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1-6.末脚

 レースは順調に進んだ。

 と思っていたのはオレだけだったようだ。


 オレの位置からはよく見えなかったんだが、後から聞くところによるとそうでもなかったらしい。


 スギノミサイルはいつもどおりにキレイなスタートを決め、序盤から単騎逃げの体制に入った。

 その後の第2集団でちょっとしたトラブルがあったようだ。2番手を争っていた2頭が軽い接触事故を起こし、そのうちの1頭がかかってしまってすごい勢いで先頭のスギノミサイルに迫って行ったらしい。

 オレとしてはそんな暴走した馬は、無視しておけばいいと思うのだが、スギノミサイルは違ったようだ。

 スギノミサイルはそこから急加速し、追いすがる暴走馬を躱していったのだ。

 しばらくして暴走馬も落ち着きを示して下がっていったが、この事故でスギノミサイルは無駄にスタミナを浪費することになっていたようだ。


 最後方をのんびり走っていたオレはそんなことがあったとは、まったく知らなかったんだけどな。

 オレのほうはまったくもって問題なし。まさに理想的なレース展開って感じだ。

 ジュンの指示通りにどんどんギアを上げていく。

 大外から馬群を一気に抜き去っていよいよ直線。

 はるか前方にではあるが先頭のスギノミサイルの姿を確認することができた。


 神よ、感謝します。

 大きく展開に左右されるとはいえ、どうやら天はオレに味方してくれたようだ。ここまでにスギノミサイルが絶対安全圏まで逃げ切ってしまっていたら、どうしようもなかったところだ。

 しかし、オレはスギノミサイルを射程に捉えた。

 この距離なら十分行ける!

 オレは自分の末脚を信じてトップギアに入れた。


 オレとスギノミサイルとの距離がどんどん縮まっていく。

 3馬身!

 2馬身!

 そして、1馬身差に詰め寄った。


 よし、このまま一気に抜き去る!

 そう思った瞬間、スギノミサイルのスピードがグンと上がったのだ。

 なんだと!

 ありえない……

 ここまで逃げ切って、最後にこれだけの脚を残していただと……


 いや、今のスギノミサイルの加速はそんな次元のものじゃない。

 1馬身まで詰め寄った距離がまた少し離されかける。

 ありえない、ありえない、ありえない!

 オレは渾身の力を振り絞ってスピードを更に加速しようとする。だが、それはほんの僅かしかスピードを上げることができない。

 スギノミサイルとの距離がまったく縮まらない。

 そうだ、オレの中に眠る最後の力を今こそ……いや、ダメだ。

 あれを今使ったら……もしかしたら、オレの脚は……


 そんな逡巡がレースの決着をつけた。


 永遠の1馬身……


 オレは2着でゴールを通過した。


 スギノミサイルは悠々とファンの歓声に応えている。

 完敗だった。

 やはりスギノミサイルこそが王者であったのか……


 敗者は消え去るのみ。

 破れたオレは引き上げにかかった。

 その時、スギノミサイルの脚がピタリと止まり、オレの前に立ちはだかったかと思うとオレのほうを見て一言つぶやいた。

「次が楽しみだな」


 そう言ったかと思うと、スギノミサイルはそのまま走り去って行った。

 スギノミサイルがオレのことを認めただと!

 オレは呆けたようにスギノミサイルの後を見送るだけだった。


 地下通路を過ぎて行こうとすると、藤森調教師が記者たちの質問に答えていた。

 藤森調教師の景気のいい声が聞こえる。


「いやぁ、うちのも頑張ってくれたけど、スギノミサイルは強かったねぇ。

 何回やっても勝てそうにないよ」

 そう言った後、ニヤリと笑って、一言付け加えた。

「2400メートルじゃね」

 意味ありげな一言に記者たちは問い返す。

「それは菊花賞の3000メートルなら勝てるってことですか?」

 その質問に藤森調教師は笑って答える。

「そうは言ってないよ。無敗の2冠馬にそんな不遜なことは言えないからね。

 でも、楽しみになってきたな」

 そう誤魔化して、ガハハと笑ってインタビューを打ち切った。


 オレもそう思っていたよ。菊花賞ならきっと勝てる。

 いや、今日のレースだって展開次第では勝てると思っていた。

 そして思ってたとおりの展開で、これなら差せると最後の最後まで思っていた。


 それが、このザマだ。

 次の菊花賞があるとして、同じことにならないと誰が言えるというのだ。

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