18. 林
「ルイ! ますます逞しくなったな」
王宮の執務室を訪れたルイスと教皇に、レオナルドは微笑んだ。
久しぶりに会う弟ルイスはドラゴンの討伐に行くため、騎士団長の元で修行をしていた。
会うのは半年ぶりだ。
「レオは変わってないな」
年齢は兄だが、ルイスの方が背が高く逞しい。
知らない人が見ればルイスの方が兄に見えるだろう。
「……すまないな、ルイを危険な討伐に行かせるなんて」
本来なら長男の自分が行くべきところなのに。と目を伏せるレオナルドをルイスは笑った。
「剣も持ったことがないのにドラゴンは無理だ。レオはこの国にとって大事な人だ。危ないことは俺がやる」
いずれ祖父、父の後を継いで国王になる兄。
怪我などしたら大変だと言うルイスにレオナルドは困った顔をした。
「少しでも、お前の力になればと聖女を召喚したのだが……」
溜息をつき、そのまま黙ってしまうレオナルド。
ルイスは片方の眉毛を上げた。
「少し、すれ違いがあってな」
はっきりしない言い方は兄らしくない。
一体何があったというのだろうか?
補佐官チャールズと目が合うと、チャールズは下がってもいない眼鏡の鼻当てをグイッと上げた。
「実は、聖女召喚は成功したのですが、残念ながら言葉が通じず。少しすれ違いがありまして。彼女がいなくなってしまったのです」
言いにくそうに報告するチャールズ。
ルイスは教皇と顔を合わせた。
言葉が通じない聖女。
一人だけ心当たりがある。
この聖剣が共鳴したあの少女だ。
「レオナルド様、聖女はもしや黒髪・黒眼の小柄な女性ですか?」
教皇の言葉に、目を見開いて驚くレオナルドと補佐官リチャード。
「……本当に聖女だったのか……」
ルイスは思わず聖剣を手に取った。
「この聖剣が反応した」
「聖剣が!?」
レオナルドとリチャードの声が重なる。
「ミサキはどこにいる!?」
「ミサキ?」
「聖女の名前です」
必死なレオナルドを補佐官リチャードがフォローする。
いつも落ち着いている兄らしくない。
「聖女様はうちの教会でお預かりしております。街の人々の怪我を治してくださいまして、本当に感謝しております」
教皇が頭を下げると、教会と聞いたレオナルドはホッとした顔を見せた。
「良かった。教会に保護されていたか……」
探しても見つからないと思ったが、教会の中では見つからないのは当然だ。
騎士の姿のニックでは入れないし、ナタリーも礼拝で多くの人が訪れる教会には入らないだろう。
「チャールズ、今すぐミサキを迎えに行く」
「レオナルド様がですか?」
「嫁を迎えに行くんだ。当然だろう」
「……嫁?」
眉間にシワを寄せるルイスに再び補佐官チャールズが補足する。
伝承では聖女は王子と結婚することになっているが、それ以前にレオナルドはミサキに好意があると。
「だが、レオには婚約者が」
「すでに婚約破棄の手続き済みです」
こちらもいろいろ事情がありましてと言う補佐官チャールズ。
何が一体どうなっている?
第二王子ルイスと教皇は顔を見合わせ首を傾げた。
『なんでルイス様とディー様と会話してんのよ!』
突然マリーに突き飛ばされたミサキは何が起きたかわからずに呆然とした。
『あんたわざと礼拝堂に残ったわね』
せっかく美人なのに鬼のような形相でミサキを見るマリー。
彼女はどうして怒っているのだろうか?
『教皇様が壁際にいるようにとおっしゃったんです』
『黙ってなさい!』
エマをしかりつけるとマリーはミサキの手首を掴んだ。
強引に引っ張り、裏口の方へと連れていかれる。
『出ていきなさい!』
ドンと突き飛ばされたミサキは裏口の扉から土の上に膝をついた。
『はい、あんたの荷物』
頭の上に振ってくるパーカーとズボン。
これはここを出ていけってこと?
ミサキは目を見開いた。
『そんな! 聖女様!』
駆け寄ろうとしたエマはジャネットとアンジーに押さえられた。
扉の前には腕を組んで見下ろすマリー。
扉の所にはエマを押さえるジャネットとアンジー。
その後ろにも数人いる。
ミサキは白いワンピースからパーカーとズボンに着替えると、ワンピースを簡単に畳んでマリーに手渡した。
『聖女様……』
涙ぐみながら着替えるミサキを見るエマ。
理由はわからないけれど、このままここに居たらエマに迷惑がかかってしまう。
ミサキはペコッとお辞儀をすると、水浴びの池の横を通り林の中へ進んだ。
理由はわからないが、追い出されたのだけは確かだ。
エマに、今までありがとうって言いたかったな。
木の根っこがゴツゴツしていて、何度も躓きながらミサキは歩いた。
これってどこに出るのかな?
街に出るのはマズいだろうか?
何人かの人に会っているので、もしかしたら相手は顔を覚えているかもしれない。
この街を出て、違う街に行こう。
このまま真っ直ぐ行ったら、どこかの街へ行けるのだろうか?
木々の間を進んでいくと小川があったので、そのまま小川沿いを歩いていくことに決めた。
食べる物はないけれど、せめて水だけはほしい。
ズボンに入っていた小さいタオルを濡らして顔や身体を拭いた。
王宮を出てから一度もお風呂に入っていないのでだいぶ汚いだろう。
髪も洗いたいけれど、小川では無理だった。
エマ、大丈夫かな……。
段々暗くなり肌寒くなってきた。
ミサキは動くのを止め、大きな木にもたれかかる。
私、こんな異世界で何をしているのだろう?
真っ暗な林の中で。
キャンプ経験もないから困ったな。
ミサキは出来るだけ身体を小さくして暖を取りながらゆっくりと目を閉じた。




