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09. 聖女

「ミサキはまだ見つからないのか?」

「申し訳ありません」

 夕食の時間になっても戻らないミサキに、レオナルドは溜息をついた。


「俺のせいだ」

「いえ、時間をナタリーに伝えていなかった私のミスです」

 レオナルド様は悪くありませんと言う補佐官チャールズにレオナルドは首を横に振った。


 今日遭遇しなくても、いつかは気づいたはずだ。


「チャールズ、キャサリンとの婚約破棄を進めてくれ」

「は? 婚約破棄ですか?」

「聖女に対する暴言、侍女への嫌がらせ。王太子妃にはふさわしくないと理由を添えておいてくれ」

 レオナルドは夕食に手を付けることなく、背もたれに身体を埋めた。


「……ご存じだったのですか?」

 侍女へ嫌がらせをしていることに。

 驚いたチャールズが尋ねると、レオナルドは苦笑した。


「少し早めに茶会へ行くと紅茶を引っ掻けられた侍女とよくすれ違った。だがキャサリンは国内でも有力な公爵の娘だ。政略結婚だと諦めていたが」

 

 ミサキは言葉が通じないが、いつも一生懸命で可愛いと思った。

 マナーや常識は無いけれど、不快に思った事は一度もない。

 逆に応援してやりたいと思った。

 

 ミサキが来てからずっと目が離せなくて、最近ではミサキを正妃にしようと思っていたのだとレオナルドが言うと補佐官チャールズは目を見開いた。


「だからあんなに積極的に」

 例え婚約者でも本当に想い合う者同士でなければ頬に口づけなどしないのに、レオナルドは食事で会うたびにミサキにしていた。

 言葉が通じないミサキを口説いていたのだ。


「無事でいてくれ」

 レオナルドが右手で額を押さえながら呟く。

 補佐官チャールズは必ず見つけますと頭を下げた。



 うずくまるように眠っていたミサキは大きな物音で飛び起きた。

 外はまだ薄暗い。

 起きた瞬間、寒くて身震いしたミサキは髪を簡単に手で整えるとお店の方へ歩く。


『あぁ、悪い。音で起きちまったか』

 困った顔をしながら不自然な恰好で流水に腕をさらしているおじいさんにミサキは首を傾げた。


 お店から流し台の方へと歩くと、おじいさんの腕から血が出ているのが見える。

 流水で洗い流しているのだが、傷は深いのだろう。

 流し台にピンクの水が流れていく。

 ミサキは近くにあったタオルを手に取るとおじいさんに手渡した。


『あー、だいぶ深くやっちまったなぁ』

 左手で良かったと溜息をつくおじいさん。

 ミサキは昨日外して適当にポケットに突っ込んだ包帯を取り出した。


 少し血が付いてしまっているけれど良いだろうか。

 ガーゼとかあるのだろうか?


『あぁ、巻いてくれるのか?』

 このタオルごとグルグル巻きにでもするかと笑うおじいさん。


 流水から腕を出すと、タオルを傷の上に置き、ミサキの前に出した。

 右手でグルグルのイメージを伝えてくれる。

 ミサキはおじいさんの腕をそっと持った。


 早く治りますように。

 タオルの上から包帯を巻いていくが、タオルが厚すぎて二周しか回らなかった。

 もう一つの包帯も取り出し、腕の上と下だけ止める。


「ありがとな」

 右手でミサキの頭をグリッと撫でると、おじいさんはもう大丈夫だと言いそうな顔でニヤッと笑った。


『あらあら、包帯を持ってきたけれど巻いてくれたの?』

 手に新しい包帯を持ちながらやってきたおばあさんがグルグル巻きのタオルを見て微笑む。

 

 この子は優しい子。

 言葉が通じないので、きっと遠くの国から攫われてきたのだろう。

 この子を早く家に帰してあげたい。

 商業ギルドへ連れて言ったら、この子の言葉でどの国かわかるだろうか?


『よし! 準備、準備!』

 何事もなかったかのように店の準備を始めるおじいさんとおばあさん。

 ミサキはテーブル拭きを手伝う。

 

『は? どういうことだ!』

 おじいさんの大きな声に驚いたミサキは椅子を拭いていた手を止めて振り返った。


 厨房からバタバタと走ってくるおじいさんと、別の部屋からどうしたの? とやってくるおばあさん。

 おじいさんは左腕に巻いていた血のついたタオルを片手におばあさんに腕を見せた。


『椅子なんて拭かなくていいから座ってくれ』

 布巾を取り上げられ、椅子に座るように腕を引っ張られる。

 ミサキは大興奮なおじいさんとおばあさんを交互に見た。


『あぁ、聖女様だったなんて』

『縫わないと無理だと思った怪我が治るなんて信じられねぇ』

 ミサキの手を握りながら嬉しそうな二人。


 え? 何? どうしたの?

 急に自分が有名人になったかのような、お忍びで遊びに行った街で見つかって握手を求められる芸能人みたいな扱いにミサキは首を傾げた。


 おじいさんは嬉しそうに腕をミサキに見せる。


『あれ?』

 おじいさんの傷は治っている。

 さっきはあんなに血が出ていたのに?

 実はそんなに深くなかったのだろうか?

 

 よくわからないミサキは首を傾げた。


『あぁ、聖女様。お会いできて幸せです』

『長生きはするもんだな』

 涙ぐむおばあさんと、クシャッと笑うおじいさん。


 一体どういうこと?

 何で二人とも泣いているの?

 

 二人の言っていることが全く分からないミサキは、何が起きているのかわからずただ二人を交互に見ることくらいしかできなかった。

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