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いよいよ、天使の真似ごとが、すっかり板についてきたアレベ。
もう、迷いはほとんど無く、純白のローブに袖を通す日々、誰も止めないし、止められる理由も…無いと言えば無い。
仕事は、真面目にこなしてるわけで…
1つだけあるとしたら、死神では無く、天使のコスプレをしているということ…
そんなある日、アレベは、またも…気になる人生記録を持つ人物を見つけてしまう。
まだ、20歳になったばかりだと記されている彼は、今回の裁きの対象であるのだが…
特に何の罪も犯していない。
端から端まで読んでみたが、全く犯罪めいた事も、悪事の記録も無い。
何かの手違いなのではないか…という程、何の失点も無いのだ。
アレベは、まだ裁きの時となる夜まで時間があるので…人間界へと様子を見に行って見る事にした。
一応、禁忌ではあるのだが…
短時間なら…お咎め無しだと言われていて、割と皆が自由に下界の様子を見に行ったりしている。
一種の観光みたいなもので…
娯楽の少ない死神界の唯一の楽しみであるような感じなのだろう。
意外と死神界は緩いというか…
行ったところで、交わる事が無い人間と死神だから。裁く者と裁かれる者が触れ合う事は無い。
アレベも、久しぶりの下界へ…
目的は、裁く相手の様子を見る事のみ。
だいたいの目星を付けて、一気に下降する。
あとは、フワリフワリと浮きながら…感覚で目的の主に近付く。
元々は、裁く相手を間違わない為なのだろうが…
なんとも死神とは、便利な機能が備わっているものだ。
あ、見つけた!
近くまで行くと…
笑顔で、御年寄に手を貸してる男が…
ん?男か?
ヒウラ サトミ
そう、記録には名前が載っていた。
ちょっと男か女かどちらとも取れる名前は、そのまま彼の容姿と重なる。
見方によって、どちらにも見えるのだ。
しばらく見ていると、落し物を拾ったり、人にぶつかっては、平謝りし…更には、また、違う御年寄の荷物を持ってやっている。
もしかしたら、詐欺師かスリかで、笑顔で騙したり、何か盗んだりしているのか?
目を凝らし、よ〜く見てみるが、単純に、人助けをしているようで…そして、まぁ、よく転ける。
ただのオッチョコチョイの、人の良いヤツ…のようにしか見えない。
友達だろうか?ちょっと貸してなんて頼まれると笑顔で自分のお金を差し出している。
むしろ、呆れるくらいに…搾取される側の人間だと分かった。
死神界への急ぎ戻り、そのまま…上役である死神鳥の元へ…その名の通り、大変大きな翼を持ち、鳥の姿をしている。
扉をノックした後、失礼しますと入室すると、こちらへと向き直る大きな鳥が。
バサリと翼を広げて、首を傾げると…地の底から這うような…低い低い声が発せらた。
「なんの用だ…」
「すいませんが、今回、裁かれる予定のヒウラ サトミですが…本当に悪人なのでしょうか?」
「どういう事だ…」
ジロリと睨まれるが、負けじと言葉を吐いた
「人生記録に、犯罪歴は無く…不思議に思い、禁忌であると知っていますが、人間界へ…確認の為行ってみたのです。彼は、ただのお人好しの様でした…本当に裁かれなくてはイケナイ人物ですか?」
「世が間違っているとでも?」
「いえ、そういう訳では無いのですが、今一度、調べてだけ頂けませんでしょうか?」
今までたったの一度も、仕事への文句なりなんなり、申したことの無いアレベの言葉は、死神鳥の意見を揺るがせたようだ。
暫し待て…と言い残し、部屋を出ていかれた。
まんじりともせず…待っていると、翼の音と共に、戻って来られた。扉が開いた瞬間に
「確かに…お主の言う通りだ…ヒウラ サトミなる者に、裁かれる理由は無い…何故そのような事になったのか、不思議だが、完全なる手違いだ」
失敗を認めるのが嫌なのだろう。
早口で一気に話し、後は頼む…と言い残し、大きな窓から羽ばたきながら、飛び立って行った。
アレベは、自分の手に持った書物を開くと、“ヒウラ サトミ”の文字は消えていた…
ホッとして、書物を閉じた。
それにしても…アレベがコレに気づかなかったら…と思うと、思わず身震いしてしまう。
死神鳥が、ああも驚く位だから、普通は無いことなのだろうが、今まで裁いた者の中に…そんな者が居なかったなら良いのだが…とアレベは思わずにはいられなかった。