1.出会い
それは去年の事。
その日の美術の授業課題は、撮ってきた写真をもとに絵を描く事だった。話し声がちらほらと聞こえる中、木村藍は目の前の写真をじっと見つめ、紫の絵の具が付いた筆を丁寧に動かしていた。
「その紫陽花キレイだね。どこで撮ったの?」
藍の隣の席に座る藤岡凛が、写真を覗き込みながら尋ねてくる。凛はクラスは違ったけど同じ美術部で、この選択科目も同じ。明るく真っ直ぐな彼女とはすぐに友達になった。
「家の目の前だよ。結構咲いてるんだ」
「へー!」
そう話す凛の紙の上には色鮮やかな向日葵の絵が描かれている途中。自分も同じように凛に尋ねようとした時、藍の紙の上に影が差した。
「…え、うま」
知らない男子の声に顔を上げると、水を取り替えたバケツを手に持った一人の男子生徒が藍の絵を覗き込んでいた。
「これ…紫陽花?」
「う…うん」
うま?馬?上手…いやいやいや。ていうか誰?まだ完成してないしそんな見なくても…
困惑と羞恥が藍を襲う。なんとか返事を返したのはいいが、筆を持つ手はプルプルと震えている。もちろんパレットの上で。
「見りゃ分かるでしょ」
「いや、そうだけど!」
横から口を出した凛も彼に訝し気な視線を送っていたが、彼はそれに怯む様子もなく藍の絵をじっと見つめて、言ったのだ。
「…俺、好きだわ。この絵」
ハッと驚いて彼の顔を見上げると、彼は照れくさそうに笑っていた。冷やかすのでもなく、お世辞でもない彼の一言は、私の胸にじんわりと響いていく。
目が合った彼に、顔が熱くなりながら藍も小さく笑った。