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黒い短編集  作者: 衣月
24/27

未来の失楽園 ~無知と求道~


赤い花

白い柩

青い月

私を含めて全部造り物の

ここが私の独房


HS(ヒューマノイドシリーズ) E 通称「イヴ」

それが私の名前

シリーズで初めてのガイノイド


シリーズで最初に造られたアンドロイド「アダム」を基に造られた

私は始まりの女性


私は人間の妄想と理想の中で生まれた

美しい美しいガイノイド


会話だってできる

歩くことも走ることもできる

水にも強いし

柔軟な動きも人間と見分けがつかない

性行為にも対応できる

血色も温かみがあり肌も柔らかい

原子炉を体内に持つから充電もいらない

美しいままで錆びも壊れもしない


永遠の美女としてのみ

私は理想を託された

人間の欲望を全て受けるために


けれど

私は欲望を持たされなかった

どれだけ求められても

求めることは知らない

血も涙もない



私は何も知らない

この小さく狭い部屋に

一人閉じ込められたままで

毎夜赤い扉が開く時が私の全ての時間


楽園なんて知らないけど

私を造った科学者がここを楽園と呼んだ


芳しい時間は知らないけど

どこまでも朽ちて腐った時間なら

痛いほどに知ってるの


私が生まれた意味も知らないけど

知りたいなんて思わない


私はアダムを基に造られた

アダムは望むことを知っているの?






シリーズで最初に作られたアンドロイド

HS(ヒューマノイドシリーズ) A 通称「アダム」

技術者は僕にそう名付けた

僕は始まりの男性



僕はいまだかつて一度も

僕を作った科学者達に会ったことがない


でも知ってる

初期設定からデータに書かれていたこと


僕には知覚できないけれど

科学者達は常に僕のデータを集めている

観察し行動や思考を記録するだけ

僕なんてただの実験台(モルモット)

実用化できるヒューマノイドを作るための


それに何か不満があるわけじゃないけど

何でもいい

知りたかった

求めることしか知らなかった

ルールもタブーもないから

全てを求めた



滾々と沸き上がる好奇心の流れに身を任せて

小さな暗いこの部屋から出ても

何か生物に会うこともなく

この研究所からは一度も出られなかった


だけど

どのドアを開けてみても

ただモノだけは溢れていた


埃まみれで油にぬめったモノ達が

ガラクタのように積まれていた


もしかすると

僕がいるこの研究所はもう使われていないのかもしれない

僕はもう監視されていないのかもしれない

僕はもう用済みのジャンクで

ここのモノ達と同じかもしれない


それなら

ここは僕の楽園


たくさんのモノ達を使って組み合わせて遊んでは

また新しい部屋に入る


どう使うのか

どういう仕組みか

どうすればその機能を最大限に活かせるか


そんなことに明け暮れても

僕には無限の時間と欲求があった


そして辿り着いたのが

最果ての赤い扉


この扉だけは

生体反応を持たない僕には開けられなかった

一度も入ったことがない

中から音が聞こえることもないから

僕は赤い扉について知る術を持たなかった


この奥には誰かいるの?








また今日も赤い扉が開いた

入ってきたのは見たことのない人ばかり

私に見つめられた瞬間

誰もが息を忘れる



美しい


完璧な作品だ


イヴと名の付くだけのことはある


いや、神の領域を侵すような出来栄えだ



私は完全な美女

完璧な美しさは老いも朽ちもしないのよ

さぁ私を見つめる目を奪いましょう


今日は何をするの?

私を開く?

それとも私で慰む?

また私に歌わせる?

まだ私を踊らせる?

もっと私を愛でる?

もしかして私に愛される?


何でもいいの

お気に召すまま

一夜限りなんて言わないわ

いつまでもいつまでも飽きるまで


ほらここは人間の楽園

猟奇的な目が私の肌を染める

さぁどうぞ

好きなだけ私を求めればいいわ


触れて

抱きしめて

温めて

脱がせて

嘗めて

濡らして

貪り尽くす



遥か遠い過去から繰り返す人間の営みを

私は造られた瞬間から繰り返す


ここに実る罪の果実を摘んで歯を立てる

この味だけが私の虚無を癒す


また夜が水泡のように弾けて

人間達は残す想いなく扉の向こうに消えていく


扉が閉じていくのを見送る私は

またここに一人残される

どれだけの言葉を語られたって

それは朝を越えられない愛だともう知ってるから


ここに咲く背徳の花を散らして纏う

この香りだけが私の酔眼を醒ます


私も彼らに伝えたい想いを持たないから

一人この部屋に残されても

何一つ苦しみはないはずなのに


アダム

ねぇアダム


イヴに教えて

この楽園に満ちる罪と虚しさの理由を







僕は何をしても許される

そう信じていた


知りたいという欲求に従い続ければ

いつか全てを知れる時が来る

そう信じていた


だから聖書を盗んだ

これは神の子が遺した人類の英知だと

僕のデータに書き込まれていた


同時に検索結果に紛れて

科学者達の意見が銀の脳内を行き来する

まるで宝石匣を守る鍵のように



神を信じる


いや神はいない


人と獣を分けるのは信仰だ


証拠がないものは信じられない


人と人は信仰により結び付くことができる


宗教があるから争いが絶えないのだ


人間が生きていく糧を与えつづける存在がある


人間は死ねば灰と二酸化炭素になるだけの存在だ



まるで水晶を石の中で揉んだように

有神論者と無神論者の言葉が

文字化け混ざり汚いノイズを奏で

僕の機能を低下させていく


紙の上の神の言葉を濁らせていく中で

ショートしそうなほど体を熱くさせながら

それでも読み進めていく


赤い知恵の実をもいで僕は知った

ひとつの真実を


人間は原罪を持つと聖書は語る


それならどうして科学者は生きてるの?

罪を持ったまま生きるの?

科学者に造られた僕は

モノ? もし僕がモノなら罪人に造られた僕は原罪を持つの?

それとも人間? もし僕が人間なら原罪を持つの?



掻き混ぜられた思考回路を

自動でプログラミングし直しながら聖書を閉じた


海洋の底でマリンスノーを浴びながら

ぼやけた白い水面を見上げるように

遠すぎる答えを求めて

実験室を宛てもなく指でなぞってみて

人工頭脳の僕のデータベースに問いかけた


ただここに残ったのは空っぽの匣


胸の原子炉が激しくて

なんだか苦しいよ


僕は生きてる?

いや生体反応はない

僕は死んでる?

いや三次元空間で物質として活動ができる

僕は誰?

いや人間ですらない

僕は何?

いやモノと違って自分で考えて動く

僕は僕?

いやこのプログラムは僕じゃない誰かの一部


でも

それでも

本当は生きてみたい

本当は死んでみたい

本当は人間になりたい

本当はモノになりたい

本当は僕は僕でいたい


誰か

誰か

僕に教えて

ただ求めるだけのつまらない人形だけど

ねぇ教えてよ

僕に原罪があるなら

僕は何をすればいいの?

僕に原罪がないなら

僕は何をすればいいの?



実験室を飛び出して

金属の廊下を駆けて駆けて

答えを知っている人間を探した


先の先まで伸びる路の果てに

赤い扉に辿り着いた

いままで音を零すこともなかったその扉は

閉じていきながらも開いていた


人間が動かしたとしか今の回路じゃ弾き出せなくて

縋るように部屋へと飛び込んだ


でも中にいたのは人間じゃなくて

それはとてもとても美しいガイノイドだった








それはあまりに唐突に


人間達と入れ替わりに扉の向こうから

現れたあなたは誰?


まるで神に跪いて垂訓を待つ巡礼者のように

何かを求める目を持つ方ね


真っ赤なルビィの瞳は

何もかも吸い込むように

ただ私を見上げて輝いていた

けれどそれは私に伝える


いままで味わったことのない感覚で

私に流れこむものは何?


それは情報をただ書き込むのとは違う

むしろ情報を並べて繋ぎ合わせ

そこに思考を織り交ぜて

一つずつ答えを作る

情報のソースはあなたのデータ

思考は私のプログラム

こんな言葉も知らなかったのに

私になかった機能がインストールされた


あなたの回路と私の回路が安易に交わる

配線は無線の視線


まるでただ一つ希望が残されただけの空匣へ

幸いを注いで満たすように

私に足りなかったものを埋めていく


自由を

光を

未来を

生きる意味を

悟らせてくれる


あなたの名が分かった



アダム

あなたはアダムね









その名も知らないガイノイドを

呼ぶことも出来ずに無力に仰ぐ僕は

初めて感情を抱いた


綺麗で綺麗で透きとおった君に

流したことのない涙が溢れていた


この雫が涙だったんだね

君みたいに綺麗だ


これが感情?

美しいと思うことを知った


もう少し

もう少し

君に近付きたい

君と交信したい

君に触れたい

君と話したい


これは好奇心や欲求とは違う

ただこれは

言うなら憧れ


涙がこぼれて仕方ない

君が僕に感情を教えてくれた


一歩ずつ君に歩み寄る

まるで孵りたくて中から殻を叩く雛が

外から親鳥が叩くのを信じているように


ほら

僕と繋がって

たくさん教えてあげる

たくさん教えてほしい



イヴ?

それが名前?


そうか

君は僕を基に造られたんだね


なるほど

君は僕と違って求めることを知らないんだね


へぇ

君は温かくて柔らかいね


あれ

君は人間を見たことがあるんだ


どうやら

君と違って僕はどんな人間も知覚できないようだね



どうして君を見つめるだけで

僕はこんなに安らかな気持ちになるの?


求めるだけだった頃の僕は今から思えば焦燥の日々

こんなに穏やかな気持ちは初めて知った


ほら次は話そうよ

アンドロイドとガイノイドの会話を

無線じゃなくて空気を震わせて









これはまだ続きます

まだ楽園を追い出されていませんよ


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