僕とリコとカオルさんと、
第三部、最終話。
タクミ三部作、完結です。
「ああっ、まずいまずいまずい!」
タクミさんとリコさんの意識レベルが落ちてる!
どうすりゃいい、どうすりゃいいんだよ!?
このままじゃ、所長の二の舞いじゃないか!
戻ってきてくれ! 頼む!
祈った。ひたすら祈った。
他に方法もなかった。
こっちから操作する方法はなにもない。
タクミさんとリコさん次第なんだ。
畜生。
なんで、いつも見てることしかできないんだ。
所長のときだって、僕はなにもできなかった。
あんなに苦しんでたのに。
手助けもできなかった。
クソ!
手を合わせて祈る。
手を……合わせる?
そうか……そうだ!
僕にはこれしかできない!
「タクミさん、リコさん、帰ってきてください!」
僕は、タクミさんとリコさんの手を上から包んで握る。
タクミさんの想いがリコさんに伝わるように。
リコさんがタクミさんに気づくように。
その時。
「……動いた!」
リコさんの手が、動いた。
しっかりとタクミさんの手を握り返す。
「そうです! 頼みます! リコさん! カオルさん! タクミさん! 帰ってきてください!」
頼む。頼む。
「このまま死ぬなんて、僕が許しませんからね!」
沈む。冷たい水の底に、沈む。
でも、左手にはかすかな温かさがあった。
僕は、この温かさを、守らなくちゃいけない気がする。
でも、眠いよ。
とても起きられそうにない。
駄目だ。
もう、駄目だ。
『タクミくん!』
誰かの、声がした。
『タクミくん、起きろ!』
懐かしい声だった。
『リコちゃんと会えたんだろ!」
リコって……? タクミって……?
『やっと、会えたんだろ!」
僕、会えたのかな……。
『これから、ずっと、生きるんだろ!』
会いたかった。
『もう、なにも恐れるな!』
会えないことが怖かった。
『もう、忘れる必要なんてない!』
忘れられることが、怖かった。
『君のことは、私が守ると言っただろう!』
ああ。そうだ。
『私のことは忘れてもいい!』
いつも強くて、優しくて。
『生きろ。強く、生きろ』
美しい人。
『……さようなら。タクミくん』
ごめんなさい。
『私も、君のことが』
ありがとう。
『心配するな。私は、帰るだけだ』
よろしく、伝えてください。
『ありがとう。タクミくん』
さようなら。カオルさん。さようなら、ありがとう、カオルさん……。
ごめんな、さい……。
「タクミさんっ!」
「カオル……さん……」
「タクミさんっ! よかった……!」
「……?」
僕は、泣いていた。
ヒロトさんが、泣きながら大喜びしていた。
隣には。
「リコ! リコはっ!?」
「う……ううん……」
リコが目を覚まそうとしている。
「タクミさん、その呼び方はまずいのでは……?」
「いえ。もう、いいんです。もう、大丈夫です」
「そうなんですか?!」
「はい」
「あれ、タクミ……? ここは……?」
僕は横になったまま深呼吸する。
「もう、大丈夫だよ、イチカ……リコ」
「え……?」
リコが驚きに目を見開く。
「おかえり。ただいま……リコ」
リコの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ始める。
「タ、ク、ミ……? 私のこと、思い出して……」
「最初から、忘れてなんてなかったよ」
「どういう、こと……?」
「ふふ。リコってば、衣装合わせのときひどい泣き方してたよね」
「そんな……ひどい……」
「ごめんね。ごめん」
「ひどいよっひどいよっひどいよっ……タクミぃいいぃいいぃぃうわあぁああぁあああ……」
あいかわらずひどい泣き方だ。あのときと、おなじ。
「よしよし。よしよし……」
「ああぁあぁぁぁあぁ……」
ずっと叫ぶように泣き続けるリコをなだめる僕と、なにが起きたか理解できないヒロトさんが、そっと、ヤスダさんの家を明るくしていた。
リコが泣き止んだあと、僕はしばらく説明に追われた。
リコにも、ヒロトさんにも。
身体は重くて、説明してる間もずっと横になったままだった。
手は、なぜか繋いだままだった。
ふたりがハジメとイチカだったときのままだった。
「カオルさんが、助けてくれたんだと思う」
「カオル、さん……」
僕とリコは、悲しみに暮れた。
「タクミさん。リコさん。やっと帰ってこられたんです。そんな悲しい顔をなさらないでください」
「そうです、けど……」
「……」
「カオルさんはあなた方とともに。それでいいじゃないですか」
たしかに、そうかも知れなかった。
リコの見た目はカオルさんのままだ。声も。
たぶん、もうカオルさんの意識が出てくることはない。
「ねえ、リコ」
「どうしたの?」
「その体と声、いやじゃない?」
「なに言ってるの。いやなわけないじゃない」
「え?」
「その質問はカオルさんに失礼よ?」
「そうだけど……」
「わたしが何年この身体で暮らしたと思ってるのよ。カオルさんのことを忘れずにすむから、逆にこのほうがいいわね」
「強いなぁ……」
「私がこの姿じゃいやなわけ? ハジメさん」
リコが意地悪そうに笑う。
「あっ! 覚えてるなこいつ!」
「ええ、もちろん。もう、一生分、手を繋ぎましたもんね!」
「こいつ! 元気になった途端に!」
「なんです? あのときみたいにお互い敬語で話したほうが良かったですか?」
「うわームカつくわー」
「ふふふ……」
「ははは……」
まったく。こいつはあいかわらず。
「素敵なやつ」
「素敵な人」
ふたりで同じことをいい、顔が赤くなる。
「あのう……僕、席を外したほうがいいですよね……すみません」
「あ……」
「ヒ、ヒロトさん……」
ふたりしてめちゃくちゃ慌てる。目が合う。
「ふっ、ふふ……」
「ははは……!」
ああ。幸せだな。
何年ぶりの、本当の、幸せだろう。
ねえ。十三歳の僕。
こんなに幸せなことが待ってるよ。
だから、諦めないで。
諦めないで、生きて。
起きてからも、ずっと繋いだままの手が。
僕たちの未来を、祝福しているかのようだった。
そして。
ヒロトさんが、僕たちをふたりっきりにしてくれた。
「ねえ、タクミ」
「うん? どうしたの」
「ミツバチがなんで蜂蜜をくれるのか、分かった」
「う、うん……?」
「ミツバチは、感謝してるのよ」
「あ……あの、話か……!」
「生きる場所を与えてくれた人間に。生きる意味を与えてくれた人間に」
「そっか……そうだと、いいな……」
「タクミ……」
「うん?」
「わたし、タクミに蜂蜜をあげます」
「え……?」
「だから、わたしに、タクミの愛をください」
「ははは……」
「笑わないで。誓って」
「誓うよ」
「ほんとに?」
「もう。リコは、言葉にしてほしいんだから」
「そりゃ、そうでしょ」
「言葉にしなくても、ほら」
「あ……」
「手を繋げば、僕たちは心が繋がる。この手は、特別なんだから」
「手を繋がなくても、もう、繋がってるわよ、ね」
「うん。なにも、証明する必要なんて、ないんだ」
メイさん。
僕たち、幸せに生きていきます。
メイさんにとっては、古びたビデオでも。
僕たちにとっては、一回きりの人生だから。
だから、一生懸命生きていきます。
僕たちの物語が、メイさんに希望を与えられるなら。
この世界に、光を与えられるなら。
もうなにがあっても、大丈夫です。
メイさん……。
『ありがとう。タクミさん。リコさん』
そんな言葉が、どこからか聞こえた気がした。
「メイ、さま……?」
「リコ?」
リコが、メイさんを探すような素振りを見せる。
「どうしたの?」
「そっか……」
リコが、微笑んでる。
「ううん。約束、ほんとに、守ってくれたんだなって、さ」
「メイさんと、なにか約束したの?」
「ふふっ……メイさまと、また会うときまで耐えられたら、タクミに、会わせてって」
そっか。
そう、だよね。
「ねえ、リコ」
「なあに?」
僕たちは。
「……なんでもない」
ずっと。
「なによ、気になるわね!」
ずっと。
「ごめんごめん」
一緒だ。
「一緒だよ?」
え?
リコが、笑う。
ああ。
勝てないな。
リコには、勝てないなあ。
おし、まい。
途中から、文体がだいぶ変わってしまいました。半年ほどかかりましたからね。
この次も、一人称で「東方二次創作」や「ハイファンタジー」を鋭意制作中ですので、乞うご期待、です!