1-7.スキル
オレは地下通路でじっと待ち続ける。
厩務員の石脇さんがせかすが、オレがガンとして動こうとしないので、石脇さんは諦めてオレにつきあってくれるようだ。坂脇さんとの付き合いは長いのでオレの性格をよく知ってくれている。
ウィナーズサークルでの記念撮影を終えたスギノミサイルが引き上げてきた。
どうしても確認したいことがあって、スギノミサイルを待っていたのだ。
「最後の加速。
ありえないだろう、あの加速は。普通に考えて!」
オレはスギノミサイルに畳み掛けるように言った。
「ふふふ。名付けて『王者の鉄壁』。
最後の直線で先頭にいて1馬身まで追い込まれた時に発動する吾輩の最終スキルだ!
スタミナが少し回復して速度を少し上昇させる効果がある」
なんじゃ、そりゃー!!
そんな競馬ゲームとかにあるような最終スキルとか本当にあるのか!
「で、でも、あれは危険な力じゃないのか?
あんなの多用してたら確実に競走馬生命を縮めることになるぞ」
「ほー、もしかして吾輩のことを心配してるのか。
余裕のあることだな。
っていうか、お前も知ってるんだな。あれを」
スギノミサイルは驚いた顔でオレに問い返す。
「使ったことはないけどな……だがオレの中にも眠っている最後のギアともいうべき最終スキルがあることには気づいてる」
オレは素直にそう答える。別に隠すことでもない。というより、こいつはすでに知っているだけでなく、それと同じような何かをすでに使っている。
「なら何故使わなかった?」
不思議そうにスギノミサイルが再び問い返す。
「今が使うべきときじゃないと思ったからだ。あくまで今日は菊花賞へのトライアル、本番は次だ」
「人間が決めたレースの格付けとか興味はないな。
吾輩は今日、最終スキルを使ったから勝った。お前も使っていたらどうなっていたかな?
それが楽しみだったのに、お前ときたら恐くなって負けた。まぁ、実際のところ、あれを使わせるような相手が現れるとは思っていなかったが。
そして、次はお前も最終スキルを使ってくれるというのだな。
ますます次が楽しみになってきた」
スギノミサイルは不敵に笑う。
「別に使うと言ったわけでは……」
「お前が怖くて次も使わないなら、次もオレが勝つだけだ。
最後の最後になってやっと面白そうな敵が出てきて楽しみにしていたのだがな。
残念だよ」
スギノミサイルが本当に残念そうな顔でつぶやく。
「最後ってどういう意味だよ」
「吾輩は残念ながら現在がすでにピークのようだ。伸び代をもう感じなくなってきている。
それでもまだまだ、勝てるだろうが、そんなレースにもう興味はない。
どうやら次のレースは皆が楽しみにしているようだから、それを勝って終わりにするつもりだ。
最後になってお前のような馬と出会えて少しだけ楽しくなってきたのだが残念だよ」
次の菊花賞が最後だと言うのか……
菊花賞で勝たなければ、このまま勝ち逃げされるって言うのか……
このままじゃオレは負け犬だ。
次が最後だと言うのなら次こそ勝ってやる。
「次はオレが勝つ!」
「ほー、ついさっき、あれほど完璧に負けたというのに、それだけ大口を叩けるって言うのは大したものだな。
ライバルというものが成長のために必要だと聞いた。
お前がそう呼べるだけのものかどうかはわからないが、次までにもう残り少なくなってきた吾輩の成長をしておいてやろう。
そして次こそ、負けた言い訳もまったくできないくらい完膚なきまでに叩き潰してやるから、楽しみにしていろ」
スギノミサイルは自信満々に笑っている。
「いいだろう。あんたと違ってオレは成長盛りだ。
菊花賞までにグングン成長してあんたのその高慢な鼻を叩き折ってやるから、楽しみにしていやがれ」
オレは憎々しげにそう言い放った。
だが、実のところ、スギノミサイルにライバルと言われてオレはすごく高揚してちまっている。
こう言ってはなんだが、スギノミサイルは無敗の2冠馬だぜ。
それに比べてオレは今日初めて重賞に出走し、そして負けちまったような馬だ。
世間的には格が違うと言っていい存在だ。
それなのにオレのことをライバルと言ってくれた。
その期待に応えてやろうじゃないか。
宣言どおりにオレは成長してやる。
そして菊花賞で、今度こそ差し切ってやる。
そうすることが、スギノミサイルの期待に応える唯一の証だ。
完敗で萎えかけたオレの闘志が再びメラメラと燃え上がってきたぜ。
どうやら、菊花賞では切り札とも言える諸刃の剣、最終スキルを使うしか勝ち目はなさそうだな。
スギノミサイルと刺し違えるならオレも本望ってやつだ。
それはそれとして、オレも最終スキルにかっこいい名前を考えておかないといけないな。