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15th-逆さまの悪魔-  作者: 文野麗
第二章「こじれる現実」
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第二十一話「周囲からの孤立」

 歌羽は不機嫌そうに、唇をすぼめて琴音と目を合わせずにくぐもった声で言った。


「でも琴音には直接関係ないじゃんそれ」


「そんなことないよ。私たちは共犯者みたいなものだったし、麻理恵が可哀想な思いをしたのは気の毒でならないし……」


「琴音が痛い思いをしたわけじゃないでしょう?」


 歌羽の直接的な言い方が気にくわなくて、琴音は返事をためらった。もう少し婉曲的な言い方がないものだろうか。


「そんなんでさ、ご飯食べんの拒み続けて倒れるなんて、間違ってるよ。そのいとこは気の毒かもしれないけど、琴音は別に一緒になって苦しがる必要ないじゃん」


 歌羽は顔を上げて琴音に向き合った。怒ったような厳しい顔をしていた。


「ご飯食べなよ。死にたいなんて言わないで、生きなよ」


「ご飯は食べたくない」


 歌羽の口調は激しくなっていった。 


「琴音はお母さんにお昼代もらってるんだよね? でもそれでいつもゼリーしか買わないじゃん。それも一口二口しか飲んでないで捨ててるし。それどころか何も買わないでお昼全然食べないときも多いよね? これ以上そんな事を続けるなら、それ、琴音のお父さんとお母さんにばらすよ」


 琴音は困惑し、同時に嫌な気持ちになった。脅し、告げ口という手段に出る歌羽に嫌悪感を覚えたが、両親に後ろめたいことをしているのは事実だし、悪いのは自分なので、返す言葉はなかった。



「パンでもお弁当でも買ってきなよ」 


「今日こそ琴音の親に言おうかな」


「私は琴音に死んでほしくないんだよ」


「ご飯食べなきゃダメ! 怒るよ」 


 歌羽は昼休み、今まで以上に琴音を強くせっつくようになった。琴音は非常に困惑していた。うるさくてたまらない。叱られることがなんだかずれている感覚があった。そういうことじゃないのに、と思っていた。


 琴音はこの苦しい状況をネムに相談したかった。ネムなら話を聞いてくれるし、自分の言うことに共感を示してくれるはずだ、と考えた。スマートフォンで彼女のブログをを幾度となく開いた。


 だが頼みの綱のネムはこの頃不穏な調子だった。彼女は頑張って教室で少しずつ授業を受けるようになったある日、同級生の男子に馬鹿にするようなことを言われたらしい。何と言われたのかは明かさなかったが、それはネムの最も言われたくなかったことの一つで、精神的に深手を負ったそうだ。


 そのせいで一気にネムは元気をなくし、病んでしまっていた。再び不登校になったようだった。ブログの内容が憂鬱で絶望的で攻撃的なものになっていって、琴音はコメントもできなかったし連絡アプリにメッセージを送れないでいた。あまりに暗い雰囲気なので、どう言葉を掛けたらよいか分からなかったからだ。


 今日こそはネムの精神状態がよくなって、話ができる状態にならないか、と淡い期待をもって、琴音は頻繁に「ピュアエンジェルダイアリー」を確認したが、いつまでもネムに平穏は訪れなかった。期待をくじかれて、琴音は悄然としながらネムの病んだ投稿を読んだ。それでも彼女のブログは好きなので、暗い内容だとしても毎日全部読んでいた。


 そんな日々が続いて、あるとき、ネムが毎日欠かさなかったブログの更新がとうとう途絶えてしまった。二日間空いたのを見て、琴音は連絡アプリでそっと様子を尋ねた。しかし既読さえつかなかった。


 琴音は強い不安に苛まれた。ネムは自分を嫌ってブログごと琴音の前から姿を消してしまったのではないかというつらい予測と、まさか死んでしまったのではないかという恐ろしい不安が交互に現れて琴音を苦しめた。彼女のあの荒れ具合では命を絶っても不思議ではないように思われた。どうやっても答えを確かめる術がない。


 一週間経ってからネムのブログに更新があった。琴音は通知を見て、何を考える暇もなくすぐにブログを開いた。


 その日の投稿欄には短い文章が綴られていた。先日衝動的に自殺を図ってしまったこと、発見されて未遂に終わったこと、保護入院されられたこと、親にスマートフォンもパソコンも取り上げられてこちらにも来られず、連絡もできなかったことが、淡々と書かれていた。テンションは低いが、確かな文章だった。今病室で親に頼み込んでパソコンでこの文章だけ投稿させてもらった、今も母がとなりで睨みつけている、いつになるか分からないけれど必ず戻ると書かれていて、最後に「友人Kちゃんへ」という書き出しの段落に、「心配掛けてごめんなさい。戻ってくるまで、少し待っていてね」と書かれていた。


 琴音はネムが絶望した末に本当に自殺未遂にまで至ったことに衝撃を受けた。どういう方法を用いたのか分からないが、見つからなかったら死んでしまっていたかもしれないと考えると、ゾッとして背筋が凍るようであった。だが彼女が生きていること、自分との関係を保つ気でいるらしいことに一応安堵した。


 琴音は不安と心配で一杯で、ネムの様子が見たくて、お見舞いに行きたかった。しかしネムの方の連絡手段がなくて、病院の名前も場所も分からなかったので、困難だった。すさまじい無力感に襲われた。あんなに親しい友人なのに、簡単に連絡ができなくなってしまう。私たちを繋いでいるものは、何て脆いんだろうと感じた。ネムの回復と気力を信じて待つしかなかった。 



 琴音は家族とは分かり合えないし、歌羽とは気持ちが通じ合わず、ネムは連絡が取れない状況になってしまって、孤独に陥った。心置きなく話せる人が周りにいなくなってしまった。母にも歌羽にも一方的に叱られるばかりだった。


 身体の調子は相変わらず悪いままで、しかし改善するために食べる気もしなかった。体力が減っていくにつれてできないことが一つ一つ増えていった。月経はとっくの昔に止まっていた。


 悩みは多く、問題も多く、何一つ解決に向かわない。楽しいことはなくなってしまった。しょっちゅう嫌な記憶がよみがえってくる。するとその度に食べない決意を新たにしてしまうのだった。



 季節は急に進んで秋が深くなってきていた。気候は暑くもなく寒くもない、身体にちょうどいい、一年の中でもわずかなあの期間のものだった。よい季節だったが、哀しみも憂鬱もどこにも届かず身体に戻ってきた。空は冷気とともに少しずつ固くなっていった。生きる悲しみと徒労感が毎朝一層身に染みた。

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