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第三部、第三話。

 ヤスダさんは、なかなか見つからなかった。

 あれからナルコシンクは一度たりともその猛威を振るわず、とっくの昔に存在自体が蔵の奥底にしまわれているような状態だった。

 ヤスダさんは、まるでナルコシンクを撲滅するためだけに存在していたかのように、その消息がパタリと途絶えてしまっていた。

 僕はリコとカオルさんの世話をしながら、生活保護を受けている範囲でヤスダさん探しを続けていた。

 なぜヤスダさんでなければいけないのか。

 治療法を開発したのはヤスダさんだ。

 たくさんの事実を知っているのもヤスダさんだ。

 そしてなにより、ナルコシンクはその特異性によって存在そのものを隠匿されていた。

 別に殺されるとか、そういう物騒なものじゃない。

 ただ、政府主導で、ナルコシンクを知っている関係者全員の記憶を改ざんした、それだけだ。

 言っていることは凄いけど、やったことは単純だ。

 治療と称してデバイスをつけさせ、脳からナルコシンクの記憶を消しただけ。

 僕もとうぜんその治療は受けた。だけど、ヤスダさんが気を利かせてくれた。

 そして、ヤスダさん自身も治療を回避した。

 つまり、ナルコシンクの治療ができるのは、いま、この時点でヤスダさんしかいないことになる。

 もちろん政府に頼ることはできる。ただ、それはとてもリスクが伴う。

 さいあく僕たちの記憶が改ざんされる。それだけは避けたかった。

 だから、こんな大変で遠回りな方法を選ぶしかなかった。

 いちばん簡単な方法は、警察に電話して「妻が眠りから覚めないんです!」と言うだけ。

 最終的に政府からナルコシンク撲滅隊が派遣されて、僕らは秘密裏に治療されて、ナルコシンクに関わる記憶を消される。

 それだけ。

 それだけ、なんだけど、ナルコシンクに関わる記憶って言ったら、僕らの最重要な記憶ばかりだ。

 政府の人は何も知らないから、それらもひっくるめて消してしまうだろう。

 そうしたらもう赤の他人だ。

 僕たちの絆もなにもなくなる。

 それこそが、メイさんの回避したいことではないだろうか。

 僕も、それは嫌だ。

 だから、ヤスダさんを探す。

 でも、時間は有限だ。

 いつまでもいつまでも探しているわけにはいかない。

 こうしている間にも、リコとカオルさんはどんどん意識が遠くなっていく。

 どうすればいい。どうすれば……。

 あらかた電話できるところには電話し尽くしてしまった。

 手がかりがあるとすれば、湖の畔に研究所兼自宅を構えていたらしい、ということくらいだろうか。

 それが風のうわさ程度のものだったから、探しようがなかった。

 全国の広い湖に旅ができるほどの余裕はない。

 それに、僕は家に居ないといけない。

 一日たりとも家を空けるわけにはいかない。

 カオルさんやリコが、僕が居ないことに気づいたら。

 特にリコはパニックになるかもしれない。

 不安でそばを離れられなかった。

 メイさんにヒントはもらったけど、これじゃ手詰まりだ。

 次の手は、なにか、なにか、ないのか。

 そうやって一日中考えて焦って、それでも世話に追われて眠りについたとき。

 僕は、夢を見た。

 ん、ここ、は……。

 見たことのない家だ。周りを見渡すと、シンプルな内装に、きれいなベッドがふたつ。ホテル?

 窓からは、広い海が……いや、湖かな? なんとなく、そう思った。

 ん……?

 上の方から誰かの気配を感じる。

 誰だろう。

 僕は周りを確認しながら、部屋を出ることにした。

「失礼しまーす……」

 他人の家に勝手に入り込んでいる気がして、申し訳なさを感じる。

 きれいな家だ。でも、どこか寂しさを感じる。

 まただ。おそらくここは一階だ。二階の方から物音が聞こえる。

 奥に階段が見える。おそるおそる、近づく。

 階段を踏む。音はしない。ゆっくりと上っていく。

 二階につく。物音が大きくなる。

「ちがう、ちがう……こうじゃない」

 誰かの声が聞こえる。

「これでいいはずなのに、なんでうまくいかないんだ」

 おそらく独り言だ。

「キミコ……すまない」

 その声には、聞き覚えがあった。

「せっかくヒントを得られたのに、私が無能なばかりに」

 ヤスダ、さん……?

「タクミくんやリコちゃんが居てくれれば……」

「ヤスダ、さん」

 つい、声を出してしまった。

「私は忙しいんだ。あとにしてくれ」

 しまった。まずかったかな。いや、まてよ。

「ヤスダさん、もしかして……」

「あとにしてくれと言っただろう!」

 ヤスダさんが苛立ちながらこちらを向く。その顔が驚愕に染まる。

「タクミ、くん?」

「そうです。それよりも、ヤスダさん……」

「はは、は……」

 ヤスダさんの目から、涙がこぼれる。

「また、会えるなんて、な」

 ヤスダさんが諦めに肩を落とした様子で、俯いてしまう。

「ヤスダさん、あの」

「何年も彷徨っていた。ずっと縛られていた」

 ヤスダさんは僕の問いかけには答えず、話し続ける。

「これは夢だ。意思疎通はできない。微妙にずれている」

 まるで独り言のように呟く。

「なる、ほど……」

 会話が成り立たない。それでも、伝えたい。

「ヤスダさん! ヤスダさんの助けが必要なんです!」

「なぜここに現れたんだ? こんな辺ぴなところに」

「リコが、カオルさんが、ナルコシンクにかかっているんです!」

「その決意に満ちた目は、あのときと同じだな」

「また、夢に潜らなければいけないんです!」

「そうか……そうか……そういう、ことか」

「お願いします!」

「私は、ずっと、ナルコシンクの出来事は、私とキミコのためにあると思っていた。だが、違ったようだ」

「キミコ?」

「ごく限られた人間にしか伝えていなかったが、私にはキミコという妻がいる。彼女は、もうしばらく意識が戻っていない」

「それって……!」

「彼女はナルコシンクとは関係がないが、あの出来事がキミコの意識を取り戻すヒントになると思っていた。だが、それは間違いだった」

「どういうことですか」

「なにをどう頑張っても、キミコの意識は戻らなかった。だが、君なら。君たちなら」

「教えてください!」

「私は最後の力で、夢の世界へと潜る装置を作り上げた。すべて没収されていたからな。タクミくん。ここに来なさい。ここの場所は……」

 僕は飛び起きた。

「九六五三―〇一一五七、伊賀県花咲二六九三―五三一七、ヤスダ・コウヘイ、ヤスダ・キミコ、カナスギ・ヒロト、〇二一〇―二二九七―四四六五……九六五三―〇一一五七、伊賀県花咲二六九三―五三一七、ヤスダ・コウヘイ、ヤスダ・キミコ、カナスギ・ヒロト、〇二一〇―二二九七―四四六五……」

 できる限りの速さでマジックペンを引っ掴み、そこら辺に住所と名前、電話番号をなぐり書きする。

 次にちゃんとしたメモ用紙を持ってきて転写し、さらに携帯のメモアプリで電子的に記録する。

 その次は場所がちゃんと存在するかの確認。地図アプリで場所を確認する。

「あった!」

 本当に存在する。夢でも幻でもない。本当に存在する!

 最後に、電話をかける。時間帯なんて関係ない! こっちは緊急なんだ!

『……ただいま、電話に出ることができません。ピーという音の後に、お名前とご用件をお話しください』

 お決まりの間抜けな音が聞こえたあと、僕はできるだけ落ち着いて伝言を残す。

「遅い時間帯に申し訳ありません。カムイ・タクミと申します。ヤスダ・コウヘイさんと、ヤスダ・キミコさんについてお聞きしたいことがあります。緊急です」

 電話を切る。あとは、折返しの電話を待つだけだ。

「うーん……タクミ、どうしたの……?」

「リ……カオルさん、起こしちゃった?」

「ううん。こっち来て、タクミ」

「うん。いま行くから」

 すぐにリコのそばで横になる。

「ねえ、わたし、最近ぼーっとしてるよね」

「そうかな?」

「そうだよ。このままだと、起きられなくなるかも」

「……」

「タクミ、そうなったらごめんね」

「いやだよ」

「え……?」

「僕はカオルさんと、ずっと、一緒に暮らしたい」

「タクミ……」

「待ってて」

「なに、を?」

「僕たちの物語は、きっと幸せだよ」

「……?」

「手、つなごう?」

「うん……」

 そうやって、三人で、手を取り合って、眠った。

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