01.ようこそ異世界へ
引っ越してきたばかり。
大学に入学し、一人暮らしを始めたばかり。
だから不慣れな道だったと言うには運が悪すぎると思う。
交差点で信号待ちをしていただけなのに、車が突っ込んできて死ぬなんて予定外にもほどがある。
一生懸命勉強をして、大学に合格した私の努力を返してほしい。
こんな事まで考える時間があるほどスローモーションで近づいてくる車。
美沙希はギュッと目を閉じた。
次の瞬間、後ろ向きのジェットコースターのように身体が後ろに引っ張られる。
美沙希は内臓が浮き上がるような感覚に不快感を覚えた。
「OHHHHH!」
部屋が揺れるくらいの大歓声に驚き、ミサキは顔を上げた。
薄暗い見知らぬ場所、変な服の人達。
ここはどこ?
冷たい石の床はゴツゴツしていて歩きにくそうだ。
なぜこんなところに座り込んでいるのだろうか?
車が突っ込んできて。
……それで?
パーカーにズボン、スニーカーは今日の朝、着替えた服。
背負っていたはずのリュックはない。
乗っていたはずの自転車も見当たらない。
ズボンのポケットに入れていたスマホも入っていなかった。
『……ここはどこ? 一体何なの?』
ミサキはキョロキョロと辺りを見渡す。
薄暗い部屋は石の壁で、中世ヨーロッパの地下室のようなイメージ。
ライトは電気ではなく松明。
騎士のような姿、腰には剣のような長いものを着けているのが見えた。
これは異世界とかそういう系?
よく見ればゴツゴツの石の床にはチョークのような白い線の落書き。
自分を中心に周りにはいくつかの円。
そして見知らぬ文字。
魔法陣っていうやつ?
本物?
ミサキは目を見開いた。
お城、魔法陣、異世界といえば、次は王子!
召喚された私は聖女で王子と結婚がお約束!
部屋の中がざわついたと思った瞬間、期待通りの王子が登場する。
サラサラ金髪・青眼の王子だ。
白い正装に金の装飾がついた服を着こなした人物はテンプレ通り、ミサキに手を差し伸べた。
『ようこそ聖女殿。私はこの国の第一王子レオナルド。貴方の名前は?』
極上の笑顔で言われたミサキは驚きすぎて動きが停止した。
……今、何て言ったの?
『聖女殿?』
なかなか手を取らないミサキを不思議に思ったレオナルドが首を傾げる。
『何語ですか?』
思わず尋ねたミサキの言葉に今度はレオナルドが止まった。
『まさか言葉が通じないのか?』
『こっちの言葉もわからないの? 嘘でしょう?』
言葉が通じない異世界なんて無理でしょ!
急にバタバタと慌てだす周りの人々。
あぁ、絶対に言葉が通じないなんて予定外だったでしょ。
ミサキが苦笑しながら王子の手を取ると、王子も困った顔で微笑んだ。
『お部屋はこちらです』
黒いワンピースに白いエプロンという定番のメイドの姿をした母くらいの女性に案内され、ミサキは豪華な部屋へ足を踏み入れた。
あの冷たい石の部屋からは想像できないくらい広い廊下を進み、途中からはさらに豪華な赤い絨毯の廊下になった。
階段を上がるごとに豪華になっていく壁の装飾。
案内されたのは三階の部屋だった。
大きな観音開きの扉をメイド二人が開けてくれる。
高級ホテルですか? と聞きたくなるほど広い部屋にミサキは固まった。
たぶん私の住んでいるアパートの玄関からバス・トイレ・キッチン・部屋を全部合わせた面積の二倍はある。
嬉しいような悲しいような広さにミサキは苦笑した。
『こちらにお召替えを』
『それに着替えるってこと?』
お互いに言葉は通じないが、侍女が手に持っているのは綺麗な水色のドレス。
そんなピアノの発表会みたいなドレスは着た事ありません!
というか、水色って膨張色!
絶対に似合わないと思う。
『あの、手伝わなくて大丈夫です』
パーカーの脱がし方がわからずに困っている侍女。
ミサキが手を横に振ると、侍女が首を傾げた。
『今お召になっているものを脱いで、このドレスを着ます』
一生懸命ジェスチャーで伝えようとしてくれる侍女。
『自分で着替えるので大丈夫です』
ミサキもジェスチャーで自分を指差しアピールしたが全く伝わらなかった。
結局、着替えるのが嫌だと思われたのだろう。
着替えをしないまま、次の部屋へと案内された。
『……食事?』
次の部屋に入った瞬間、いい匂いが漂う。
そういえば今日は寝坊して朝食も食べていなかった。
侍女に案内されるまま椅子へ腰かける。
広いテーブルだったが食事は二人分しかなかった。
ナイフとフォークもたくさん並んでいるけれど、マナーなんてわからない。
外からだっけ? 中からだっけ?
順番に使うんだよね?
あぁ、もっとちゃんと母の言う事を聞いておけばよかった。
ガチャと扉が開き、入室したのはさっきのキラキラ王子と補佐っぽい眼鏡の人。
『なぜ着替えていないのですか?』
補佐官チャールズが尋ねると、侍女は困った顔をした。
『ドレスを見せましたが手を横に振られました。お気に召さなかったのかもしれません』
『ですがレオナルド様との食事にあのような姿では』
眉間にシワを寄せる補佐官を見たミサキは、着替えなかったので侍女が怒られているのだと察した。
ミサキは立ち上がり、侍女の横へ。
『彼女はドレスを準備してくれましたが、私が着なかったです。彼女を怒らないでください』
ジェスチャーで通じるだろうか?
ミサキは侍女を指差し、ドレスの形っぽいものを手で表現した。
自分を指差し首を振る。
ミサキが困った顔で見上げると、補佐官チャールズは溜息をついた。
『……わかりました』
彼女を怒るなと言ったのだろう。
補佐官チャールズが苦笑すると王子レオナルドが声を上げて笑った。
『チャールズが負けている』
『笑い事ではありません』
言葉が通じないなんて一体どうしたら良いのか。
それどころか、食事のマナーまで知らないミサキに補佐官チャールズは頭を抱えた。
ミサキは見知らない緑の野菜を口に入れると、あまりの苦さに顔を顰めた。
『それは食べられません』
溜息をつく補佐官チャールズ。
王子レオナルドは食べられない物を別のお皿に出し、手で×を作ってくれた。
異世界転移するならせめて言葉だけは通じてほしかった。
ちょっとハードモードすぎませんか?
ミサキは少し甘いスクランブルエッグを食べながら溜息をついた。
多くの作品の中から見つけてくださってありがとうございます!