31. 任務
『ウソでしょ?』
驚きすぎたミサキがつぶやくと、ディーはまたページを捲り大きなドラゴンの絵のページにした。
『ドラゴン』
ドラァーゴに聞こえる言葉。
ディーはドラゴンって言っている?
今から寒い所へ行くのでコートと手袋を買った。
それは山へ行くってこと?
山へ行ってドラゴンを倒すってこと?
え?
ドラゴンって倒せるの?
ミサキは次のページを捲ると、ドラゴンと戦う男性の絵を指差した。
「ルイス?」
「そう」
『ウソでしょ? ドラゴンなんて。無理でしょ。倒すの? これを? 嘘! ウソ! ドラゴンだよ? ゲームじゃないんだよ?』
ディーは慌てて絵本を閉じて棚に戻すと、パニックになったミサキの背中にそっと触れた。
ミサキの身体がビクッと揺れる。
ディーは申し訳なさそうにミサキに謝った。
その場から動こうとしないミサキ。
伝えない方が良かったのだろうか?
ディーがルイスの顔を見ると、ルイスも困った顔でディーを見た。
「……ミサキ」
通路の先からルイスが手を伸ばすと、ミサキの黒い眼が揺れた。
ルイスの手をずっと見続けたまま動かない。
ルイスはもう一度ミサキの名を呼んだ。
私がこの世界に召喚されたのはドラゴンを倒す勇者ルイスと一緒に行くため。
聖女が勇者ルイスの怪我を治してハッピーエンドということだ。
ドラゴン、勇者、聖女。
異世界の定番なのは間違いない。
じゃぁ、ルイスと結婚するってこと?
やっぱりレオナルドではなかったんだ。
あのまま王宮にいたら、ルイスを紹介されて一緒に王宮からみんなと一緒に来て、ドラゴンの元へ行ったんだ。
王宮でレオナルドが絵本を見せたのは言葉が通じないから。
お前の役割はこれだぞと教えたかったからだ。
『……レオナルドは別に私のことなんて何とも思っていなかったんだ……』
ミサキの声は小さかったが隣にいたディーはもちろんルイスにも聞こえるほど店内は静かだった。
ミサキの言葉で聞き取れたのは『レオナルド』だけ。
その後の言葉は全くわからない。
今すぐにでも泣きそうな顔で呟くとミサキはそのまま黙り込んでしまった。
好きじゃないなら、あんな風に優しくしないで欲しかった。
会うたびに頬にキスされたから勘違いしてしまった。
ただの挨拶だったのに。
聖女だから、ドラゴンを倒す人達と一緒に行かせたかったから優しくしていただけ。
綺麗なお姉さんと歩いていたレオナルドを思い出すと涙が堪えきれなくなる。
とうとう泣き出したミサキを見たルイスは差し出していた手を戻し、拳を握った。
「……ミサキ」
ディーもミサキの背中に触れていた手を下ろす。
泣いている理由はわからない。
レオナルド殿下の名前を呼んだ事しかわからなかった。
「ごめん」
ディーが謝るとミサキは首を横に振った。
ディーは何も悪くない。
ただ自分が勘違いしていただけだ。
さようならと書いて飛び出しておきながら、まだ期待していた自分に苦笑する。
『……ディー、荷物を頼む』
ルイスは買い物の荷物を全て本屋の床に置くと、細い通路に入りミサキの手首を掴んだ。
強引に引っ張り、ミサキを通路から出す。
ぽふんとミサキの顔がルイスの逞しい胸に当たった。
『王宮に戻ったらレオナルドと結婚出来る。絶対にドラゴンを倒して無事に帰してやる。だからドラゴンを倒すまで、王宮に帰るまでは俺の側にいてくれ』
ギュッとミサキを抱きしめながら懇願するルイス。
『……何て言ってるの?』
聞き取れるのはレオナルド、ドラゴンだけ。
『わかんない! わかんないよ!』
嗚咽を上げて泣き始めたミサキを抱き上げるとルイスは本屋を出た。
荷物を持ち、ディーが慌てて追いかける。
途中で数人の騎士に会ったがディーが首を横に振り、誰も声をかけることができなかった。
宿に戻りミサキをベッドへ置く。
すぐに布団を被り隠れてしまったミサキをルイスは切なそうな顔で見つめた。
「ルイ、ごめん」
教えない方がよかったと後悔するディー。
『いや、教えずに連れて行くのはダメだ。危険な場所に行くんだ』
教えるべきだったと言いながらもルイスは拳を握った。
「……ミサキ……」
ルイスが呼んでも当然返事はない。
『少しそっとしておこう』
ディーの言葉にルイスは頷いた。
「ミサキ、昼飯」
本屋から戻ってから1時間。
ミサキは一度も布団から出ていない。
泣き声は聞こえなくなったが、呼びかけても返事はなかった。
交代でディーとルイスは食事へ行く。
騎士達に何があったか聞かれたディーは、我々の任務を話しただけだと説明した。
ミサキはドラゴンの討伐だと知らなかったと。
「……ミサキ、夕飯」
ディーが声をかけてもミサキは返事をしなかった。
また交代で食べに行き、ミサキが食べられそうな物をルイスは部屋に持ってくる。
昼も食べていないので腹は減っているはずだ。
「ここ、置く。食べる」
全く返事をしてくれないミサキ。
そろそろ水分だけでも取らせないといけないだろう。
「ミサキ、水」
「おい、ルイ」
ディーが止める間もないままルイスはミサキの布団を捲った。
泣いていても水だけは無理矢理でも飲ませようと思ったのだ。
「ミサキ!」
布団の中で息苦しそうにしているミサキの姿にルイスとディーは驚いた。
ミサキのおでこを触ったルイスはあまりの熱さに顔をしかめる。
震えているミサキの身体に急いで布団をかけると、ルイスはタオルを濡らしてミサキのおでこに置いた。
『ディー、医師は?』
『聞いてくる』
宿屋の主人に尋ねると、この村には医師はおらず2〜3ヶ月に1回だけアンベルの街から医師が来てくれると教えてくれた。
薬もない。
解熱剤は新鮮な葉をすぐにすり潰さないと効果が出ないのでビルも持ち歩いていなかった。
『聖女なのに熱は治せないのか?』
ルイスがグッと拳を握ると、ディーは「無理なのかも」と呟いた。
ミサキに初めて会った時、ミサキの両手にはカサブタがあった。
ジョンの怪我は治ったのに、ミサキの手の傷は治らなかったのだ。
『……もしかしたら聖女自身は治せないのかもしれない』
ディーの仮説に驚いたルイスは熱にうなされるミサキを見ながら眉間にシワを寄せた。




