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04. 言葉

『疲れた』

 部屋に戻ったミサキはソファーにボフンと倒れ込んだ。

 

 お腹はいっぱいだが、緊張した。

 イケメンとコース料理なんてハードルが高すぎる。

 しかも言葉が通じないので会話もない。

 はぁーと盛大な溜息をつくミサキに侍女ナタリーは寝間着を差し出した。


 これはナイトウエア!

 こんなの着たことない!

 Tシャツにズボンで寝ていたミサキはツルツルのナイトウエアに戸惑った。


『湯浴みに参りましょう』

 手を引かれてシャワーへ行く。


『わ! シャワーあるの? 嬉しい!』

 喜ぶミサキにナタリーはホッとした。


『使い方を教えてください』

 ミサキがシャワーを手に取ると、ナタリーは慌てた。


『服を脱いでから水を出します』

 シャワーを戻すナタリーにミサキは首を傾げる。

 もう一度シャワーを手に取ると人のいない方に向け、壁のレバーに触れた。


『それは上……!』

 ナタリーの静止は間に合わず上から水が降ってくる。

 

「ひゃぁ」

 急いでナタリーがレバーを戻してくれたがミサキはずぶ濡れになった。

 

 手に持っているシャワーヘッドから出るのではなく、天井に備え付けられたシャワーから出るとは。

 恐るべし異世界。

 

『大丈夫ですか?』

 慌ててタオルを差し出してくれるナタリー。

 ミサキは手に持ったシャワーヘッドから水を出したいと手で表現した。

 

『この突起を引きます』

 ミサキが触ったレバーの横にある丸い突起をナタリーが引くとシャワーヘッドから水が出る。

 

『えー。タオル掛けかと思った』

 まさかコレを引くとは思わないでしょ。

 

 ミサキが突起を元に戻すと水は止まり、再び引くと水が出る事を確認した。

 温度調整はなく、水しか出ないようだ。

 冬は寒そう。

 

「ありがとうナタリー」

 ミサキがお礼を言うとナタリーはずぶ濡れのミサキの上から下まで眺めた。

 

『一人で大丈夫』

 自分を指差してから人差し指一本だけ見せる。

 次に両手で丸を作ったがわかってもらえなかった。

 

 脱がそうとするナタリーをシャワーから追い出すと不思議そうな顔をされたが、最終的には一人で入ることができた。

 

 ナイトウエアだけではなく下着まで準備してくれたナタリーのお陰で、濡れたパンツは履かずに済んでホッとする。

 

『もう寝ていい?』

 ベッドを指差すとナタリーはにっこり微笑んでくれた。

 

 きっとオッケーって事だよね。

 ミサキはふかふかで寝心地の良いベッドに入るとあっという間に眠ってしまった。


 

「あぁ、ナタリー。彼女はどうでしたか?」

 眼鏡をグイッと上げながら尋ねる補佐官チャールズに侍女ナタリーはお辞儀した。

 

「とても優しい方です。何をしてもお礼を言ってくださいます」

「侍女に?」

「はい。着替えを出しても紅茶を淹れても、毎回ありがとうと。それにシャワーの使い方を教えている最中に上から水がかかってしまいましたが、怒りませんでした」

 普通の令嬢ならそんな粗相をした侍女は折檻かクビだ。

 怒って当然なのに。

 

「一生懸命、手で伝えようとなさって。とても愛らしいです」

 厳しいと有名な侍女長ナタリーに愛らしいとまで言わせるとは。

 補佐官チャールズは手帳にサラッとメモをする。

 

「引き続きお願いします」

「かしこまりました」

 ナタリーはお辞儀をして補佐官チャールズを見送る。

 

 聖女様と言われても正直ピンと来なかったけれど、『ミサキが聖女』はしっくりくる。

 年齢的には娘くらい歳が離れているだろう。

 食事の仕方もシャワーの使い方も知らないミサキ。

 少しでも早く慣れ、快適に過ごしてほしい。

 

 ナタリーは自分の部屋に戻ると明日のミサキの服を悩みながら眠りについた。

 

「夢じゃなかった……」

 ふかふかのベッドで目が覚めたミサキは苦笑した。

 

 初めての場所なのに平気で熟睡できる自分の神経の図太さもビックリだが、ふかふかベッドの寝心地も驚きだった。


 ベッドから降り、腰まで捲れたナイトウエアを慌てて戻す。

 うん、寝相も悪かった!

 ベッドから落ちなくてよかった。

 流石に落ちていたら恥ずかしい。

 

『おはようございます、ミサキ様』

 ノックの音と共にナタリーの声が聞こえる。

 

「ナタリー、うはようこさいます?」

「おはようございます」

「おはようございます?」

 頷いてくれるナタリーにミサキは微笑んだ。

 たぶん朝の挨拶だよね。


 着替えて支度をした後は廊下を移動し食事の部屋へ。

 

「レオナルド、おはようございます」

「ミサキ! おはよう」

 キラキラ王子のレオナルドに挨拶をすると、今日もレオナルドはミサキの頬に口づけをした。

 

 ヨーロッパでは挨拶替わりだろうけど、バリバリ日本人のミサキにはその習慣はない。

 勘違いしてはいけないと思いながらも、王子すぎるレオナルドにそんなことをされては勘違いするに決まっている。

 

 ミサキは真っ赤な顔でレオナルドを見上げた。


『もう挨拶できるようになったのだね。早くミサキと会話したいよ』

 ミサキの頬を撫で、耳の下を通り、アゴの下に手を添えるレオナルド。

 綺麗な青い眼を細めてニッコリ微笑んでくれるレオナルドにミサキも微笑み返した。


 惚れてまうやろー!

 こんなことされて落ちない女がいる?


『レオナルド様、ほどほどになさいませ』

 補佐官チャールズの言葉で解放されたミサキは今日もおいしい朝食を頂いたあと、言葉を習いながら王宮内を散策した。


 レオナルドはカッコいい。

 食事の時しか会えないが、いつも頬にキスしてくれて優しく微笑んでくれる。

 

 やっぱり聖女だから?

 異世界転移してきた聖女だから王子と結ばれるってこと?

 まだ言葉しか習っていないけれど、そのうち魔法の練習とかあるのかな?

 魔法陣で呼び出されたのだから、絶対魔法はあるはず。


 早く言葉を覚えて魔法を教わりたいな。と思ったが、それはすぐに挫折した。

 

 小学生から英語の授業を受けていてもペラペラにならなかったように、オウム返しはギリギリできるようになったが自分で考えて話すことは全くできなかった。

 

 一週間経っても単語も思い出せない事が多く、会話なんて程遠い。

 挨拶とイエス、ノーが精一杯。

 

 落ち込むミサキにナタリーは温かい紅茶を差し出した。

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