7.モヤモヤ
河西先輩の本名は河西麻由子です。
二話目に無理矢理追加しました。
いつまで経っても本名出て来ずで地の分の違和感がすごかったので…(笑)
練習試合の翌日。昼休み。
藍は今、タロット占いの本を読んでいた。読むと言うより顔を周りから隠すようにして広げていた。そして目だけを出して時々外の様子を…いや、凛の様子を伺っていた。……昨日の事を話すべきか迷っていたのだ。
因みにタロット本は、デッサンの本を借りるようになってから細々と続けていた図書室通いの中でたまたま手に取った本である。
凛はというと、そんな藍の不審な行動を見て見ぬふりをしていた。藍に対して怒っているわけでは無い。あまりガツガツいくのも逆効果だろうと思ったからだ。
そんな風に平然を装っているつもりの凛の元へ、大河に用事を済ませた弘樹が彼と共にやって来た。
「何?お前らやっぱ喧嘩してるの?」
藍はあからさまに挙動不審だし、凛も様子が変だ。今の二人を見て何も思わない奴はいないだろう。弘樹が尋ねると、凛は一瞬ピクっとしてからにへらと笑う。
「してないよ!…全然」
言っているそばから分かりやすく落ち込んで視線を逸らす凛に、弘樹は苦笑する。
「まあ大丈夫だろ、何かあったら言ってくるよ」
「うん…そうだね。あ、昨日お疲れ様!」
そんな重い空気を変えるように、凛はパッと顔を上げて二人を労った。
「おう!来てくれてありがとな」
「あと差し入れも。ああ、本取ってくる」
「よろしくー」
ひらひらと手を振って弘樹に見送られ、大河は自分の席へと向かった。鞄から本を取るついでにふと前の席を見ると、藍はタロット占いの本を読んだままだ。
「…木村、タロットなんて興味あったの?」
珍しいものを持ってるなと、興味半分、凛とのぎくしゃく理由を探れないかの思いが半分で尋ねてみると、藍は一瞬、目線だけ大河に向けるが、顔を向けようとはしなかった。
「うん」
視界いっぱいに本を近づけて、大河へ生返事をするばかりだ。
「そうなんだ」
「うん」
「大河ー」
取り付く島もなくてどうしようかと思っていると、弘樹に呼ばれてしまう。時計を見ると、授業までもうあと二分だ。
慌てて本を持って弘樹の元へ向かう。彼に本を渡す時にもう一度藍を振り返ってみると、彼女は本をしまって机に顔を伏せていた。
授業の鐘が鳴るまでそのままで、大河は結局藍と話をすることは出来なかった。
……藍だってこんなことばかりして迷惑かけることへ罪悪感は感じている。
でも、思い出したくないのだ。
仲良さそうに話す大河と河西先輩。
藍と大河の間には流れないような気安さ。
……昨日の事なんて、全部記憶から消えればいいのに。
放課後の美術室では、石膏像を囲むようにして部員達がデッサンをしている。それを、吉野が見て回りながらアドバイスをしていた。
「藍!」
「ん?」
「やりすぎ」
近くに座る凛からの指摘を受け、藍は首をかしげる。凛の指先を見て見ると、藍の手の中には鉛筆並みに尖っている、削りすぎてしまった木炭があった。
「…あ。…はあ」
「逆に器用だね」
「あはは」
はあ、と肩を落として木炭を見ていると、いつの間にか吉野が藍の絵を覗き込んでいた。
「…あれ、お前今日全然だなあ」
後ろを振り返ると、彼は眉根を寄せて少々不機嫌そうだった。
「ここの輪郭曖昧だし、髪の比率がおかしい。あと影をもっとがっつり入れてみろ」
「はい」
指摘された通り、ところどころおかしい。というより中途半端だ。またやらかしたと落ち込んでいると、いつもと様子が違う藍を吉野が不審に思う。
「木村…どうした?」
「どうしたって…」
「何かあったのか?」
「いえ、無いですけど…」
「そうか?」
先生にまでバレるのか…と一人静かに落ち込んでいる藍の様子に不審を抱きつつも、吉野は凛の絵の方へ行く。
「お前は…あとここだな。もう少し細部を詰めるのと…台が少し大きいな」
吉野の凛に対するそんな指摘を耳に入れつつ、藍は削りに失敗した木炭を持ってデッサンを再開する。しかし、描いている途中でボキッと折れてしまったため、ため息をつきながらもう一度鉛筆を削る。
そんな様子を、凛が吉野の説明を聞きながら心配そうに横目で見ていた事を藍は知らない。
その日の夜。お風呂から上がった藍は、髪が濡れたままベッドにうつ伏せで寝転がっていた。今日の自分の面倒くささが脳裏によぎり、ひとり頭を抱える。
「明日も学校かぁ…行きたくない…」
ぼそりと呟きながらスマホを手に取ると、お風呂に入っている間に凛からメッセージが来ていたらしい。目を細めつつ見て見ると、文面は一言だけだった。
「用事大丈夫だった?」
用事…用事って…、あ、昨日のか。
◇◇◇
物陰に隠れて見ている事しか出来なかった昨日の自分。
大河と麻由子が話している声はこちらには届かない。
ただ、親し気な雰囲気の二人だけは伝わって来るのだ。
凄く…凄く胸が苦しかった。
◇◇◇
藍は頭を振るようにして、昨日の記憶を外に追いやった。もうこのまま意識を飛ばしてしまおうと壁を向いて寝ていると、誰かが扉をノックする。今は誰とも話す気が無くて、返事も何もしないでいると恵理が部屋の中に入ってきた。
「藍、昨日お隣さんからリンゴ貰ったんだけど食べない?…って、風邪ひくわよ」
髪を乾かさずにいる藍に気付いた恵理だったが、そんな母の声を藍は聞き流すように無視をする。
「食べない。もう寝るから」
ぼふりと布団をかぶって音を遮断する。
ほんとお母さんこっちの気持ちなんて理解してくれない。
心配されなきゃ何も出来ない子供じゃない。
……今は誰とも話したくないんだから。
「…そう。髪乾かしてから寝なさいよ」
「うるさいなあ、ほっといてよ!」
耳をつんざくような藍の叫び声に、恵理は大きなため息をついて部屋を出ていった。
扉が閉まる音が聞こえると、枕を抱いて布団の中で藍は小さく縮こまったのだった。
今日の昼休みに、藍は以前図書室で借りたタロット本の返却に来ていた。返却処理が終わって本が返却棚に置かれるのをぼーっと見ていると、ガラガラとドアの開く音が聞こえる。咄嗟に裏表紙が見えるように本を置き直してから先程の音の方向を見てみると、そこにいたのは何かの本を持った大河だった。
「あれ?木村じゃん」
「瀬尾…。ここに来るなんて珍しい」
大河はカウンターへ向かいながら笑った。
「まぁ俺難しいの嫌いだし」
…部長がそんなことを言ってもいいのだろうか。
なんて感想が一瞬脳裏を通り過ぎたが、別に口には出さない。返却処理を終えた本を代わりに図書委員から預かった大河は、藍の左側に並ぶとそのままタロット本の隣に本を置く。大河の返した本をよく見てみると、筋トレの本だった。
「あれ、また?」
「これは体幹、前のはがっつりの筋トレ」
「へえ…色んなのがあるんだね」
素直に感心していると、再び図書室のドアが開く音がする。そこにはここ数日の藍のイライラの原因である麻由子がいた。
さ……サイアク!!!!!
麻由子の動向を睨むようにして見ていると、彼女はそのまま大河の隣に並んで来るではないか。
……い、今瀬尾と話してたのに!この先輩ほんと人の邪魔ばかりして!!
「何の本?」
藍が憤っていることも知らず、麻由子は平然と大河に話しかけている。それがまた腹立たしい。
「筋トレ?へー」
「先輩…」
「大河、結構ガッチリしてるもんね~。さっすが野球部!」
返答にどもる大河の事など気にせず話しかける麻由子は、今度はなんと大河の体を触り始めたではないか!なんてことをしているのかと、焦った藍は麻由子と大河の間に割り込むようにして押し入った。
「い…嫌がってるじゃないですか」
麻由子が美人だとか、この二人が付き合っていたかもしれないとか、そんなことは今はどうでもいい。さっさとこの場を去ってほしいという思いも込めて声を上げると、それまでキャーキャー言っていた麻由子が不機嫌丸出しで藍を睨んでくる。この変わりようは一体何なのか。ますます麻由子の事が嫌いになる。
「はあ?」
「だから、いきなり触られたら誰だって困るでしょって言ってるんです」
「あんた何様のつもり?別に大河嫌って言ってないじゃん」
ねー、とでも言うように、今度は麻由子が藍と大河の中を割り込むようにして押し入ってくる。そんな言い合いを始めてしまった二人を見てどうすればいいのか分からなくなった大河は、ひっそりと藍の左隣へ移動した。
自分の側へ来た大河をチラッと見た藍は、勝った…!と内心喜んで、麻由子へ一言言った。
「優しいから無下に出来ないだけですよ」
ふふんと得意げにする藍と、悔し気に顔を歪める麻由子。両者の睨み合いにオロオロする大河。……因みに大河は、男相手ならガツンと言えるのだが、女子同士のけんかの仲裁なんて慣れていなかったのだ…。
その時。図書室の入り口付近でなんて迷惑な行動をとっているのか理解していない三人の元へ、他の利用者にとっての救世主が現れた!
図書館司書の林先生が、本と紙の筒を手に後ろから来て3人の元へそっと歩み寄って行く。
「図書室は」
その声に今まで騒いでいた三人が振り返る。
「べたべたするところでも」
ポン!
「喧嘩をするところでも」
ポン!
「それを黙認するところでもありません」
ポン!
三人の頭を持っていた紙の筒で軽く叩いた林は、にこにこと静かな怒りを滲ませて微笑んだ。普段は穏やかな林を怒らせてしまった事に気付いた藍と大河は、ビクッと肩をすくませてすぐさま謝る。
「「…すみません」」
「河西さんもいいですか?」
「…はぁーい」
麻由子は林から目を逸らして返事をする。
「さ、もう授業が始まりますよ。帰りなさい」
熱の冷めた二人と一人は、林に促されてそのまま廊下へと出る。二年の教室がある右側へ行こうとする大河と藍に、反対方向へと歩いていく麻由子が声をかけてきた。
「大河」
呼ばれた大河が振り返り、藍は麻由子をチラ見する。
「またね」
そう言って微笑んだ麻由子は手を振って去って行く。
何がまたね、だよ!もう話しかけてくんな!
べーっ、と舌を出したい気分を心の内で抱え込んだまま、藍は大河と共に教室への道を歩いていく。二人が去って行く後ろ姿を、麻由子がじっと見つめていたことを二人は知らなかった。
威勢よく麻由子に向かって反抗する気持ちがあった藍だったが、二人きりになるとそれはまた別だ。どうしても麻由子と自分の差を考えてしまう。
……この機会に聞いておいた方がいいかもしれない。
意を決して、藍は大河へと問いかける。
「…ねえ」
「ん?」
「知り合いなの?」
「…あー、中学の時の野球のマネだったんだよ」
「ふーん…」
…確かあの時も、凛からも同じような事聞いたっけ。
◇◇◇
「確か…大河とも付き合ってたんじゃなかったっけ」
「え」
「あ、中学の時ね。野球部のマネしてた時だって」
「へえ…」
◇◇◇
「どうした?」
「いや…何でもない」
藍はにこっと笑う。込み入った事情を聞く勇気は無いのだ。
それ以上話をすることなく、二人は教室へ向かった。
じゅ…十一月辺りの話です!(おそらく)
この小説の元となる脚本を書いている時、時間がどんどん過ぎることとかに関して、あまり思考が至っていませんでした…物語って難しいですね