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希望

第三部、第四話。

 翌日に、電話がかかってきた。

『はい。カムイ・タクミです』

『カムイ・タクミさんですか!? カナスギ・ヒロトと申しますっ、伝言を聞いて驚きました。どういうことですか!? 所長と奥さんの話を聞きたいって……』

『実は、ヤスダさんとは知り合いでして。ヤスダさんがどんな研究をしていたかも知っています』

『いやっ、それはっ、なにも公にはしていなかったはずですが、いや……でも……そうか、あの手紙の意味、そんなことが……』

『ヤスダさん、もう亡くなっているんですよね?』

『君は……どこからその情報を……』

『ヤスダさんから聞きました。ヤスダさんの奥さんを助けられなかったこと、ヤスダさんが作った装置を僕に使わせてくれること』

『聞いた!? 馬鹿なことを! 死んだあとに聞いたってのか!?』

『こっちも余裕ないんですよっ! 常識とかそんなことどうでもいい! 夢に入り込む研究をしていた、そのもとになったのが僕なんです! 僕がカムイ・タクミなんですよ!』

『そんな……そんなことが……』

 電話が保留になってしまう。

「タクミくん、大丈夫、か?」

「大丈夫です、カオルさん」

「それなら、よかった」

 またカオルさんが眠ってしまう。

 時間がない。

 電話の平和すぎる保留音楽が僕を苛つかせる。音楽が止まる。

『……分かりました。取り乱してしまって申し訳ありません。何をお話しすればよろしいでしょうか?』

『単純明快です。最後にヤスダさんが開発した装置の場所です』

『……あの装置は、あのあと誰にも触れられずに所長の寝室で眠っています』

『分かりました』

『タクミさん』

『はい』

『所長はあの装置を使って意識が戻らなくなりました。お分かりですね?』

『充分すぎるほど、分かっています』

『……はあ……何がどうなっているやら……』

『それでは』

『ちょ、ちょっとお待ち下さい』

『なんでしょう』

『あなたは、どうやって所長の家に入るおつもりですか』

『それは適当に』

『それはまずいですよ! 通報されたらどうするんですか!』

『なんとかなります』

『行動力は認めますが、世の中はそれだけではどうにもなりませんよ!』

『では、代替案があるんですか?』

『所長の家の鍵はわたしが持っています。まずは私と会ってください』

『では、今日の午後十五時頃、大雷駅の目立つ場所で』

『きょ、きょう、ですか!? 今日は仕事があるのですが……』

『有休を取ってください』

『あのですね……』

『目立つ場所、なにか候補がありますか?』

『あ、そ、そうですね。こちらでは有名な、雷の形をしたモニュメントがいいんじゃないでしょうか』

『分かりました。可能であれば車椅子が入る車両を用意してください。何かあったら連絡します』

 電話を切る。

 さて、急いで支度をしないと。

 五時間はかかる。

 問題は眠りがちなカオルさんとリコにどう移動してもらうか。

 ある程度の計画は立てていた。

 車椅子に乗せ、あえて障がい者としての配慮をしてもらいながら大雷駅まで連れて行く。前から、車椅子は家に常備していた。

 大変な道のりだ。

 障がい者用タクシーにも電車にも、新幹線にも船にも、そして歩きにも。まだまだ好奇の目はつきものだ。

 だが、たったそれだけだ。

 体力がないとか、精神的に弱いとか、他人の視線が怖いとか、そんなこと言ってる場合じゃない。

 いま頑張らなくて、いつ頑張るんだよ。

 僕の神経が擦り切れてもいい。

 それで、リコとカオルさんが戻るなら。

 僕は、戻らなくてもいい。


 いた。

 あれがカムイ・タクミくんか。

 そして、彼の、妻、かな?

 車椅子か。大変だったろうに。

 ふたりとも、若いな。

 僕より二十は若い。

 そうか……そうか。

 僕は鳥肌が立っていた。

 まるで、所長と奥さんの姿が、そこにあるみたいだった。

「おーい、ここですよ、タクミさん! カナスギです!」

 手を振る。タクミさんが頭を下げる。なんだか疲れた様子だ。無理もない。

「カナスギさん、初めまして。カムイ・タクミです。妻のカナイ・カオルです」

「初めまして。カナスギ・ヒロトです」

「それでは、さっそくですが、ヤスダさんの家に連れて行ってください」

「うーん……今日はだめです」

「はあっ!? ふざけないでください! 自分から言いだしたんですよ!?」

「まあまあ落ち着いて。疲れているから怒りやすくもなる」

「そ、それは……」

「タクミさん。あなた、これから大事なことをなさるんでしょう?」

「まあ、そうですが……」

「そんなに疲れていて事がなせるんですか?」

「……」

 気が変わった。

 別に僕には関係ないことだと思っていた。

 だけど、こんなの見せられたら放っておけない。

 所長と奥さんの二の舞いにはなってほしくない。

 アキに準備しておいてもらってよかった。

「だ、か、ら。僕の家に泊まっていくといい」

「えっ!?」

「今日中にかたをつけないといけないことでもないでしょう?」

「いや、僕は……」

「つべこべいわない。妻には話を通しておいた。そのかわり、一晩だけですからね」

「ありがとう、ございます……」

 やっぱり、思った通りの好青年だ。

 泊めてあげるしかないな。

「じゃ、車に乗ってください。残念ですが、車椅子対応の車両は調達できませんでした。自家用車ですが、ふたりなら奥さんを後部座席に乗せることくらいできるでしょう?」

「そう、ですね……」

「だから、ひとりよりふたり、ふたりよりさんにんってね。よいしょっと」

「すみ、ません……」

「いいんですよ」

 かわいい顔しちゃって。

 若くしてこんなに大変なことを抱えているなんてね。

 世の中不公平だよなあ。

 僕なんか、なんの不幸もなく生きてきたのに。

 所長と奥さんのこと。

 タクミさんと奥さんのこと。

 なんか、別の世界の話みたいでさ。

 近くて、遠い、世界か。

 他人の世界なんて、誰にも分からないのかもね。

「じゃ、出発しますよお」

「お願い、します」

 顔が暗いなあ。

 そういえば。なんでタクミくんはわざわざ右側に乗ったんだろう。

 ん……?

 手を、繋いでる?

 タクミくんの左手と、カオルさんの右手、か。

 ふふ。仲睦まじいなあ。

 僕とアキもあんな時代があったな。

 いまや怖くて手なんか握れないけど。ふふふ。

 いつのまにか眠っちゃって。

 きれいな夫婦だなあ。

 僕たちだって負けてないけどね!

 ……おっと、そろそろ家か。


「タクミさーん、着きましたよ!」

 カナスギさんの声がする。

「ううん……」

「起きてくださいー」

「えっと、おはようございます……」

「ぷっ、寝ぼけてますねタクミさん」

 カナスギさんに笑われた。

「ふわあ……すみません……」

「相当おつかれだったんですね。さ、家に上がってください。お食事もご用意してますよ」

「申し訳ないです……」

「いえいえ。一晩だけですから」

「はい……」

「さ、まずは奥さんを車椅子に乗せますよ」

「分かりました」

 カナスギさんと力を合わせてカオルさんをゆっくりと車椅子に乗せる。

「う、ううん……」

 涙だ。カオルさんが目を覚ました。

「あ、カオルさん、起きた?」

「あ、ああ……ここは……?」

「知り合いの家に泊めてもらうんですよ。カナスギ・ヒロトさんです」

 カナスギさんを紹介する。

「カナスギさん、か。よろしく、お願いします」

「はい。よろしくお願いします」

「タクミくんを、よろしく、お願いします」

「は、はい」

 カナスギさんが不思議そうにする。

「カオルさん、寝てていいよ?」

「い、いや、家にお邪魔するんだ。自分の足で立ちたい」

「分かった」

 カオルさんを支えて立たせる。

 カオルさんが僕に体重を預ける。

 あいかわらず、カオルさんはいい香りだ。

 そのまま、玄関から家に入る。カナスギさんがドアを開けてくれた。

 出迎えてくれたカナスギさんの奥さんがハッとして立ち止まる。

「こんにちは。今日、お世話になるカムイ・タクミです。こっちは僕の妻の」

「カナイ・カオル、です」

「は、はい、カナスギ・アキです。いらっしゃい」

「アキ。こちら、今朝、話した」

「あ、ああ、そうでしたね……」

 カナスギさんの奥さんが、明らかに動揺している。

「すみません。寝室は、どちらでしょうか」

「はい、二階の一室です。すみません。いきなりのことでしたので、昔、子供部屋として使っていた部屋を急きょ空けました。大変だろうとは思いますが、僕も手伝いますので」

 ヒロトさんが心配してくれる。

「ヒロトさんは妻が落ちないように後ろで注意してください。僕が支えますので」

「分かりました」

 そうやって、カオルさんを二階の部屋で寝かせて、出ていこうとする。

「タクミくん……」

 カオルさんが眠たそうな目をこっちに向ける。

「どうしたの? カオルさん」

「すまない……」

「いいんだよ。僕が守るって言ったでしょ?」

「うう……」

「いいから、寝てて」

「分かった……」

 そうして、また、目を閉じた。

「ヒロトさん、食事、頂いてもいいですか」

「え、ええ、もちろんです」

「あの、タクミさん」

「はい」

「カオルさんは、お食事は取られないんですか?」

「……」

「タクミ、さん?」

「ここ数日、妻は食事を取っていません」

「それは……!」

「だから、時間がないんです」

「そう、ですか……」

 ヒロトさんと一緒に一階へ降りる。

 階段前で奥さんが待っていた。

「ヒロトさん……」

「うん、そうだね。所長夫妻とそっくりだ」

 所長夫妻。つまり、ヤスダさんたちのことだ。

「あの、そんなに、僕たちと似ているんですか?」

 ヒロトさんが悲しそうに笑う。

「仲睦まじいふたりでさ。キミコさんの意識が遠くなっていって、所長は死に物狂いだった」

「けっきょく、意識は戻らなかったんですね」

「ええ。最後は知っての通り、所長まで意識が戻らなくなってしまった」

「でも、身体は生きていたんでしょう?」

「はい。ですが、それも、所長が意識を失ってからすぐに、キミコさんが眠るように息を引き取り、所長もそれを追うように……」

「そう、ですか……」

「あの、タクミさん、でしたよね?」

 カナスギさんの奥さん、アキさんが、申し訳なさそうに。

「はい」

「私、怖いんです。まるで、呪われてるみたいで。あの手紙にしたって……」

「アキ。その話はやめよう」

「手紙?」

 ヒロトさんがしまった、というように顔をしかめる。

「……言わなければいけないとは思っていましたが……アキ、あの写真と、手紙を持ってきて」

「……分かりました」

 アキさんがリビングに何かを探しに行く。

「タクミさん。私が今回、あなたを手助けした理由も、その手紙にあるんです」

「手紙、ですか……」

「所長が装置に入る直前に書いたと思われる手紙です。時系列的にはそうです」

「時系列的には、というと?」

「その手紙を見つけたのは僕です。ですが、見つけたのは一年ほど前です」

「それがどうしたんですか?」

「タクミさんはご存じなくて当たり前ですが、所長が亡くなったのは五年前です」

「えっ……」

「つまり、四年間誰にも見つかっていなかった。いろいろな方が出入りしていたにも関わらずです。しかも、手紙が置かれていたのは寝室の作業台の上。目立つ場所です」

「ヤスダさん……」

「驚かないん、ですね」

「僕は、たぶん、その理由を知っています」

「……だから、怖いんですよ」

 ちょうど、アキさんがその手紙と、写真を持ってくる。

「ヒロトさん、持ってきました」

「ありがとう……これです。長期間保存できるように、フィルムとデータでも保管しています」

「ありがとうございます。拝見します」

 写真には当時の状況が、手紙本体には表面に「カムイ・タクミくんへ」と書いてあり、裏面に住所と電話番号と、「カナスギ・ヒロト」の文字が書いてあった。中身を取り出す。読む。

『まず、君に謝らねばならないことがある。それは、君とリコちゃんを利用していたことだ。十三年前のあのとき、私はナルコシンクの治療をすると偽って、君たちに実験をさせていた。人間の意識を回復できるかどうか、君たちに試させていたんだ。そして、奇跡は起こった。成功した。私はそれを妻に試した。だが、無理だった。なぜ? 私は考えた。考え抜いた。そして、ある考えに行き着いた。ナルコシンクを治療したのは君たちなんだ。他の何者でもない、「君たちが」ナルコシンクの治療法、いや、この地球上でふたりだけが、意識の深い層に干渉できる存在なんだ。君たちは特別なんだ! 君たちは奇跡を起こせるんだよ! 私のことなんてどうでもいい! そう。私の唯一の罪滅ぼし。この役立たずの発明を。君たちの、幸運を、祈る』

「ヤスダ、さん……ありがとう……」

 不思議と、涙が溢れていた。

「……やっぱり、タクミさんには意味がわかるんですね……」

「えっ、でも……」

 僕はびっくりしてヒロトさんを振り返る。

 ヒロトさんの近くでアキさんが怖がっている。

「『十三年前』『妻に試した』この時点でおかしいです。いったいこれはいつ書かれた文章なんでしょう? 『ナルコシンク』これはなんです? 『リコちゃん』わたしは、タクミさんの奥さんがそうなのだと思ってました。ですが、タクミさんの奥さんの名前は『カナイ・カオル』そして、なぜ住所は所長の家で、電話番号と名前は私のものなのか?」

 ヒロトさんの疑問はもっともだった。ヒロトさんは更に続ける。

「タクミさん。この手紙はね、遺書ですらない。完全にあなたに『なにか』を託している。そして、それは僕たちには理解できない」

「……カムイ・タクミさんから電話が来ている。そう聞いたとき、私は恐怖しか感じませんでした」

 アキさんが、怖がりながらも口を動かす。

「ですが……正直、私はこれでやっと肩の荷が下りると感じてしまいました」

「アキ、失礼だよ」

「だって! 次は私たちなんじゃないかって、ずっと怖かったのよ!」

「……」

 ヒロトさんが黙ってしまう。

「大丈夫ですよ」

「えっ?」

 僕は、ふたりに向けて優しく語りかける。

「すべては僕とリコのせいです。ヤスダさんとその奥さんは、僕たちとはなんの関係もありません。もちろんおふたりも関係ありません。僕たちが苦しんでいるのは、ぜんぶ僕たちのせいなんです。だから、これ以上、問題が起こらないためにも、妻に戻ってもらわないといけないんです」

 ヒロトさんが諦めたような目になる。

「……『人間の意識は大海のごとく』……」

「ヒロト、さん……」

 それって……。

「もしかして、ヤスダさんの言葉ですか?」

 ヒロトさんが微笑する。

「タクミさんなら分かるんでしょうね。所長がよく言っていた言葉です」

「ヤスダさん……」

 ヒロトさんが、急に表情を切り替える。

「……さあ! ずっとここで悩んでいても始まりませんから! タクミさん、あなたは何か大事なことをしようとしている! それをするには休養が必要だ! だったら、まずはしっかり食べて、しっかり休んでください! ね、アキ!」

「は、はい……」

 アキさんはまだ納得していない様子だった。それでも、動き出してくれる。

「ありがとうございます……」

 そのあと、早めの夕食を、とることになった。

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