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2.藍と凛と大河と弘樹

 季節は廻り、今は高校二年の夏休み明け二学期中旬。クラス替えでは、藍は幸運な事に凛と一緒。そして、あの時美術室で話しかけてきた瀬尾大河も同じクラスだった。


 休み時間に入ると、藍、凛、大河の三人は膝を突き合わせて問題を出し合っていた。次の時間、英語の小テストがあるのだ。来年にはもう受験生だから、今まで以上にこうしたテストとかも増えていくらしい。二学期最初のHRで先生に言われた。なんとなく外堀を埋められていくような…身動きが取れなくなっていく感覚が強くなる気がするのが嫌だ。…まあ頑張らないとどちらにしろ苦労するのは自分なんだけど。因みに今問題を出しているのは藍で、回答者は凛と大河。


「perceive」

「「~を知覚する」」

「examine」

「「~を調べる」」

「じゃあ…、harm」

「あー、何だっけ‼」


 今までテンポよく答えていた二人だったが、ここに来て大河が頭を抱えた。同時にパンッと凛が机を叩く。無駄にいい音が机から鳴った。手痛くないのかな…?


「はい!害!」

「正解!」

「やった!」


 小さくガッツポーズをして、凛は笑った。手は大丈夫らしい。


「あーくそー!朝までは完璧だったのに!」

「本番で思い出せなきゃ意味ないじゃーん」


 悔しそうに机を叩く大河に、凛はドヤ顔をする。


「い…、今ので完璧だよ!」


 バツが悪そうに凛を見ながら、瀬尾はもう一度単語帳を見返した。


「ほんとかなあ」


 凛のからかいを含んだその声に、ますます悔し気に単語帳を見直す大河を見て藍と凛は一緒に笑った。


「大河ー」


 丁度その時、一人の男子生徒が教室に入ってきた。隣のクラスの宮本弘樹だ。彼は大河と同じ野球部で、凛とは中学の時から仲が良かったらしい。ということで、クラスは違うけど四人で居ることはそれなりに多かった。


「よっ」


 ニカッと白い歯を見せて近づいてくる弘樹に、それぞれ似たような挨拶を返したのだが。


「どうした?」

「監督が部活前に職員室寄れって」

「監督が?」

「何か渡すもんでもあるんじゃね?お前部長だし」


 何か今、聞きなれない単語が聞こえたような…


 凛と思わず顔を見合わす。二人とも同じような顔で疑問を浮かべていた。


「部長…?」


 そう、それ!聞いてないんですけど!?


「分かった。ありがとな」

「え?大河、部長になったの!?」


 何かさらーっと話が流れていきそうになる前に、まさにスライディングするかのような鋭さで凛の質問が滑り込む。そして大河の答えを二人でじっと待っていると、弘樹も倣うように彼を見た。


「言ってなかったの?お前」

「あー、聞かれなかったし…」


 目線を逸らしながら言う大河に、凛は構わず言葉を続ける。


「聞かれなかったじゃないよ!おめでとう!」

「どうも…」


 満面の笑みで祝いの言葉を続ける凛に、大河は目線を逸らして気恥ずかしそうに答えた。


 自分も何か言わないと。そう思っていると、不意に大河と視線が交差する。彼の眩しい笑顔に結局言葉は出てこず、ふいっと目を逸らしてしまった。頬が熱くなるのを感じながらそろー…と彼の方を見るが、既にこちらは見ていない。わがままな胸の痛みをピリッと感じていると、凛が言った。


「でも大河が部長かあ、大丈夫なの?」

「俺どんだけ信用ねえんだよ!」

「いやあ、頭いいけどバカじゃん」

「はあ⁉」

「大丈夫だよ!俺が居るから」

 

 凛と大河の軽口に堂々と名乗りを上げる人、約一名。そんな彼をジト目で見ながら、私は口を開いた。


「…弘樹が副部長、ってこと?」

「それこそ心配だわ」


 凛がわざと呆れたようにため息をついた。


「なんで!?」

「だって筋トレバカだし」

「は!?」

 

 そう。弘樹は筋トレが大好きなのだ。日々研鑽を積む事はもちろん、最近はそれだけでは飽き足らず布教に勤しんでいるのだとか。たまに大河がため息をつきながら、弘樹の熱量の高さを愚痴るのを聞くことがある。因みに弘樹は細マッチョを目指しているそうだ。


「筋トレバカ…ふっ」


 言い得て妙な凛の言葉に、藍は思わず笑ってしまう。


「木村まで!確かに筋トレは好きだけど?」


 若干ふてくされた弘樹が、わざと声を張って強がった。それがまた面白くて、今度こそ四人で笑った。




   

「じゃあ…村田、二三ページ読んで」


 英語の時間、名指しされたクラスメイトの村田が、教科書の英文を読んでいく。先生が解説を板書していく。机の右側に教科書やノートを寄せた私は、こっそりと新しいページに変えたスケッチブックを左側に置く。幸いなことに愛の席は窓側だし、前の席は瀬尾だ。ちゃんとノートを取っていればバレない…はず。


 部長か…頑張ってるんだな…。私も頑張らないと…。


 そんな事を思いながら、藍は目の前に座る彼の姿を描き始めた。





 帰りのHRが終わった。それまで静けさが漂っていた校舎だが、部活に委員会に家路に向かう生徒たちの声で一気ににぎやかになった。例に漏れず藍もこれから部活に向かう。向かうのだが……。


 荷物を持って席を立つ藍と大河の元へ、凛が駆け寄ってきた。


「行こー」


 彼女の明るい声を聞き、藍の足はますます重くなる。それも、スクールバッグとは別の鞄に入っているある物の重さを感じると尚更……。


「ああ…サボりたい」


 思わず口からこぼれてしまった言葉に、大河が不思議そうにこちらを覗いてくる。


「何で?」

「…夏休み中の課題提出日だから…」

「課題?」


 部長として頑張る大河に話すのは、怠け者の自分が露呈していくようでやはり情けない…


 彼を直視しないよう徐々に視線を逸らしていると、代わりに凛が答えてくれた。


「ノート一冊以上のデッサンをしてこいっていうやつ」

「へえ。でも終わってるんだろ?」

「一応…」


 苦笑しながら藍は答えた。


「あ、大河呼び出しされてなかったっけ?」


 その時、時計を見た凛が大河に声をかける。それに釣られるように時計を見た大河も、慌てたように声を上げた。


「え…あ!忘れてた!」

「ほらー。じゃあね!」

「おう!…頑張れよ」


 優しい声音で言葉をかけてくれた大河は軽く手を挙げて急いで出口へ向かう。


「う…うん!瀬尾も!」


 せめて自分も何か返さなければ。まあ部活が憂鬱なのは変わらないが。


 ちょっとだけ張り上げて言った言葉に、大河は振り返って笑顔で手を振ってくれた。教室を出ていく大河の後ろ姿に、彼の変わらぬ笑顔に、少しだけ憂鬱さが紛れていくような感じがした。


「行こう」

「うん」


 凛の声をきっかけに、…というかにやにやしている凛を見て、頬が熱くなるのを感じながら、藍は慌てて荷物を持って教室を出ていった。



「ふぁあ…」


 凛と美術室までの道のりを歩いている途中、気が緩んだのか諦めからなのか思わずあくびがこぼれてしまう。


「眠そうだね」


 目をしぱしぱさせていると、やはり凛からの指摘が飛んでくる。さすがにもう隠せないか……


「…今日寝たの4時で…」

「4時⁉何してたの?」

「…デッサン」

「え!やってなかったの⁉」

   

 グサッ。


 正論が容赦なく胸に突き刺さる。…そうなのだ。来年からの受験が嫌だし、そうなると思い切り遊べるのは今年最後かもしれないし。い、忙しかったし!………遊ぶのに。


 …はい、すみません、言い訳しました。サボりました。というか忘れてました。学校からの課題はギリギリ二学期が始まる前に終わらせたんだけど、部活の課題が…気付いたの三日前とか…ありえない…ちょっと現実逃避しすぎたか…


 そういう事でここ最近死ぬ気で終わらせてました。サボってすみません。


 …だから部長になったって言った瀬尾の事が眩しすぎて見れなかったんだよね…いやこれも言い訳か…真面目にやらなかった自分のせいですな…はは…


 凛からも目線を逸らしていると、ため息が聞こえた。


「先生に怒られるよ」

「だから嫌なんじゃん」


 そうなんだよね…。こんなやっつけ仕事で終わらせたことなんか絶対すぐバレる。答えが明確に決まっている数学とかならまだしも、真面目にやらなかったことなんてお見通しだろう。そして自分が一番よく分かってる。ああ先生に何て言おう…


 窓の外に視線を向けて現実逃避に走ろうとした時、すぐ横を超絶美人な女子生徒が通っていく。友人と話しながら去って行くその後ろ姿に、藍は思わず立ち止まる。


「美人だよねー」


 藍の視線に気づいた凛が、女子生徒の後ろ姿を見ながら言った。


「知ってるの?」


 再び歩き始めた凛に並ぶように、藍も足を進める。


「河西先輩だよ。知らない?読モとかもやってるらしいよ」

「へえー」

「確か…大河とも付き合ってたんじゃなかったっけ」

「ぇ」


 その言葉に、胸がぎゅっと痛くなるのを感じた。


「あ、中学の時ね。野球部のマネしてた時だって」

「へえ…」

「あいつバカだけど見た目はいいからさ。美男美女とか目の保養だよね」


 楽しそうに話す凛に、何と答えたらいいのか分からなかった。


 …今も付き合ってたりするのかな。


 思考がどんどん深みに嵌っていく。やっつけ仕事で終わらせてしまった課題の重みが、さっきよりも怠く感じる。


 黙り込んでしまった藍を見て、凛が慌てた様子で言葉を続けた。


「でっ、でも藍との方がいいと思うよ?先輩あんま良い噂聞かないし。男たらしとか飽きたら捨てるとか…」

「ふーん…」


 凛の言葉はあまりよく聞こえなかった。


 藍はもう一度、河西麻由子の後ろ姿を見ていた。


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