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15th-逆さまの悪魔-  作者: 文野麗
第四章「上昇する勇気」
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第三十七話「ネムの言葉」

 順調に身体を回復させ、二人で様子を見ながら慎重に約束をして、琴音はようやくネムと会えることになった。


 休日の騒がしいフードコートで、琴音とネムは向かい合った。座って落ち着くなり、ネムは顔を曇らせ、涙を流し始めた。


「琴音と会えて本当に嬉しい。もう会えないのかと思ったときもあったよ。私のせいで、あんなことになってしまって本当にごめんなさい」


「インフルエンザはネムのせいじゃないよ」


「直接の原因はウイルスかもしれないけど、体調が悪くなったのは私がショックを与えてしまったのが大きいと思う。私、あのときあんなことを、自殺なんて図っちゃったせいでたくさんの人に迷惑をかけてしまった。琴音はもちろん、親にも、主治医の先生にも、大迷惑をかけてしまった。深く反省しているの」


「生きていれば失敗もあるよ。私も死にたくなることときどきあるから、気持ちは分かるよ。私は大丈夫だから、泣かないで」


 ネムはしばらく嗚咽していたが、ティッシュで涙を拭いながら徐々に泣き止み、落ち着きを取り戻した。そして穏やかに話し始めた。


「私ね、琴音には本当に感謝しているんだ」


 琴音は思いもよらぬ言葉に耳を疑いさえした。ネムはそのまま心がこもった声で続ける。


「私あのブログずっと書き続けてたけど、ほとんど反応なんてなかった。途中からは壁と話すような気持ちで書いてた。そこへ琴音が現れて、更新する度に毎回反応をくれて、話せて、会えるようにまでなって、とても嬉しい。私は本当に琴音に救われてるんだ。友だちでいられて、本当に幸せ。私は親友だと思ってる」


 琴音は自分が大切に想われるなんて予想外だったので最初は当惑していたが、徐々にネムの言葉が真実味を帯びて胸に沁みだし、心打たれた。初めて、自分が必要とされ、愛されていると実感した。


 琴音の中で大きな変化が訪れた。足に繋がっていた鎖が解けて自由になり、胸の殻が破け、頭上を覆っていた厚く暗い雲が晴れて果てしない青空が現れた。太陽から直接日差しが降り注いで、顔を出した柔らかい素直な心に光が差した。


 劇的な景色の変化に見舞われながら、微かに琴音の心はおぼろげな言葉を発した。


 生きたい。


 今度は琴音が涙を流す番だった。



 琴音が泣き止んで落ち着いてから、二人はフードコートの手前に位置する若い女性向けのドリンクショップでカラフルで派手なジュースを買ってきて、席に戻った。


「これみんな飲めそう?」


 と琴音が尋ねると、ネムはジュースのパッケージを見ながら、少し考えて、答える。


「なるべく全部飲むようにする。残しちゃ悪いからね」


「だよね」


「私ね、ちゃんと治療することにしたんだ。前みたいにやれるときだけじゃなくて、もうずっと、真面目に治療に励もうと思う。健康とまともな生活を取り戻すよ」


 琴音はその言葉を噛みしめてから、自分も言い出した。


「私も同じようにする」


 ネムは琴音の顔を見た。


「本当に? そうしてくれたら、私も嬉しい。一緒に治していこう」


「もちろん。約束する」


 ネムの言葉に感銘を受け、琴音は決意したのだ。人生に背を向け、生きることを半ば拒否するのはもうやめる。きちんと自分の人生に向き合って生きる、と。


 こうして、琴音はようやく自分と和解したのであった。渇望していたものは、与えられたのだ。



 様々な味が混じったフルーティーなジュースを味わいながら、琴音はネムと話した。互いのことを順番に話しながら、あるとき琴音は歌羽のことを話し出した。


「……っていう、本人はウォッチングと呼んでることをしてるんだけど」


「そういう人いるよね」


「知ってるの?」


「ウォチしてる人、掲示板とか見ると結構いるよ。大勢でやってる」


「そうなんだ、歌羽だけじゃないんだ。でもね、その子はもうやめたいみたいなんだ。それよりアルバイトとか前向きなことをしたいらしいけど、ウォッチングみたいな快感がないから、やめられないんだって。そう言って、悩んでる」


 ネムは斜め上を向いてしばらく考えていたが、あることを言い出した。


「そんな人間の薄暗い部分を見るのが好きなら、掲示板の削除人のアルバイトでもすればいいんじゃないかな?」


「削除人?」


「掲示板で、不適切って言われるような内容の書き込みは削除されるんだけど、運営が掲示板を全部監視できるわけじゃないから、専用のアルバイトが削除したりするんだ。それ、どうかな。欲求満たせる気がするし、少ないけどお金になるよ」


 インターネットに詳しいネムならではのアイデアだった。琴音は感心しながら、明るい声で返した。 


「いいかも、それ。歌羽に提案してみるよ。ありがとう」


「もしそれで琴音の友だちの悩みが解消するなら、私も嬉しい」



 琴音とネムはジュースを飲みきることができた。モールの中をぶらぶらと歩きながら、服や小物や文房具を手当たり次第見て歩いた。


 琴音はネムになら、陳列された商品の中でどれが好みで、よいと思うか話せる気がして、一生懸命言葉を紡いだ。ネムは琴音がよいと思うものもそのセンスも褒めてくれた。琴音もネムの選ぶものも価値観も丁寧に褒めた。


 そのようにしてどう感じるかを確認し合うことで、互いに充実し、満たされた気持ちになれたことを琴音は実感した。



 時間が経つのが早すぎる気がした。ずっと一緒にいたかったのに、もう帰る時間が来てしまった。


 駅で、ネムは寂しさと感動が混じった表情を琴音に見せた。


「今日はありがとう。会えて安心できた。病気を治していく気持ちになれた。全部琴音のおかげ」


「お礼を言いたいのは私の方だよ。私は気持ちがすっかり変わって、本当に前向きになれた。ありがとう、ネム。次また会えるときまで、元気でね」


「琴音もね。次はもっと元気になって会いたいね」


「治療頑張ろうね」


「頑張ろう」


 帰りの電車で一人きりになった琴音は、深い満足感と寂しさを覚えた。心の中で、もう一度ネムにお礼を言った。線路と車輪がもたらす一定のリズムの雑音さえも耳に優しく、快く響いた。


 その夜琴音は、幸せな気持ちに包まれて眠りに就いた。次の日朝が来て新しい一日が始まるのも、もはや憂鬱には思わないのであった。前を向いて生きていく純粋な意思が、琴音の迷いを打ち払った。平和な眠りを妨げるものはないのだった。

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