪そうだな」
「悪そうっス」
「あっははは」
「あははは……」
「……あ」
手を上げた綾音に全員が注目する。
「何だか夕季が非常に悲しそうな顔をしているのでやめておきます」
「……あ、そう」駒田が残念そうに肩を落とした。
黒崎はさらに残念そうに崩れ落ちた。「っスか……」
「ごめんね、クロちゃん」
「……あいぃん……」
「あい~ん?……」
妙な空気が流れ始めていた。
ぽんと肩を叩かれ夕季が振り向く。
大沼だった。
「気にするな。おまえが悪いわけじゃない」
「……。わかってる、沼っち」
「……」
「んんん~、ああああーっ!」
夕刻、隊員達のいなくなったメック・トルーパーの事務所内で、統括長席にふんぞり返って桔平が大きく伸びをする。目尻から涙を滲ませながら、向かい合う木場へ目をやった。
「この一ヶ月足らずで、すっかりここに馴染んじまいやがったな」
ピンとくる木場。
「伏見のことか?」
「ああ。あれじゃ、夕季達もなつくわけだ。あいつ、『お疲れ様』の後に『また明日お会いしましょう』って続けてきやがるんだぜ。さよなら、とかじゃなくてな。いつ会えるかわからない相手には、『また今度』ってあの笑顔でよ。ああいう何気ない一言が黒崎あたりのアホハートを貫いちまうんだよな。おまけに隊員達に勝手にあだ名つけやがってよ」
「みんな喜んでいるようだがな」
じろりと木場を見やる桔平。
「おまえはなんて呼ばれてんだ?」
「……」
「言えって。副局長命令だ」
「……木場兄さんだ」
「木場兄さんっ!」ガバッと起き上がり、目を剥いて睨みつけるように吐き捨てた。「木場兄さんだあ~! おまえが? んで喜んでやがんのか、いっちょ前に」
「頼んだわけじゃない。あいつが勝手にそう呼んでいるだけだ」
「あいつが勝手に~?」ガシャンと椅子にもたれかかり、不機嫌そうに顔をゆがめた。「けっ! 兄さんってツラか」
「……」ムッとする木場。「そういうおまえはどう呼ばれているんだ」
「ああっ!」木場を睨みつけ、バツが悪そうに顔をそむける。「……ひいらりん、だ……」
「ひいら……」
「うるっせーよ! 笑いたきゃ笑え! どうせ俺はひいらりんだよ!」
「おい、俺は別に……」
「もういいってばよ! 同情なんざしてほしくねえ! 同情するなら金を貸せ!」
「……」
あきれたように桔平を見下ろす木場。暗くなった窓の外に目をやり、ふん、と息をついた。
「木場」
桔平に呼ばれ木場が振り返る。
桔平は先までとは違い、静かな調子でそれを口にした。
「俺にはあの綾音って娘が、そんなに悪い人間だとは思えねえんだがな。あの娘が来てからここの雰囲気は格段によくなってる。事務屋の連中にも受けがいいし、何より夕季や礼也達の精神的な支えになってるのが大きい。いつもどっかピリピリしてて今にも噛みつきそうだったあいつらが、あんなに素直になっちまうんだもんな」
「……」
「確かにあさみとは仲がいいのかもしれんが、それはそれだ。それに……」まじまじと注目する木場に真顔を向けた。「巨乳だしな」
「……。貴様、部下を何という目で見るか!」
一瞬でも心を許した己を恥じるように木場が激怒する。
それを悲しげに眺めて、桔平は頷いてみせた。
「わかってるって。俺達のまわりは貧乳ぞろいだからな。それまではボインの部類だろうと思っていたしの坊ですら、綾っぺに比べればマイナークラスだ。噛ませ犬だ」
「……」話が噛み合わず、しばし熟考する木場。「おい、何がわかったって言うんだ」
「言うな、木場。おまえが爆乳好きだということは、しの坊には黙っておいてやる」
「おい、桔平。俺はそんなこと一度も……」
「おまえのパソコンの中身、俺が知らねえとでも思ってやがんのか」
「貴様、また勝手にのぞいたのか!」
「おうよ」一片のやましさも持ち合わせない。「イテえぞ、ありゃ」
「……。あれは前におまえが……」
「だったら消しゃいいじゃねえか」
「いや、あまり入れたり消したりするとよくないって黒崎が……」
「とか何とか言ってよお、ジャンルごとにきっちり分けて、ダイレクトなタイトルまでつけてやがって。おかげですげえ取り出しやすかったじゃねえか」
「あれは……」
「フォルダに自分の名前とか入れちまうと流出した時とかえれえ目にあうから気をつけとけって。俺から言えることはそれだけだ」
「……」
ガタン。
物音に振り返る二人。
水替えをしようと、花瓶を抱えたまま忍が立ちつくしていた。畏怖するように二人を眺める。
「あ……」
「おい、待て、あのな……」
忍が後退さる。目を見開いたまま、怯えるようなまなざしを向け続けた。
口もとを押さえ、くるりと背中を向ける。
「そんな……」
「何がだ!」逃げるように去って行く忍を追いかけ、木場が立ち上がって手を伸ばした。「何がそんな、なんだ。そんな、はこっちのセリフだ。おまえは誤解している」
「あ~あ、やっちまったな、木場」まるで人ごとのように桔平。「最低だな、おまえ。いつかこうなるだろうとは思ってたがな」
くわっと目を見開き木場が振り返った。
「おい、桔平、何とかしろ!」いっぱいいっぱいだった。「早く何とかしろ! 頼むから!」
「何ともなんねえな」静かにそう告げ、桔平がふっと笑う。「仕方ねえだろ。遅かれ早かれってとこじゃねえのか? 奴でさえあのザマだからな。この期に及んで比べる気もしねえが、夕季なんざ、つるんつるんのペッタンコーだろ。哀れなモンだ」
「おい、桔平」
「だいたいあの野郎、最近調子こいてやがんだ。みんながちやほやするんで勘違いしてやがる。勝手にメックのマスコットみたいな気になってやがってよ。それも綾っぺが来てから人気そっくり奪われちまったんで、軽くヘコんでやがんの。いい気味だぜ」
「おい……」
「しかも綾っぺにゃまるで頭が上がらねえときてやがる。あの野郎叩くんなら、今がチャンスだぜ。かなり弱ってるからな」
「……」
「あん?」
重苦しい様子で目配せをする木場を、不思議そうに桔平が眺める。
振り返ると、表情もなく夕季が二人を睨みつけていた。
「……」何ごともなかったように朗らかに笑いかけ、桔平が夕季の肩へ手をかけた。「おまえ最近頑張ってるなあ。実にバッチグーだ。これからもその調子で……」
夕季が桔平の手をつかみ胸もとへ引き寄せる。くるりと返して、その勢いで押し倒した。
「だうっ!」
背中から吹き飛び、床で後頭部を打ちつける桔平。
ゴチンと鈍い音がした。
「てめ! 危ねえって、クルクルパーになっちまうって!」
倒れたままの桔平を無表情に見下ろし、夕季は憮然とした態度で言い放った。
「謝らないから」
「何だと、てめ!」
一瞥すらせずにすたすたと夕季が去って行く。
その後ろ姿を木場は畏怖するように眺め続けていた。
「……」
「おい、待て、こら! てめえ、許さねえぞ!」
涙目で吼えわめく桔平へ振り返り、木場が冷ややかなまなざしを向ける。
「いい気味だ。訴えられなかっただけでも、ありがたいと思え」
「何だと、てめえもグルか!」ギリギリと歯を噛みしめる。すぐに情けない顔つきに変わった。「……あ、ヤベ。目の前がグルグルしてきた。なんか気持ち悪い。おい、木場、保健室連れてってくれ」
「……」
「このままじゃクルクルパーに……」
「安心しろ。それ以上ひどくはならん」
「……。そんな目で見ちゃ駄目だと思うぜ……」