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下界へ行くといっても、特別に、何かいるものがある訳ではない…
入浴や睡眠時には戻ってくれば良いのだから…と、考えかけて、ふと…気付く。
いや、待て、そもそもの裁きが間違っていてるのだ。ちょっと用事で死神界へ戻っている間に、他の死神がやって来ないとも限らない。
ということは彼を本当に守ろうと思えば、睡眠の時間も含め…ずっと、あちらへ滞在せねばならない…というか。
その事に気付いたアレベは、少し気落ちした。
悠々自適な一人暮らしから一変、相手には気付かれ無いとしても…望んでもいないのに同居人が出来るのだから。
四の五の言っても仕方ない、行くと決めたのは自分なのだ。
死神鳥が、早く手違いの理由を明瞭にしてくれるかも…しれない…と、少しでも気が楽になるような事を考えながら、立ち上がった。
よし、行くか。
身体を浮遊させると、一気に下降させた。
先日行ったばかりだから、大体の目星はついている。
今の所、裁く対象者として、アレベの書物に彼の名の記載があるので、前回と同じく、自然にそちらへと身体が近付いた。
居た居た。
サトミは、今日も…御年寄と楽しそうに会話して歩いている。その内容を聞いて、何となく経緯が分かった。
どうやら、認知症によって徘徊の末、車に轢かれかけ、そこにサトミが通りかかり…
帰り道が分からなくなった老婦人を交番まで誘導しているようだ。
またも、人助け。
やはり、この人物に裁かれる理由は無さそうで、逆に表彰されても良いくらいだ。
まぁいい、部屋で彼の帰宅を待っていよう。
ゆら〜り浮遊し室内を探索する。
一人暮らし、アパートの一室が彼の住処。
どうやら、彼も…少し前にアレベが裁き、今は元気?に、地獄修行に励んでいる彼と同じような趣味というか…アニメや漫画が好きなんだろう…
部屋の中には、本棚にぎっしりの漫画と…そのアニメなどの人形?
このところ、こういう趣味にハマる人物に良く巡り会う。
この間の彼と違うのは、明るい雰囲気の物が多い。動物の形を模したようなキャラクターが沢山飾られている。
色々あるもんなんだな…とアレベは、ぼんやり眺めていた。
その時、ガチャガチャと、鍵を回す音と後、…ドアが開いた。
あー、主のご帰還かぁ〜と彼の方を見ていたら…
サトミの動きがピタリと止まる。
何故か…見えていないはずの、アレベの方へと、目線が固まっている…
「どっ、、泥棒さんですか?」
サトミは、アレベに向かって話しかけている。
アレベの方が、逆に戸惑った。
まさか、見えている事は、想定に無かったから…
そうか、よく考えたら…裁く者として、最後の時には、その姿が相互に見えるのだから…
今のアレベの姿が見えているのは、当たり前なのだ。早くも失敗した。
「い、いや泥棒では無い…我は…天使だ」
咄嗟に出た嘘。
死神だと言って、無闇に怖がらせたくは無かったので。
「あ、いや…元天使だ…」
一応本当の事、前言を訂正する。
「元…天使…泥棒じゃなく?」
アレベは、手を差し伸べた…
触れようとするサトミの手は、そのまま宙を掴んだだけ
「ほ、本当だ…見えているのに、触れれませんね」
泥棒でない事だけは、証明出来たようだ。
ホッとしたが、結局…現れた理由の説明は出来ない
「ちょっと…下界に旅行に来て、道に迷った…しばらく滞在させて貰えないだろうか?」
我ながら嘘くさいな…と思いながら、更に押し付けがましい事に、普通ならば…拒否するだろう。
しかし…サトミは、生粋のお人好しだ。
「あ、良いですよ〜お困りなんですね」
軽〜く、了承してしまった。流石だ…
お人好しと堕天死神の共同生活が始まった。
「じゃ、布団とか要らないんですか?」
「不要だ…我は浮いて寝る」
「へぇ〜なんか、楽しそうですね」
楽しくは無い…本来なら自分のベッドで寝るのが一番である。
スペースの問題で…ここに、ベッドを運んで来る事も出来ず。
選択肢が無いので…浮遊するしか…
いや、ふと思った…小さくなればいいか。
「なんか、柔らかな場所はないか?」
サトミに聞いてみる
「あっ、高くてクッションしか買えなかったけど…人間をダメにするクッション…ていうのが」
指さした方には、綺麗な明るいグリーンの物体が。
身体を小さくすると、そこに身体を沈めてみる。
「ムムッ!なんだこれは?」
「だめでしたか?」
「良い!これは、気に入った」
不思議なんだが、触れようとすると、身体は透けるが、物質としての重さはある…
死神は、存在が無いようで有るのだ。
すっかり気に入った。
「人間をダメにするクッションは、元天使もダメにくるんですねぇ」
なんて、サトミが笑っていた。
サトミと呼ぶと、何故知ってるんですか?なんて不思議そうにしたが、不思議なチカラが働いているんだろうと納得された。
“ 非裏 聖実”…漢字ではこう書くんだよ…と教えてくれた。
非裏とは…彼の名は、そのまま人柄を表すのか。
「名前は?」
「アレベ・キーイン」
「アレベさん、よろしくお願いします。何か困ったら相談してくださいね」
立場が逆な気もしたが…頷いた。
困っているのは、確かだが、それは、お前の窮地ということで…とは、言えないが。
ダメにするクッションに身を沈めたまま、朝を迎えた。
朝日が眩しい…とりあえず、無事に朝が来た事にホッとした。
身体を元の大きさに戻す。
やはり、ミニサイズでは、威厳もへったくれも無いからな…などど考えていると聖実が声をかけてきた
「ご飯は食べれるんですか?」
「わからぬ…食べれるかどうか、やってみない事には…」
「あ、じゃ…待って、僕の最近のお気に入りが…確か」
なんて言いながら、彼は、棚から何かを取り出す。
ツルツルした素材にカラフルなフルーツの印刷がしてある物の口をパカッと開いて、こちらに向けた。
「グミ…なんですけど」
ナンダソレハ…死神界には、無いぞ。
1つ拝借し、口に放り込んでみる。
甘いのに、周りに付着したザラザラしたものは酸っぱい、弾力のある食べ物は、もの凄く美味しかった。
「悪くない…」
もう1つどうぞ…と、出してくれたので、次々に貰ってしまい、結局、全て食べてしまった。
「美味かった…」
食べれて良かったですね!と聖実は嬉しそうだった。
しかし、食べ物には、お金がかかっているわけで…人間界のお金を持ち合わせていない我が、彼に貰うばかりでは申し訳が立たない。
「食べ物は、自分で用意するので…良い」
「そうですか…僕、料理するのが好きなんで、時々食べて貰えませんか?」
「まぁ、味見程度ならな」
彼を助けに来たのに、生活全般を助けられては元も子も無い。
「もしかして…お金の事を気にしてますか?小さくなれば…良くないですか?」
「お前は、天才か?」
ハッとしたアレベは、賞賛の声を上げた。
貰う事に変わりは無いが…確かに、身を小さくすれば、昨日のグミとやらも、1粒で満足できる。
名案だと思った。