序章
「死者へ道を示し、ここに…天啓を下す…」
言葉と共に、第一級堕天死神のアレベ・キーインは、手に持った本を、その細く長い指でなぞった。
眩い光と共に浮かび上がった相手の名前を、横に切るように、指を滑らせる。
真っ二つになったその文字が、本の中に吸い込まれると同時に、立ち尽くした人間の身体はぐらりと揺れ、崩れ落ちた。
何事も無かったかのように、その場を立ち去る後ろ姿は、蒼色から銀へと変わるグラデーションの長い髪を伸びやかに広げ、威厳に満ち、皆が憧れる最上位の堕天死神のオーラを漂わせていた。
本人はと言うと…
「はぁ〜めんどくさい…なんで、こんなくだらん仕事を毎日毎日…我こそ、死者になりたい」
どうやら、非常に不本意なご様子。
見るもの全てが心を奪われる程の鬼美形の持ち主であり、指一つ動かす所作さえも溜息の出る美しさ、そして、無駄が嫌いが故に、筋道を立てるのが非常に得意、もちろん頭の回転は速い。
これ以上完璧な存在があろうかと思える程に完璧であり、命に限りの無いという無敵さ。
それらは、逆に、本人の不満の元でもあるようだった。
普通ならば、不満の持ちようも無いその完璧さが、本人には、大変ご不満のようだ。
「…つまらん」
ボソッと1日に何度も吐いている言葉。
世の中の様々な欲望や悪意を何百年も見続けている内、受け流す事に長けてしまった。
ツマラナイ仕事だと自分自身に暗示をかけたような気もするが、忘れてしまったようだ。
堕天というからには、元は天使だったのだろうが、その記憶は無い。
あるのは、存在証明の如く、天使らしいたおやかな蒼銀髪…
元は天使だったと、その髪を見る度、アレベは、溜息と共に自覚してしまうようだった。
何かしらの罪を犯してしまい…堕ちる事となったのだろう。そう飲み込むしかない。
本物の死神の髪は…漆黒の闇色だから。
そんな闇色の中、一人浮いているのも分かっていて…
他の同僚の死神達と仲良く出来るはずもなく。
向こうも、階級の高い、元天使のヤツ…と思われているのだろうとアレベは、思っていた。
本当は、皆が羨望の眼差しで、余りにも崇高な存在が故に、簡単に声を掛けれないだけなのに。
今日もアレベの溜息は、10を超えていた。