35. 怪我
何か作戦があるわけでもない。
何か武器があるわけでもない。
何か特別な技があるわけでもない。
無意識に飛び出したミサキはルイスの頭を抱え込んだ。
「ミ……」
ミサキの名を呼ぶ前にドラゴンの鋭い爪がミサキの背中に傷をつける。
あぁ、私、馬鹿だな。
今更しみじみそう思う所がまた馬鹿過ぎるとミサキは苦笑した。
「ミサキ!」
共鳴する剣。
治ったルイスの怪我。
背中を大きく怪我したミサキ。
ルイスは目を見開きミサキを支えた。
ミサキの背中に置いた手には血がべったりとつく。
「うっ、」
「ミサキ!」
かろうじて意識があるミサキはルイスから離れると辛そうな顔で笑った。
医師免許を持つビルが駆け寄り、ガイルと二人でミサキを支える。
『ミサキを頼む』
ルイスは聖剣を握りなおすと深呼吸をした。
ミサキだけをレオの所になんて、弱気な事を言ったせいで怪我をさせた。
ルイスは奥歯をギリッと噛み締める。
ドラゴンを倒して水を戻すために来たのに、ドラゴンの気迫に押されて情けない事を言った。
迷ったせいで、弱い心のせいで。
守るべきミサキに逆に守られてしまった。
男としても騎士としても情けない。
ドラゴンの急所は首。
聖剣で突き刺すのみ。
ルイスは聖剣を頭の上に構えた。
騎士団長に習ったのに冷静さを欠き、空を飛ぶドラゴンに圧倒され、大切な女に怪我をさせた。
ドラゴンを倒す。
全員で王都に帰る。
ただそれだけだ。
上空で向きを変え、ルイスに襲いかかるドラゴン。
スローでドラゴンの動きが見える。
ルイスは聖剣の角度を微調整し、ドラゴンに一撃を加えた。
「ルイ!」
「隊長ー!」
ドラゴンはそのまま木の中に突っ込み、多くの木を薙ぎ倒す。
ルイスはドラゴンを追いかけ、止めを刺した。
ディーも駆けつけ、倒れたドラゴンを確認する。
鬼気迫る形相のルイスにディーは息を飲んだ。
細かい傷は全員でつけたけれど、一人でドラゴンを倒したルイス。
神懸かっている雰囲気のルイスにディーは身震いする。
一斉に歓声を上げる騎士達。
ミサキを洞窟に運んだビルとガイルは歓声でドラゴンを倒した事を知った。
「ミサキ、大丈夫。ドラゴン、ルイス、OK」
たぶん伝わったのだろう。
ミサキは小さく頷くとゆっくりと目を閉じる。
「ミサキ!」
「大丈夫、気を失っただけだ。ガイル、水を準備。あとそこの鞄を取ってくれ」
ビルはミサキの服をナイフで切り、背中を出す。
思ったよりも深い傷にビルは顔を顰めた。
傷を洗い流し、ミサキの傷を縫う。
気絶していてよかったかもしれない。
男でも耐えがたい状況にビルは眉間にシワを寄せた。
「ガイル、この粉を少量の水で溶いてくれ」
茶色の粉を水で溶くと粘りが出る。
「ビル、これで良いか?」
「あぁ、あと包帯……あぁ、ダメだな」
服を脱がして包帯を巻くことはできない。
悩んだ結果、服の上からサラシを巻く事にした。
茶色の痛み止めを縫合した部分に塗り込みガーゼを置く。
ガイルに肩を支えてもらい、なんとかサラシを巻いた。
「この後、熱が出ると思う」
「……ミサキは助かるよな?」
ガイルの質問にビルは最善を尽くすとだけ答えた。
「ディー、今日はもう暗くなる。滝の上は明日の朝で良いか?」
「あぁ。ここは任せろ、早くミサキのところへ」
ルイスは聖剣をギュッと握ると、鞘に戻し大きく息を吐いた。
「任せる、すまない」
辛そうな声でディーに頼むとルイスは洞窟へ急ぐ。
「ビル! ミサキは?」
洞窟の床にうつ伏せで寝かされたミサキは肩から背中にかけてサラシが巻かれていた。
「傷は?」
「今、縫って痛み止めをつけました」
「縫……」
絶句するルイスにビルは今は気絶していること、この後おそらく熱が出る事を説明する。
「……そうか、ありがとう」
ルイスはミサキの隣に座り、右手で顔を覆った。
「ガイル、ドラゴンの方に行くぞ」
ビルとガイルは倒れたドラゴンの方へ合流。
ディーにミサキの様子を伝えると、騎士達は全員目を伏せた。
ドラゴンの爪や逆鱗など素材を剥ぎ取り、尻尾を落とす。
翼も鞄や服になる高級素材だ。
腹や首は剣の傷がついているので場所を選んで鱗を取る。
初めてドラゴンの素材を取るが、騎士達はテキパキと素材を取った。
暗くなってきたので火を焚き、食事を作るグループと素材を取るグループに分かれる。
食事が出来上がる頃には素材もほぼ取り終わり、洞窟へ持ち帰った。
騎士達は心配そうにミサキを見つめる。
自分達の怪我はミサキが全て治してくれた。
肩も足も全部。
肉がえぐられ痛かったが全部治してくれたのだ。
それなのにミサキだけ傷に苦しんでいる。
早く目を覚ましてくれ。
いつもの笑顔が見たい。
騎士達はドラゴンを倒した事に浮かれる事なくミサキの回復を祈った。
「ルイ、交代するから眠れ」
深夜2時。
ミサキの横から離れないルイスにディーが声をかける。
「ディー……」
「ルイのせいじゃない」
ギュッと口を噤んでしまったルイスの肩をポンと叩く。
「ドラゴンの気迫に呑まれて冷静さを欠いた」
「誰だってビビるさ」
「勝てる気がしなかった」
「……そうだな。でも最後は良かったよ」
「怪我をした後だ」
もっと早く気持ちを立て直していればミサキは怪我をしなかったとルイスは手で顔を覆った。
「明日は滝の上を確認しに行く。水の流れを戻し、出来るだけ早く街を目指したい」
だから今日は眠れと言うディー。
ルイスは目を伏せると、渋々仮眠を取ることにした。




