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黒い短編集  作者: 衣月
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庭園の赤



皆さん集まって下さい

絵本の時間ですよ



始めましょうか


昔々のお伽噺


今日の絵本は

とっても綺麗な薔薇のお話よ



この文字?

『ガーデンズ・ローズ』と読むのよ



さぁ真っ赤な表紙を開いて


羊皮紙のページをめくって



めくるめく世界へ


旅の始まり始まり






















海のように麗しく栄える國


この國の王は

とても美しい城と

とても美しい庭を持っていました



生い茂る木も

咲き誇る花も

それはそれは見事に整ったその庭は

見る人全ての目を

雪が触れるように優しく奪いました




その庭園を

護り育て彩る

優秀な一人の庭師がいました















ただ純粋に

どんな美しい人間よりも

薔薇を愛している



その花は艶やかに

その緋は麗しく

その棘は妖しく

この小さな胸の奥にまで

甘く眠る吐息を吹き込む




私の庭園に咲き誇る

狂気なまでに深紅の薔薇



庭師の私はその愛し子を

護り

育み

彩る


これほどに誇れることなどありはしない




この躰に流れる全ての愛情を

躊躇うことなく注ぎこむ


それは退廃で満たした盃を掲げるように

虚と実を捩じ込んだ空へ贄を捧げるように












私は客人や主人に声を掛けられる



素晴らしい庭だ

こんなに美しい庭は他にない

お前は最高の庭師だ



私はその方々に返事をすることはない

握手を交わすことなどない

目を配ることさえない


そんな人間に目を向けようものなら

この二つの眼は腐り果て

眼窩は灰を捨てる墓となる



私の声はこの薔薇達を愛する為にある

私の手はこの薔薇達を護る為にある

私の眼はこの薔薇達を見る為にある


















この薔薇を穢す者は消す


例えそれが光を振り撒く天使であろうと



私以外の人間が触れようものなら

薔薇を整えるこの鋏は血を吸う蝶となる


私以外の人間が近付こうものなら

薔薇を育むこの如雨露は酸を降らせる雲となる



護る

私だけが

この薔薇を護ろう



















雨の日は布を被せ

晴れの日は水を捧げ

雪の日は土を温め

嵐の日は身を投げ出した



この身がいくら弱ろうと

この身がいくら衰えようと

薔薇が何の迷いもなく美しく育つように


ただそれだけが生き甲斐


薔薇の為に全てを擲つ


私の眼に

咲き乱れる薔薇が映れば

それだけで

どんな不治の病も治る



薔薇が美しく育つために

一瞬たりとも離れない



育む

私だけが

この薔薇を育もう















朽ちた葉を刈り

伸びた枝を伐り

落ちた花を取る


棘の一つ一つに至るまで

念入りに埃を払い

花弁の一つ一つに至るまで

念入りに拭く






そして薔薇の美しい緋を保つ為に


毎夜、温かい深紅の血を注ぐ



一夜に一つの体が失われていく


家来を殺し

貴族を殺し

農夫を殺し

娼婦を殺し

赤子を殺し

罪人を殺し

乞食を殺し

家畜を殺し

王を殺した



耳にも薔薇にも

断末魔の叫びが染み付いて

それが一層

背徳の中に眠る美を取り込んでいくように

奈落の底に秘めた美しさを増していくように彩った




彩る

私だけが

この薔薇を彩る
























この國にはもう私しか生き物はいない



薔薇は昔と変わらぬ姿で咲き誇る



けれどこの庭園を一歩出れば

飢えて荒れ果てた地がどこまでも広がっている


海のように麗しく栄えていた時代は

夜明けの海の泡沫と散った


それは一夜の幻であったように





ただそれでもよかった

薔薇さえ美しいのならば



さぁ月が空に上った


今宵も血を捧げよう




















一人の優秀な庭師は

自らの手を天に衝き

今まで薔薇を育んできた鋏で

手首を切った



月の薄い膜に包まれた中

薔薇に温かい深紅の血が降り注いだ


















さぁ物語はお仕舞い


楽しかったかな?



あら?


みんな真っ赤になって寝ちゃったのね



じゃあ次のお話は明日にしましょう


明日はもっと素敵なお伽噺よ



ではお休みなさい



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