02. 召喚したのに
「まさか言葉が通じないなんて」
補佐官チャールズは眼鏡の鼻当てをグイッと押しながら溜息をついた。
「魔法陣が間違っていたのか?」
「調査中です」
さすがチャールズ。
もう調査の手配済みだった。
第一王子レオナルドは優秀な補佐官をジッと見つめた。
「討伐隊に加え、治癒能力でメンバーを守ってほしかったのですが」
言葉も通じないのでは役に立たないとチャールズは溜息をつく。
「ルイが討伐に出るのは一ヶ月後だな」
「はい。それまでに聖女の治癒能力が出せて最低限の会話ができれば良いですが」
まさか言葉からとは思わなかったので、かなり予定が狂ってしまった。
チャールズは家庭教師を一人追加だと苦笑した。
昔、この国で一番大きな川が干上がったことがあった。
上流でドラゴンが山を崩して巣を作り、川の流れをせき止めていたのだ。
国は討伐隊を作りドラゴンの討伐に向かったが誰も帰って来なかった。
困り果てた王家は治癒能力が使える聖女を探せと命令した。
怪我をしてもすぐその場で治せばドラゴンを討伐できるのではと考えたのだ。
だが治癒能力は奇跡の力。
国中を探したが使える者はいなかった。
このまま川の水が無くなったら食糧も作れない、飲み水さえ手に入らない。
困った王家は毎日教会の女神に祈りを捧げた。
すると国王の夢に不思議な魔法陣が現れ、剣と一人の少女が遣わされた。
彼女は治癒能力を使える聖女。
王子は聖女と共にドラゴンの山へ行き、無事にドラゴンを討伐。
ドラゴンが倒れた時に尻尾が土砂を退け、川の流れも元通り。
王子と聖女は結婚し、水の豊かなオセアン国に戻りました。
この国にはそんな話が残されている。
今から千年以上前の話だ。
今も剣は王家が所有しており、話は真実なのだと証明している。
古い文献をもとに魔法陣を描き聖女を召喚したが、まさか言葉がわからないとは思わなかった。
文献には言葉については記載はなかったので通じるものだと思い込んでいたのだ。
昨年からだんだん川の水が減り、今年はもう川の水は半分以下。
偵察隊は上流にドラゴンがいたと言う。
精鋭を集め討伐隊を作り、王家の剣はルイスに持たせた。
あとは聖女だけだったのに。
「優しそうな娘だったけどな」
「侍女が怒られていると思ったようですね」
「ルククの実を食べるとは思わなかった」
王子レオナルドが食事中のミサキを思い出して笑う。
ルククの実は魚料理の臭みを取るために添えられる緑の実だ。
小さい実の中はほとんど種で、種の周りが一番苦い。
「食べる物も違う国から来たのだな」
早く名前くらいわかると良いが。
「こちらの都合で呼んだのだ。ドラゴンを倒した後は言い伝えの通り結婚するぞ」
討伐は行かないが結婚はすると言うレオナルドに補佐官チャールズは驚いた。
「えっ? 本当に結婚されるのですか? キャサリン様はどうされるのですか?」
「キャサリンを正妃に、聖女を側妃だとマズイか? 聖女を正妃にするべきか?」
まぁドラゴンを倒すまでに考えると言うレオナルド。
「討伐をルイス様に任せるので結婚もルイス様にして頂いては?」
「いや、それではルイに悪いだろう」
代わりに討伐へ行ってもらうだけでもすまないと思っているのに。
レオナルドが目を伏せると補佐官チャールズも言葉に詰まった。
「とりあえずできる限り言葉を教えて、治癒を使ってほしいと頼もう」
「はい、レオナルド様」
「言葉はわからないが茶会も定期的に頼む」
結婚するのだから交流を持っておきたいと言うレオナルドに補佐官チャールズは畏まりましたとお辞儀した。