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第十一話 『シーユーアゲイン』 6. 偽れない気持ち



 シミュレーションを終え、バーチャルスコープをはずした綾音が、ふう、と一息つく。

 照明の灯ったシミュレーション・ルームから出て休息所へ向かうと、射し込む光に眩しげに手をかざした。

 桔平がコーヒーの入った紙コップを手渡す。

「お疲れさん」

「ありがとうございます」

 コーヒーを受け取り、綾音が嬉しそうに笑う。

「ほんと、すげえな、あんた。ここまで早く飲み込んじまうとはな」

「そうでもないですよ。夕季達が使っていた頃は駆動システムもOSもかなり旧式でしたからね。総合的なパフォーマンスで言えば、現状は当時の倍近い性能ですし」

「にしてもなあ……」

「まあ、そのOSを組んだのが私ですから、そういった意味で誉めていただけるのなら嬉しい限りですけれど。デリーでテスト中の機体は余計な物がない分、竜王よりも性能が上だと言われていますし、あまり自慢にもなりませんが」

「ほおお……」

「私だけの力ではないことは確かです。夕季や礼也には全然及びませんよ」

「んなこたねえだろ……」ズズ、とコーヒーをすする。「あち……。そろそろ現物に乗ってみるか?」

「いいんですか」

「ああ。この分なら大丈夫だろう。あさ……、進藤局長からのオーケーも出ているしな」

「……そう、ですか」

 あさみの名前を出した途端に綾音の表情が曇る。

 それを気遣うように桔平が笑ってみせた。

「あんた、よっぽど礼也に信用されてんだな。あいつ、俺が誘ってもまず来ねえのによ。礼也だけじゃなく、夕季やしの坊だってそうだ。たいしたもんだよ。仕事もバッチリだしな。世の中にはいるんだな、あんたみたいな完璧な人間も」

「完璧超人は忍じゃなかったでしたっけ」

「いや、まだまだ足りねえ」綾音のツッコミに桔平が露骨に顔をゆがめる。「あいつはシモネタがオッケーじゃないからな」

「……思いのほか、重要なファクターだったみたいですね」

「画竜点睛を欠くってやつだ」

「……」ズズ、とコーヒーをすすり、綾音が自嘲気味に笑う。「私のことをあまり買いかぶらない方がいいですよ」

「何故だ?」ズズズズー! とコーヒーをすすった。「あちっ!」

「私はあなたが思っているような人間じゃありませんから」

 火傷した舌を出しながら、「俺があんたのこと、どう思ってるって?」

「……あなたが見ているのは私の上辺だけです。本当の私を知れば、きっと幻滅すると思いますよ。あなただけでなく、他のみなさんも……」

「俺はともかく、礼也や夕季は上っ面だけの人間にゃなつかねえよ。俺だっててこずってるってのに。あんた本当にたいしたもんだ。あのへそ曲がりどもをあんだけ掌握できりゃ、いい上司になれるぜ」

 綾音が静かに振り返る。桔平をまじまじと眺めた。

「なるほど」

「?」

「ガーディアン、よく集束させることができましたね」

 桔平がちらと顔を向ける。

「まあ、な。何とかな」

「すごいですね」

「おお。ずけえよ、あいつらは。実は俺も半信半疑だったわけだが……」

「よくあさみさんがOKしましたね」

「……。まあな……」

 綾音が、ふっ、と笑った。

「メガル、って、どういう意味だかご存知ですか?」

「ん?」紙コップをダストボックスへ放った。「いや、知らん」

「表記によれば、大地と空と海をつかさどる万能の神の名前らしいですよ」

「メガル文明のか?」

「ええ。私達科学者にとっての神はそんな抽象的なものではなく、メガリウムという形で具現化してしまいましたけれど」

「メガリウム、ね」

「当然、ご存知ですよね」

「さわりくらいはな。朴さんに聞いても全く理解できなかったが」

「我々の理解する範疇において、メガリウムはあらゆる金属中もっとも高密度で、もっとも強く、もっとも危険なものです。ガーディアンのように思念を物質化できるので、生きている金属とも、神の細胞と呼ぶ人もいます。まあ、私達が精製できる物は、本物には到底及ばない混ぜ物だらけの偽物ですけれどね。ガーディアンと竜王でも純度がかなり違う。その分だけ限界点の到達箇所に差が生じてしまうわけなのですが」

「神の細胞、か……」二杯目のコーヒーを販売機から取り出す。「前にメガリウムで作られた小さなナイフが、人工ダイヤの塊を豆腐のように切り裂くのを見たことがある。それまでの価値観や常識が一度にふっとんだよ……。あちちち!」

「大丈夫ですか?」

「おうよ」

「常識なんてものは所詮、あるものに依存した憶測にすぎませんから。今でこそダイヤより硬い物質の存在もちらほら確認されていますが、一昔前までは硬い物の代名詞でしたしね」

「硬い物のホームラン王だったな。俺達の認識じゃ硬い物と言えばダイヤで、大金と言えば百万円だった」

「私は子供の頃、石油を『せきゅう』と言っていました」

「うちのお袋は今でもそうだ」

「本当ですか。気が合いそうですね。ひょっとしてガソリンのことをギャソリーンて言ったりします?」

「そりゃねえわ……」

「ないですね……」キリッと口もとを結ぶ。「竜王の外殻はそれらを軽く超越するものです。硬くて高密度にもかかわらず柔軟で軽いとくれば、もうわけがわかりませんよ。人工筋肉としてもカーボンナノジウムのシートをはるかに凌駕する性能ですしね。現在、竜王の透明なコクピットが光学迷彩に応用できないものかと鋭意研究中です」

「すげえな」

「すごいですよ、本当に。絶対零度に達するためにはそれよりも低い温度で冷やさなければならないという矛盾がつきまといますが、問題なのはロンズデーライトのように新しく発見されるのではなく、メガリウムならばそれらを可能にするための事象すら作り出せてしまうかもしれないということです。硬いと念じれば硬く、逆を望めば柔らかくなる。ただ、その理論へ到達しえないものに対しては不可能なままですけれどね。人間の想像力には限界があるので、あまりにも非現実的な命令は無意識のうちにカットされるみたいですよ。たとえば、死んだ人になあれ、とかね」

「そんなことができちまうんなら、生きてること自体がバカらしくなっちまうだろ」

「……。かもしれませんね……」

「……。ま、人間は自分の頭の中に存在するものしか理解しようとしねえからな」

「……そういう方もいらっしゃいますね」

「ここはそんな人間どものパラダイスだ」

「パラダイスですか」

「パラダイスだ」

「そうですか……。……羨ましいですね」

「羨ましいわけあるかって!」

「はは……」頬に手を当て、考える仕草をしてみせた。「少なくとも現時点で夕季や礼也は、それまで不可能とされてきた領域へ踏み込む権利を得てしまったことは確かですね。空竜王は現行の機体では滞空し続けられない場所を縦横無尽に飛び回り、陸竜王ならばマグマの中でも自在に活動できるかもしれない。海竜王はエベレストよりも深い海の底や、帰還不可能な海域すらプールのように泳ぎ回るでしょう。いずれもまだ誰も見たことがない、誰も到達しえなかった、人類にとって未知の領域です」

「えれえこっちゃだな」

「えれえこっちゃですよ。ロシアではウロボロス・ユニットの試作品が完成したらしいですしね。何でも、霊ネルギーと呼ばれる仮説をスイングバイ理論に置き換えたって話ですよ。すごい発想ですね」

 紙コップをくわえたまま硬直してしまった桔平を、綾音が表情もなく眺めた。

「今はまだ単なる効率化のためのシステムにすぎませんが、エネルギーを消費しつつ、尚且つ出力を下げずに燃費が飛躍的に向上するだけでも素晴らしいとは思いませんか。近い将来、力を何倍にも増幅したり、限りなく無の状態から動き出せるようになるかもしれませんよ。とは言っても、百パーセントが望めない限りはどこまでいっても所詮擬似永久機関の範疇ですけれどね」

「……。……。……まあ、まったくもってそのとおりだな……」もっともらしく頷いてみせる。「俺もそろそろハイブリット・カーを買おうかどうか迷ってたところだったしな」

「私は次のモデルチェンジの時に買おうかと考えています」涼しげに笑った。「静止状態の車の中でドライバーが体重移動をするそのごくわずかな力をきっかけに、坂を転がるように動エネルギーが積み重なって、車は無限に走り続ける。永遠に続くメトロノームか振り子のようです。すでにその理論は完成しているそうですが、今の技術力では軽自動車一台を動かすのに地球サイズのユニットが必要になるみたいですね」

「駄目じゃん……」

「ええ。コンピュータのシミュレーションでは一応成功していますが、事実上実現不可能です。それも半年前までの話ですけれどね。先だってのプログラムの発動後、理論は急速にたぐり寄せられています。マックスウェルの悪魔も単なる絵空事ではなくなってきましたね」

「……。……ああ、あれはイテえよな……」

「ご存知なんですか?」

「んあ? ああ、ああ。なんたって悪魔だしな……」

「はい?」

 恥ずかしそうに桔平が顔をそむけ、咳払いをする。

「ま、ガーディアンにしたって、礼也達が思いついたものが、まんま形となって現れるわけじゃないってことだけは確かだな。朴さんの受け売りだが、ありゃ竜王の作り出したもんだ。形や性能すべてが竜王の意志でできてるって言ってもいい。立ち上げのプロセスも、いろんなトンデモ武器を発生させるために必要なメカニズムも全部ひっくるめてな。人間の思考回路じゃあんなシロモノにゃたどりつけねえよ。おまえさんが言うように、所詮想像力にだって限界がある。礼也達はそれを呼び出しているにすぎないわけだな」

「それでもすごいと思いますよ。すでに理屈で語ることすらできない状況ですからね。コンパクトサイズの核融合炉やレールガンのコンセプトをはるかに超越しています。ヒート弾は音速の二十倍以上のジェット噴流を放ち、貫徹弾が時速五千キロのダーツだと形容した人がいる。でも、ガーディアンを既存の理論を用いてたとえようとすれば、積み重ねてきたセオリーをすべて破棄しなければならない」

「技のネーミングなんかはその人間の頭に浮かんだイメージらしいけどな」

「あいつ、三国志、好きですからね」苦笑いの綾音。「意味とかよく知らないみたいですが」

「センスねえよな」

「ないですね」

「ま、俺だったら必殺技で、ハナゲカッター! とか、叫んじまいそうだけどな」

「よく人のセンスにケチがつけられましたね」

「あと、スタンディング・オベーションッ! とか、バッド・コミョニケーション、アーッ! とかよ」

「それで倒される相手の気持ちとかも考えてあげてくださいな……」

「分不相応なモンに安易に手を出した過去の文明は、すべて滅亡しちまったわけだな。このままじゃ俺達も自滅確定だな」

 綾音が重々しく頷いた。

「いずれにせよ強欲な人類が大気や重力までも資源のように支配し始めたら、地球の公転や磁場に悪影響を及ぼすのは必至でしょうね。魔獣を退けるためにその理論を応用することで、結局はさらなる魔獣を呼び起こしたのと同じ結果となる。いたちごっこがエスカレートすればするほど、地球を取り巻く環境は不安定になる仕組みです。うまくできてますね、プログラムっていうやつも」

「ほっときゃ親のすねの骨の中身までしゃぶりつくすのが人間ってやつだからな」

「同感ですね。無から有を生み出せる技術を世界中が欲し、人間達が醜く奪い合う。これがプログラムの根っこでしょうね。魔獣や竜王のメカニズムがヒントを与えてしまったことは否定できませんが、その発動ボタンを押してしまったのが人類だとすれば、何だかパラドックスのようですね」

「うまく奴らの罠にかかっちまったような気もするがな……」

「どちらにせよ、私達技術屋泣かせであることには違いありません。理屈がわからないものを扱わなければならないことほど、最高の屈辱はありませんから」

「んなもん、つじつまが合ってりゃいいんじゃねえか。便利であることには変わりねえんだから」

「どうつじつまが合っているんでしょう……」

「……。合ってんだよ、俺の中じゃな。ただうまく説明できねえだけでよ」

「は、あ……」

 あきれたように綾音を見下ろし、やれやれと言わんばかりに桔平が両手を腰へ当てる。

「おまえ、なんで息してる」

「なんでって言われましても、生きているからとしか答えようがありませんが……」

「仮におまえさんがいつも死にたいと思っていたとするとどうだ」

「……。どうだと言われても……」

「理由は何でもいいわ。ま、リアルな話でいけば、太ってるのを気にしてることとかよ」

「……気にしてませんし」

「あくまでも仮の話だ。たとえ太っていることに気づいてねえとしてもだ」

「だから、太ってねえですし……」

「太りすぎて今すぐにでも死にたいはずなのに、それでも今現在し続けてるのが呼吸ってやつだ。息を止めずに、生き続けながら死にたい死にたいと願っている。矛盾してるだろ。メカニズムうんぬんの話じゃない。スイッチ切りたくても勝手に切れないのは、人間には生きようとする本能があるからだ。自分が支配できるものしか認められないのは人間の実に悪いところだ。だから人類はいつまでたっても宇宙人に進化できねえ」

「……。で?」

「で?……」

「はい」

「……。ま、マッドサイエンティストのおまえさんに言ったって無駄だろうがな」

「マッドではないんですが……」

「要するに、そういう気持ちはごまかせねえってことだ」バツが悪そうに顔を赤らめた。

「はあ……。そうですね……」





 何やら一見難しそうなところは全部雰囲気でやっちゃいました、と文系の落ちこぼれが先に泣きを入れておきます……


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