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黒い短編集  作者: 衣月
13/27

ある一詩人の夏の夜の夢


一つの小さな歌が

波紋のレースを広げて舞い降りた


それは優しく儚い

けれどとても

甘く美しい音色


水面に触れた瞬間

混沌の濁りは消えて

温もりだけが流星のように瞬いて


音が生まれた故に

静寂が森を満たした


そして幾分か時が零れ落ち

月光が土を濡らす頃

闇と静寂とが旋律を奏でる中


水面に浮かぶ美しい月に

羽ばたいた一匹の蒼い蝶は

澄んだ水に囚われる


逃れるように

月をもう一度仰ぐように

翅を開いては閉じて藻掻く


重くも甘い旋律が

蝶の羽ばたきに合わせて

静かに加速していく


蝶はだんだんと融けてゆく

蒼く色付いていく湖


蝶は藻掻きながら消えた

湖に満ちる旋律は

蝶の指揮を失い狂い始める


壊れそうな影のように静かに綻び

糸を引きながら見えなくなる



それはあたかも、一つの動く絵画





それを見つめる私の心は

けれどそれを愛でる能力(おもい)はなく


形すら分からない想いが

冷たい光に照らされて熱く燃え上がる

背中の翼を灰の骨とする




―この世に産まれれば―

―もう愛さずに済むと思っていたのに―




また鉛のように心に滴を落とす


指が独りでに動き人の頬の型をなぞる

眼窩の底にも目蓋の裏にも

姿を焼き付かせたまま私を焦がす

懐かしく愛おしき唯一の想い人




睫毛から向かう先には

哀しみのままに身を寄せ合い

歴史の涙を呑みながら

互いの呼気に合わせて舞う星座



「どうか星よ


 私を揺蕩う輝きに包みながら

 その物語に閉じ込めてください


 私は私の描く詩に死す日まで

 嵐を浴びて涙を隠しましょう


 だからこそ

 この透明な感情を

 (いろ)(ことば)の中に綴り留めてください」





私は独り


彼の人が居ないこの世に

ただ孤独になる為に生まれた


ただ一人を

躊躇も抑制もなく愛し続ける天使は

堕天使なのでしょうか



低く艶やかな硬い喘ぎも

衣々と共に纏った微香と虚しささえ

薄らぐことなどありはしないというのに



けれど薔薇は枯れないまま

天界の美しさのまま

盛る炎のように咲き誇る


まるで

肩に積もる寂しさで

温もりを胸に秘めたまま崩れたこの世界を

水晶の光で彩るように




「どうか花よ


 縋る人々の声を聞く耳のないその薫りを

 ほんの少し運んで差し上げるから

 代わりに

 私の想いを憎んでおくれ


 その想いはどんなものよりも美しいと

 嫉妬しながら色を魅せ続けてほしい


 私はそのとき

 どれほどの冷気を発して

 あなたたちを凍らせるでしょうか


 あなたたちを綺麗だと

 嗚呼そのとき初めて知るだろう

 穢れなき心を持つ花弁

 その純粋な嫉妬が

 どんなものよりも私に愛を諭すから」




愛しています

愛しています


どうしてこの止めどない言葉が

罪だというのですか

どうしてこの果てのない想いが

業だというのですか


どうして窶れくすぼれた堕ちた國に

最期まで掲げられる狂おしい祈りは

一片の救いも呼ばないというのですか



爛れた天使は私の方ではないはずでしょう?



会いたい

どんなに荊が喉を締め付けようと

どんなに刺が肌を引き裂こうと


けれど知っている

私は死なせてはくれない

彼の人に会わせてくれない



私はこの森に縛りつけられた

死ぬことの出来ない生き物

私は何と言う生き物なのでしょうか


私は誤ってこの世に取り残された

会いたいという願いの残骸でしょう


もう彼の人も私のように

天使ではなくなっているのですか?


鎖に繋がれたままの彼の人を想い描く度

体には赤い翼が羽ばたくのです


もう一度

彼の人のもとへ向かおうと




「どうか鳥よ


 私をもう一度

 あの遠い空へ連れていってください


 私はこの世で眠り心だけが

 あの丘に聳える教会の塔を越えて

 そう

 この声は曇りなき唄を編み上げ

 どんな願いも流星に届けましょう


 たなびく尾が虹に変わる日を

 私はただその雲に抱かれて見守るでしょう


 例え夜に咲く小夜啼鳥の歌声が

 血に膨らむ心臓のように散ったとしても

 日光に曝されたこの蝋の翼は

 ただ神への抗いとして

 この想いだけが

 私を空へと向かわせ続けるのです」








ふと目覚めたとき

私は一つの泡でした


星の光を重ねて積み上げた海を

碧さに染まらずに昇る真珠


愛で織った絹を羽織れば

月の光を束ねて飛ぶ蝶



飛翔する力はまだ足りない

逸る想いしか持っていないから




「どうか風よ


 私に教えて

 私を導いて

 彼の人のいる彼の場処


 私もそこで

 永遠の牢獄で

 堕天使の罰として

 苦しみながら触れ合いながら

 安らぎを求め続けます


 彼の人と居られるなら

 私はどんな罪も背負いましょう

 

 地を駆け狂う疾風は

 恋人の間を吹き抜けるほど冷たいけれど

 どんなものよりもきっと

 苦しみから逃れようとしている

 

 どうぞ私を連れていって

 天へ

 苦しみの方へ」




優しい力に包まれて

私の体は雲を通り抜ける

そこに待つ彼の人を目指して


しかし不意に

心の底から聞こえる地鳴りのような

けれどとても柔らかな声が伝わる











振り向くと

私はまたあの夜に引き戻されていた



これは夢?

これは真?



嗚呼

けれどそんなことは

もう大した問題ではないでしょう



そこには傷だらけの彼の人がいた



永い永い間

死の時間を生かされて

幻さえも追い続けた

その姿が目の前で微笑んでいた


透明な滴が頬を流れたときには

私はもう彼の人を抱きしめていた

この涙の意味さえもきっと

もう彼の人の言葉でしか分からない



私の背中からはもう灰の翼は失われていました


もう天へ帰らなくてもいいのですね




「どうか闇よ


 その姿を言葉で描きつづけるから

 私を悪夢に呑み込んで

 その胎内で眠らせて


 けれどお願い

 その悪夢の中で愛する彼の人を

 そう

 もうどちらが夢か分からないけれど

 あの夏の夜の夢のように

 抱きしめさせて


 さぁ

 永遠の夏のほうへ」






やっとキチンと更新できました

衣月です^^

私の家には金木犀があるんですが、今年はその香りを味わえなくて残念でした



さて、今回の話は大分入り組んだ表現になってしまいました汗

それはタイトル設定を先にしたからでしかないのですが←



タイトルは、私がこの前合唱コンクールで歌った歌から来ています

ついでに最後の一文もです

曲名は「一詩人の最後の歌」です

興味がある方は調べてみてください/~~

私の生まれ育った市ではとても愛されていたアンデルセンが作詞(詩?)しました

内容的には何の繋がりもありません

ですが、難しい曲なので是非聴いてみて、私のクラスがどれだけ苦戦したか想像してみてください←




さて内容ですが

有名な、荘子の胡蝶の夢のような雰囲気ですね

夢と現実の境がはっきりしない、現実さえも一夜の夢のような話です

まぁ、詩人の世界には、最初から夢も現実も境なんてないようなものですが

夢でも現実でも、そこに幸せを見つけられるなら、そこが住む場所になってしまうだけです

楽しむことが大事なんです



二人の天使が愛し合いすぎて、天使としての仕事をしなくなり、天界は二人に罰を与えた


二人を引き裂けば、もう愛し合わないと判断した

けれどそれでも二人は想い続けた

織姫と彦星のように


そんな永い時の果てにこの夏の夜が訪れる

そんな話です


とりあえず、ハッピーエンドでよかったです

普段なら、こんな普通な最後にはしないんですが、最後の一文をあれにしたくてしょうがなくて





さて、もう少しだけでも、この黒い短編集は続けようと思います

最後も敢えてまとめる感じではなく、いつもみたいなのにしようかなとも思ってます

多分、終わるときは何の前触れもないと思いますが、もう少しだけお付き合い願います



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