08. 食事処
飛び出してきたはいいけれど、行くところもないのだった。
お金もないし言葉も通じない。
自分で飛び出しておきながら、馬鹿だなと今更後悔する自分がさらに馬鹿でミサキの目から涙が溢れた。
街は多くの人で賑わっていて、店もたくさんある。
店の文字も読めないので窓がない店は何の店かもわからなかった。
「……お腹すいたな」
食べ物も着る物も住むところも全部与えてもらったのに勝手に飛び出した。
あの眼鏡の人は今頃怒っているだろうか?
それとも聖女じゃなかったから扱いに困っていたけれど、居なくなってラッキーと思っているだろうか?
ミサキは大通りの小さな脇道に一歩入ると小さくうずくまった。
手の包帯はうっすら血が滲んでいる。
ギュッと握ったせいかもしれない。
「……帰りたい」
元の世界へ。
……死んだから帰れないか。
ミサキは苦笑するとそのまま顔を埋めて泣いた。
『……どうしたの?』
ポンポンと肩を叩かれたミサキの身体がビクッと揺れる。
泣き顔のまま上を向くと目の前には優しそうなおばあさん。
『あらあら、女の子かい。変な格好をしているから男の子だと思ったよ』
おばあさんの言葉は全くわからず、ミサキは困った顔をした。
『あの、言葉がわからないんです。ごめんなさい』
『あんたどこから来たんだい?』
お互い言葉がわからず困ったが、おばあさんはミサキがうずくまっていた壁の店にミサキを引っ張り入れた。
窓のないその店は食事ができる店。
テーブルとイスが並ぶこじんまりした店だった。
『おーい、どうした。その子は?』
『道でうずくまってたけど、言葉が通じなくて。攫われて逃げ出した子かね?』
カウンターの奥からおじいさんが水を持ってやってくる。
ミサキは飲んで良いのか迷ってしまった。
お金を持っていないんです。って何と言えば良かっただろうか?
「ない、か……かね?」
お金がないと通じただろうか?
イスに座ったミサキが困った顔でおじいさんを見上げると、おじいさんはグシャとミサキの頭を撫でた。
おじいさんは奥へ行ったと思ったらすぐに戻り、ドンッとミサキの前にシチューを出す。
『食え』
『食べていいのよ』
言葉はわからないが、きっと食べて良いと言ってくれているのだろう。
包帯を巻いているミサキの手にスプーンを持たせるとおばあさんはニッコリ笑ってくれた。
「いたたきます」
いただきますと言ったつもりだが通じただろうか?
ナタリーは違ったら言い直してくれるが二人は反応がないので通じているかわからない。
おじいさんとおばあさんの顔を交互に見た後、ミサキはスプーンをゆっくりシチューの中に。
もう一度二人の顔を見ると、おじいさんに早く食えと頭をぐしゃぐしゃされた。
温かいシチューが喉を通るとじわっと心が温かくなる気がした。
「おいしい」
王宮でおいしいものをたくさん食べさせてもらっていたけれど、このシチューも同じくらいおいしい。
「ありがとう」
ミサキがお礼を言うと二人は優しく微笑んでくれた。
『ごちそうさまでした』
綺麗にペロリと食べてしまったがお礼できるものは何も持っていない。
『私、何か手伝います』
食器を持って立ち上がるとおばあさんが不思議そうな顔をする。
ミサキは気にせず厨房の方へ行き、流し台っぽいところまで食器を運んだ。
スポンジと洗剤は前の世界と変わらない。
水はこの世界のシャワーみたいにレバーを引けばよさそうだ。
スポンジを取ろうとしたミサキは自分の手のひらの包帯に気がついた。
シュルシュルと包帯を外し、パーカーのポケットに突っ込む。
もう血は止まっていそうなのでいいだろう。
どうせバンドエイド程度の傷だ。
スポンジを手に取りお皿を洗い始めるミサキ。
『あらあら、そんなことしなくていいのよ』
おばあさんが驚いた顔をしていたが、ミサキは流しにあった食器をすべて洗い、隣のトレーに置いていった。
おじいさんは料理を作り、おばあさんは注文、料理運び、会計。
言葉がわからないミサキができるのは皿洗いだけだ。
ミサキは帰った客のテーブルの食器を下げ、テーブルを拭き、食器を洗う。
これってうどん屋でバイトした経験が生かされている!
ミサキは店が閉まるまで手伝いを続けた。
『夕飯だ。今日はご苦労さん』
『今日は腰が痛くて辛かったから手伝ってくれて助かったわ』
テーブルの上には三人分の食事。
夕食までご馳走してくれるみたいだ。
「ありがとう」
夕食は生姜焼きのような甘辛のお肉。
昼のシチューも美味しかったけれど、これもすごく美味しい。
食べ終わり、食器を洗ったミサキがお辞儀をしてお店を出て行こうとすると、おばあさんはミサキの手を引っ張った。
『今日はもう暗いから泊っていきなさい』
外は危ないと言いながらおばあさんは店の奥へミサキを連れていく。
部屋の片隅に薄い敷物を敷いただけのスペースだったがミサキはありがとうと微笑んだ。
少し寒い部屋。
王宮がどれだけ恵まれている環境だったのか今更思い知る。
ナタリーとニックには迷惑をかけてしまった。
眼鏡に怒られていないと良いけれど。
優しいおじいさんとおばあさんのおかげで、今日はごはんも寝るところも確保できた。
明日からどうしたらいいのだろう。
行く宛もないし、出来る事も少ない。
言葉がわからないと働くこともできない。
本当にどうしよう。
ミサキは小さくうずくまりながら明日からのことを思い悩んだ。