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06. 気分転換

 ここへ来て三週間。

 

『気分転換に庭園の散歩はいかがですか?』

 ナタリーは窓から外を指差した。

 

 食事以外はこの部屋から出ず、ずっと勉強を頑張っているミサキ。

 たまには外の空気を吸った方が良いのではないか。

 今日は天気も良いし庭園の薔薇も見頃だ。


『外?』

 ミサキも窓から覗き込む。


『花を見に行きましょう』

 単語の「花」だけ聞き取れたミサキが微笑む。

 

 きっと外へ行こうと言ってくれているのだ。

 ミサキがうんうんと頷くとナタリーも微笑んだ。


 ナタリーと二人で部屋を出て廊下を進むと騎士が後ろからついてくる。

 

 ミサキは首を傾げた。

 食事の時はついてこないのに。


「ナタリー、ニック」

 ナタリーが自分を指差してから騎士を指差すと、騎士はペコッとお辞儀した。


「ニック」

『はい。本日護衛させて頂きます』

 ニックは真面目そうな人。

 なんと言ったかわからないけれど、よろしくみたいな感じかな?


 一階まで降り、廊下を進む。

 スッとニックが抜かしていき建物の扉を開けてくれた。

 

 おぉぉ。

 騎士ってこんな事までしてくれるんだ。


「ありがとう、ニック」

 ミサキがお礼を言うとニックは微笑む。


 騎士ってもっと怖い人達だと思っていたけれど、優しいお兄さんなんだ。

 普段優しいのに、戦うと強いとか、そういう萌え要素なのかな。

 

『キレイ!』

 三週間ぶりの外は天気が良くて眩しかった。

 

 芝生は綺麗に長さが揃っていて、噴水には虹がかかっている。

 太陽の眩しさにミサキは目を細めた。


『ナタリー、あっちに行ってもいい?』

 ミサキが噴水の向こうを指差すとナタリーは頷いた。

 

 良かった。

 少し元気になったみたいだ。


 ここ数日、勉強が思うように進まず落ち込んでいたミサキ。

 三週間でだいぶ成長しているがまだまだ意思疎通は難しい。

 急に話せるようになるのは無理だ。

 

 焦らず地道に頑張るしかないけれど、ミサキ様は早くレオナルド様と話せるようになりたいのだろう。

 

 食事の時、レオナルド様に会うのを楽しみにしている気がする。

 それに気づいたのは、一日だけ公務でレオナルド様がいなかった日。

 あの日だけは寂しそうだったのだ。


 レオナルド様もミサキ様を気に入っているように見えた。

 婚約者ではないがスキンシップが多い気がするし、聖女なので第二妃にされるつもりなのかもしれない。


「ナタリー! これ、何?」

 ミサキが木の下で指差したのは木から落ちた硬い実。

 ニックが硬い殻を踏むとパカッと割れ、中から緑色の実が現れた。


『これって苦いやつ!』

 初日に食べてしまった苦い実だ。

 

 予想と違う!

 プチトマトのように出来上がる姿を想像していたミサキは栗のような殻に包まれたルククに苦笑した。


『あちらには薔薇がありますよ』

 ナタリーが木の向こうを指差すとミサキはヒョコッと覗き込んだ。

 

 真紅の花と緑の葉は薔薇かな?

 近くへ行こうとしたミサキは庭園にいた人物に驚き、目を見開いた。


 薔薇の向こうには金髪のイケメン王子レオナルド。

 そしてその隣には金髪の美女。


 スタイルが良く、赤いドレスがよく似合う美人さん。

 レオナルドが絵本の王子なら彼女は絵本のお姫様。

 どこからどう見たってお似合いだ。


 以前見せてもらった絵本の白いドレスの女性は金髪。

 あの人のことだったの?


 肩を抱き、仲が良さそうな二人。

 ミサキは目を逸らし、木の陰に隠れた。


 どうしてレオナルドと結婚できると思ったのだろう?

 ここが異世界だからって私と結婚するとは限らないのに。


 私と王子がつり合うわけないのに。

 どうして自分が聖女だと思い込んだのだろう?

 

 絵本とは髪の色も違ったし、なによりも言葉すらわからなくて意思疎通もできないのに。


「ミサキ様」

 ナタリーはショックを受けているミサキの肩にそっと触れた。


 ミサキはレオナルド様に婚約者がいることを知らなかったのだ。

 言葉がわからないミサキが噂を聞くはずもなく、誰かに教えてもらうこともない。

 

 泣きそうなミサキを部屋に連れて行こうとナタリーが一歩進むと、ミサキはすぐ足元の木の根に引っかかり転んでしまった。


「ミサキ様!」

『ミサキ様! 大丈夫ですか?』

 ナタリーとニックが慌ててしゃがむ。


 ミサキは四つん這いのまましばらく放心状態になった。


 私、こんなところで何をしているのだろう?

 言葉も通じないところで。


 膝も手のひらもジンジンする。

 そっと右手を土から離すと、手のひらは木の根で擦りむきうっすら血が出ていた。


『ミサキ様! 早く消毒しましょう』

 ミサキはワンピースが汚れるのも構わず木の下に座り込んだ。


 両膝は擦りむいて血が出ている。

 両手も。

 一番酷いのは右足の膝だ。

 土もついているが出血が多い。

 こんな風に膝を擦りむくなんて小学生以来ではないだろうか?


 ミサキは右手で右膝を押さえた。

 もし私が聖女なら怪我が治るはずだ。


 だが何も変わらない。

 ただ足の血が手についただけ。


 ミサキの目から涙が溢れた。


 ……聖女じゃない。


 聖女じゃない私が王子のレオナルドと結婚できるわけがない。


 私は何を夢見ていたのだろう?


 異世界に行って、聖女の力で世界を救って、王子とハッピーエンド。

 小説のテンプレ通りに行くのだと思っていた。

 

 ……馬鹿みたい。


『ミサキ様、失礼します』

 騎士ニックは動かないミサキを抱き上げると建物へ戻る。


「……ミサキ?」

 レオナルドは建物へ戻る騎士と侍女にようやく気がついた。

 

 ミサキの姿は見えないが侍女ナタリーがいるということは騎士が抱えているのはミサキだろう。

 

 何があったんだ?

 なぜ騎士が抱えている?

 体調が悪いのか?


 駆けつけようとすると、婚約者キャサリンがレオナルドの腕を掴んだ。


「どうかなさいまして?」

 私を放ってどこかにいったりなさいませんよね? と微笑むキャサリンに、レオナルドはグッと拳を握った。


 ミサキの所へ行きたいけれど行けない。

 今はキャサリンと茶会中だ。


「……なんでもない」

 そう言いながらもレオナルドの視線はずっと知らない娘を追いかけている。


 あんな小さな子供が一体何なの?

 王子の寵愛を受けるなんて許さない。

 キャサリンの奥歯がギリッと鳴った。


 部屋まで戻ったミサキはソファーに座ったままナタリーの手当てを受けた。

 包帯なんて大袈裟だと思ったが、この世界にはバンドエイドはないのだろう。


『痛みますか?』

 心配そうに声をかけてくれるナタリーに答えず、どこか思い詰めたような顔のミサキ。

 

 涙は止まったみたいだが、話しかけても目を合わせてくれない。

 

 ナタリーは手当を終えると、温かい紅茶を淹れた。

 お辞儀をして部屋を出る。


「ニック、ミサキ様をお願いします。報告に行ってきます」

「はい」

 畏まりましたとお辞儀をするニック。

 ナタリーは溜息をつきながら補佐官チャールズに報告するため、静かな長い廊下を進んだ。

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