小夜啼鳥の髑髏、或いは王妃は王を愛し呪う
月が蒼い光だけを地上に溢し
幾つもの袖に涙が絡み付き
闇が空を染め上げる頃
薄雲を生け捕った糸杉の群れは
天から舞い降りる美しい歌を浴びる
小夜啼鳥の歌声は
静謐な風に流されながら
厳かな月明かりをめくり
夜の静寂で気高く踊る
歌は森を抜け出す
羽撃きも知らぬまま
世界を包むような美しい声だけが
枝をかき分け草をかすめる
その声は
眠った城の夢に入り込む
美しい旋律は
けれど恐ろしい言葉を紡ぐ
それは優しくも苦い
子供の見終わった後の悪夢のように
寝台に横たわる王は
玉の汗を集め
背筋を戦慄かせながら
天鵞絨の褥を揺らす
白い目蓋に落ちる
窓からの凍った光で作られた
小さな影
窓辺に座っているのは
小夜啼鳥の髑髏
灰色の髑髏は見つめる
慈しみのような闇を携え
哀しみのような輝きを宿し
眼窩の眼差しは語る
もはや秘する体もないままの想いを
小夜啼鳥は歌う
美しい声を響かせて
髑髏は歌う
ささやかな呪いの歌を
この国は狙われている
隣の強国に
戦とさえ呼べないほど
惨めにこの国は敗れる
あたかもこの国の運命は予め
決められていたかのように
その戦場には
亡霊の怨み言だけが
冷たい風となり吹き荒れる
その風の向かう最果てに
涙なく座すのは誰でしょう
そう、 国を終わらせるのは
たった一人の王
王が奏でるのは
かすかな反抗の唸り声
夜は静かに流れてゆく
死に守られた声を置いて
痛みをその闇に孕みながらも
月が狂気の煌めきを消し
太陽が無作為な光を放つ
雲雀の声が森から駆ける頃
寝台には光だけが刺さる
まるで小夜啼鳥の歌は
儚くも美しい夏の夜の夢だったかのように
教会の鐘が鳴り響き
全ての夢が
小さな音をたてて弾ける
人々は夢から滴る雫を
開けたばかりの瞳に受け
刺すような朝日の中に
現実だけを見る
全ては王の為に
人々はただ
王の為に目を開ける
例え知っていたとしても
その先に待つものが絶望だけであると
王の耳にはまだ
呪いの歌が谺する
この国は狙われている
隣の強国に
戦とさえ呼べないほど
惨めにこの国は敗れる
あたかもこの国の運命は予め
決められていたかのように
儚く揺れる髪の匂いが
血糊のように鼻腔に張りつく
この幸せは仮初めだと、王に教え諭すように
王は静かな声で
重い言霊を宙に放つ
自らの不安定な幸せを
否定されることを恐れながら
―隣の国を滅ぼせ―
戦いは愚かにも始まり
夥しい数の人々の命は
一瞬で散る泡沫
掌へと舞い降り
色もなく消える一片の雪のように
着飾った色が褪せ
風だけに見守られて散る花のように
たゆたいながら消える
蝋燭に灯した炎のように
それは切なさも残さず
その砕け散る姿は
一夜で絶える小夜啼鳥の歌声のように
髑髏の歌姫は
天使のいない地で
穢れを知らぬ喉で
ただ歌う
神が竪琴と奏でたような歌を
甘い風に揺れる
乙女の髪の香と祈り
波はそっと闇を含み
夜露を集めて流れゆく
小夜啼鳥の歌は
王座に眠る美しい人へ
けれど彼女は歌を拒む
餞はいらない
代わりに声を貸して
小夜啼鳥は夜の歌姫
美しい人の為の
どこか懐かしい歌が
美しい声を添えて
重みをなくした命へと響く
祈りにも似た
優しくも脆い旋律が
宙に零れては
水面を目指す泡のように
高みへと昇る
そう、この歌は翼
翼はただ美しく空へと駆け上がり
その羽撃きと影だけを地上に落とす
それは癒しなのか
それとも苦しみなのか
その答えさえ知らぬ太陽が照りつける
漆黒の地に噛みつく風の
泣き狂う音だけが
いまはもう軽い命だけを抱く
戦士の背中を冷たく押す
戦いは数知れぬ命を呑み干し
無残な景色だけを産んで姿を消した
人々は激しい耳鳴りのように叫び続けた
呪いであり祈りであるその言葉を
―二つ目の首を王座に並べろ―
天を見上げる城壁は
罵倒の嵐に吹き荒らされる
そして嵐はついに
聳える城壁を越える
一人の戦士を掲げて
王は捕らえられる
逃れようのない嵐に
包まれ吹き飛ばされ
王の行き着いた場所は
公開処刑場
人々は王の
生き様を諦めの目で見つめ
死に様を憎しみの目で見つめる
小鳥も風も鳴かぬ中
教会の鐘だけが
死を祝福する
王の首が落ちた
どこからともなく歌が響き渡る
冴えた空気を震わせ
気高い声が首へと向かう
小夜啼鳥の髑髏は歌った
断頭台の露と消えた王妃の歌を
断頭台に落ちた美しい首
それは王が為に
その美しい首に
魅せられた小夜啼鳥
甘い風に揺れる
乙女の髪の香と呪い
波はそっと闇を含み
夜露を集めて流れゆく
小夜啼鳥の歌は
王座に眠る美しい人へ
けれど彼女は歌を拒む
餞はいらない
代わりに声を貸して
小夜啼鳥は夜の歌姫
美しい人の為の
夜にも美しい旋律
けれど彼女の言葉は破片
尖った先が胸に刺さる
恐ろしい呪いの歌
銀の羽衣の裾を
揺らすような羽撃きを添えて
その歌声に震えた人々は
歌姫を焼き殺す
けれど歌は終わらない
美しい人の為に
彼女は歌う
王を殺す為に
それは愛に似た呪い
彼女の望みはついに叶う
二つの首を王座に並べること