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日課の運命に抗わない(前編)

 深夜四時。オモナブタイ王国で一番気高き伝統ある学園、オモナブタイ貴族学園の授業が始まる時間だ。すでに私やキーン王子が来ている教室へと、アアアア嬢は駆け込んできた。


「おはようございますっ!」

「あらあら、アアアアさん。なんですのその身だしなみは。王子と同じクラスにいるという自覚はあるんですの?」

「え? これでも身だしなみを整えたつもりなんですが……」

「言い訳は結構。まったく、これだから自覚のない庶民は嫌ですわ。さっさとこの学園から去った方が良いんじゃありませんの?」

「ひ、ひどいです。これでも頑張ったのに……」


 私はアアアア嬢が来て早々、前回同様にとことんいびりまくる。ゲームと違った態度をとってしまってはストーリーが崩壊するかもしれない。だからできる限りゲームと同じ態度をとるようにしている。アアアア嬢は涙目になりながら、シュンとしょげてしまった。


「……いや、時刻おかしくない? なんで深夜四時に授業が始まるんだ? そもそも、俺はなぜこの時間に教室にいるんだ……?」


 が、そんな私たちの横からキーン王子のツッコミが入る。あまりにも早い時間から授業が始まった事に疑問を抱いてしまったようだ。しかし私はこれは当然のことだと、説明を始める。


「何言ってるんですの王子。この学園では深夜四時からがモーニングタイムだと設定されているんですのよ。だから学園の一日が始まるのもこの時間からに決まっているじゃありませんか」

「いやいや、なんだその無茶苦茶なスケジュールは。誰が何を思って設定したんだよ!」

「だってこの時間、皆が寝静まってるので学園へのアクセス人数が少ないんですのよ。この時間で日付変更しないと、来る人数が増えすぎて運営が難しくなってしまいますわ」

「人数の絞り方独特すぎやしないか!? そんなに人数多いなら受験とか選考とかで人数減らすだろう普通っ!」

「ですがこの学園、基本無料なので受験とかは無いんです。こういう施策も仕方ありませんわ……」

「王国で一番気高き伝統ある学園が基本無料な上受験無しでいいのか!?」


 『楽園でキスをして』は基本無料の誰でも遊べるソーシャルゲームであった。そしてこのゲームの日付変更はアクセスが少ない深夜四時に設定されており、この時刻になるとモーニングタイムが始まるのだ。その設定はこの世界でも受け継がれており、オモナブタイ貴族学園は深夜四時から授業が始まる基本無料の気高い学園と言うなんともよく分からない学園になってしまっている。まぁ、ソーシャルゲームの世界なので仕方ないだろう。


「……とにかくアアアアさん。そんなみすぼらしい恰好を二度と見せないようにしてくださいませ。こっちがイライラしてきますわ」


 王子への説明にいったん区切りをつけた私は、アアアア嬢へのいびりを続ける。アアアア嬢はしょげた表情のままだ。


「うぅー。き、気を付けます」

「あと、この国の通貨である一万マネーを差し上げますわ」

「ちぇっ、令嬢石が欲しかったなー。まぁ、マネーも枯渇しやすいから無いよりはマシかなー」


 そんなしょげたアアアア嬢へ、私はこの国の基本通貨である一万マネーを袋に詰め込んだ状態で手渡す。アアアア嬢は金を差し出された瞬間やや不満げな表情になったが、その後納得した様子で袋を受け取った。


「待て、待て! なんで突然金を渡したんだ!?」


 脈絡もなく行われる金銭のやり取りに、キーン王子は驚きを隠せずにいる。私は再びキーン王子に説明を始める。


「これはログインボーナスですわ。これを毎日渡すことで、アアアアさんを毎日学園に来たくなるように仕向けてるんですのよ。ちなみに明日はスタミナ剤一個を渡しますわ」

「お前、さっきアアアア嬢を追い出すような発言しただろ!? 優しくしたいのか追い出したいのかはっきりしろよ!」


 ログインボーナスとは、ゲームにアクセスすると毎日一回貰えるボーナスの事である。ユーザーに毎日のプレイを習慣づけるためにこれを実装しているソーシャルゲームも多く、『楽園でキスをして』でも当然ながら貰うことができた。この世界でもこれがないとアアアア嬢がやる気を無くしストーリーを進めなくなってしまうかもしれない。なので私がきちんと毎日受け渡すことにしている。

 ……キーン王子のツッコミ通り、こういう態度は優しいのか優しくないのかはっきりしてない矛盾した態度に見えるかもしれない。だがゲームのシステムとストーリーからはまったく逸脱していない行動なので何も問題なくストーリーは進行するだろう。多分。




「よーし。ログインボーナスも貰ったし、今から中央広場にある噴水前に行こうかなー」

「あらあら。でしたら私も一緒に向かいますわ」


 アアアア嬢はログインボーナスのマネーをポケットへとしまい込み、そのまま教室を出ようとした。それに追随するように、私も教室を出ようと歩みを進める。


「お前らサラッと出かけようとするな。スケジュールおかしいとはいえ、これから授業が始まるんだぞ!?」


 が、キーン王子に止められた。授業が始まる時間だというのに、教室に入って即座に別の場所に移動しようとする私たちの態度をおかしいと思ったのだろう。


「ですが授業は得る物がないので、初回クリアして令嬢石を手に入れたら無視していいと思いますわ」


 私は授業に参加しない理由を王子に伝える。この学園の授業は経験値効率もアイテム効率もすこぶる悪いステージだった。一回クリアしたらもう二度と参加する必要もないので、アアアア嬢が参加しようとしないのも当然だ。そして私も忙しいので、そんな授業で油を売っている暇はない。


「いい訳ないだろ、さぼるな! 中央広場に遊びに行くよりは将来のために得る物はあるだろ!?」


 王子はさぼるなと私に叱りつけてきた。彼は結構真面目な性格なので、さぼりなどが許せないのだろう。……だが一言聞き捨てならない部分がある。「遊びに行く」と言う部分だ。


「……遊びに行く? 王子、残念ながら私たちは遊びに行くわけではありません。もっと得る物の多い事をやるのですわ」

「は……? じゃあ噴水前で何しに行くって言うんだ?」

「決まっているじゃありませんか」

 

 疑問符を浮かべるキーン王子に向かって、私は真面目な表情でこれからやろうとしている事を伝えた。そう、遊びに行くよりも有意義な時間の使い方こそ……。


「もちろん、『デイリーいじめ』をするために決まっていますわ! 一日一回できるこのいじめ、やらない選択肢はありませんのよ!」

「デイリーいじめって何ーっ!?」




 デイリーいじめである。デイリーいじめこそ、私たちのやるべき大事な要件なのだ。

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