悲劇は起きなかった
モブ(じゃないけど)視点
勇者の最後の攻撃でこの世界を支配しようとしていた魔王は無事倒された。
(よかった。これで……)
巫女姫は勇者の姿を見つめてその後の未来に想いを馳せる。
彼女は国に帰ったら勇者と結婚するのだ。勇者だって、ずっと旅をしてきたわたくしに心許しているし、わたくしは王家の姫。その力の強さで巫女姫の称号を得て、勇者の旅に同行したのだ。
勇者の妻に相応しいのはわたくししかいない。
そんな絶対の自信を持っていた。そう、勇者一行の同行者には将来勇者の婚約者候補としてそれぞれの国が派遣した女性陣がいるが誰も自分の足元にも及ばない。
わたくしが絶対選ばれるだろう。
どこぞのぶりっ子魔法使いよりも。男女間でも友情を築けるんだぜと豪語して、相手の壁を消し去って虎視眈々と狙う女剣士よりも。全く興味ないわよと言いつつも構いに行くツンデレ盗賊よりも。
ああ、あと。盾使いがいたけど、勇者と一緒に居るところを見たことなかったわね。
そんな感じで、未来に想いを馳せた矢先だった。
《マダダ………。マダ、コレデ終ッタト思ウナ…………》
魔王の断末魔が聞こえたと思ったら黒い邪悪なモノが勇者目掛けて向かって……。
「しつこい」
盾で弾かれて消えていくのが見えた。
「メルーシャ!!」
「………盾が瘴気で穢れた。これ意志がある生き物に付着したら魔族化する代物だ」
さっさと焼いちゃって。
盾使いに言われて慌てて魔法使いとわたくしで浄化の炎を使用して盾を完全に焼き尽くす。
「流石メルーシャだ!!」
勇者が感極まったように盾使いに抱き付く。
へっ? 抱き付く?
「暑苦しい」
べしッと引き離す盾使いに、
「酷い!! 魔王を倒すまで接触禁止と言うから歴代勇者最強最速で魔王を倒したのに」
「最後に油断して残りカスに襲われかけたのはどこのどいつだ。接触禁止、会話禁止。こちらに視線を向けるの禁止期間を延長する」
「そんなっ!!」
「ペナルティだ」
わんわん泣いて崩れる勇者とそんな勇者に冷たく告げて、撤収の準備をする盾使い。
何が起きたか理解できなかった。
「そう言えば……勇者さまと盾使い。出身地が隣の村同士だとか」
「勇者一行に加わる時に実力を測ってからだったですね」
「盾だけで、優勝したよね………あたいら全員コネもあったけど」
思い返せば、勇者と盾使いは全く会話しなかったし、二人でいることもなかったのに阿吽の呼吸で相手の動きを判断して動いていたような……わたくし達は基本勇者の指示待ちだったのに。
勝手な行動をしないでと盾使いを責めたことはあったけど、勇者自身は何も言わなかったような……。
「いい加減。僕の婚約者だとメルーシャを自慢したいんだよっ!!」
勇者の問題発言に盾使いは撤収の準備をしていた手を止める。
「勇者に選ばれる存在は国が手放したくないからどこぞのお偉い方の令嬢を押し付けられて、婚約者が事前にいると知られたら無理やり別れさせられるとか下手すると殺されるような事態になるから婚約はしないと言っただろう」
「でも、魔王を倒したら結婚してくれるって!!」
必死に縋っている勇者を見て、この人誰だっけと思う。
旅の間勇者を繋ぎ止めろと言われ続けてありとあらゆる方法でアプローチしてきたのを躱され続けてきて、クールなところも素敵だと思っていたのに。
ガラガラと崩れてくる幻想。
そんな勇者に動じずに、
「ウザイ」
と蹴って引き離す盾使い。
「ツレナイ!! でも、そこがいい!!」
くっつくのを諦めて、撤収準備を手伝いまるで尻尾振ってそばに居る駄犬のように見える。
「ゆ……勇者さま……」
とっさに呼び掛けた。なんて声を掛けるつもりだったか自分でも把握していないが、魔王を倒したので勇者にアピールをしないといけないと焦りから出た声だったのだが………。
勇者に冷たい一瞥。
その視線に動きが封じられた。そんな感覚。
「…………怖い」
あれで結婚を命じたら恐ろしいことが起きそうだと本能が感じ取り、結婚をしないといけないと思っていた気持ちが抑え込まれてしまった。
「…………結婚は諦めますか」
と力なく呟くだけだった。
魔王「……渾身の力を振り絞って、勇者を魔族にして世界を滅ぼすつもりだったのに……」