1-5.神戸新聞杯スタート
秋晴れの阪神競馬場、とはいえまだまだ残暑が厳しい。
汗を流すとそれだけ腹も減る。飼い葉をお腹いっぱい食べたいところなんだが、このところ、少し飼い葉を減らされてしまっている。どうやら太め残りってやつらしい。天高く馬肥ゆる秋ってやつだな。少しくらい馬体重が重くてもさほど問題ないと思うんだが……
それよりお腹いっぱい食べて気分よくレースに望みたいところなんだが……
スギノミサイル出走でもともと神戸新聞杯を予定していた有力馬たちが回避してセントライト記念に回ったりしたので、出走条件がずいぶん緩くなったようだ。抽選ながら2勝馬も出走可能になっていやがる。ってことは、なんのために前走あれだけ気合いいれたんだろ……
ちょっと気合いが空回りって感もなくはないな。とはいえ、オレは前世から抽選とかよくハズレてたから、出走確実ってだけで十分ってことにしておく。
そんな状況を聞かされながら、阪神競馬場のパドックに出てビックリした。
どうしても目に飛び込んでくるスギノミサイルの見事な馬体。完璧に出来上がっているじゃないか。数日前にトレセンで見かけたときより馬体も絞れている。
少しお腹のあたりに無駄な脂肪を余らせているオレとは大違いだ。
気合いは入っているかどうかわからん。すごく落ち着いていやがる。まぁそういう気性の馬らしいからあれでいいんだろう。
無敵の王者が完璧の状態で出走とか……ありえないだろう。他の馬の陣営からしたらたまったものじゃない。
パドックからはオッズの状況が見える。言うまでもなくスギノミサイルはダントツの1番人気。まぁオレが馬券を買う立場なら、単勝でスギノミサイル以外を買うなんてドブに金を投げ捨てるようなものだと思うだろうな。
そしてオレの人気はと見ると……10番人気くらい?
正直、下位の方の単勝倍率は似たようなものだから見てすぐ順番がわかるものじゃない。前走で強い勝ち方したから、それなりの評価をもらえてるのかもしれない。
とはいえ、普通の人は前走が条件戦の馬とか興味ないだろうからな。オレのことは、このレースの後に覚えてもらえば結構ってものだ。って言うか絶対にオレのことを忘れられなくしてやる。
悪役で結構。
無敗の3冠馬なんて誕生しないんだよ!
パドックでの周回も終わり、いよいよ本馬場入場。
別にこんなことは何度となく経験済みなんだが、今日はG2。
メインレース出走なんて初めてだから、さすがに緊張するぜ。
まぁ、オレのことなんて誰も見てやしないけどな。
ファンファーレが鳴り響く。
いつもの条件戦とは違い重賞だから特別なやつだ。
でも、重賞のファンファーレってこんなんだっけ、オレが前世で聞いたのと違う気がするんだけど……と考えて気づいた。オレが前世で聞いたことのあるファンファーレはG1レースのものだけだ。きっとG2では違うんだろう。よく知らんけど……
まぁ競馬場によってもいろいろ違ってるような気がするし、どのファンファーレをどういう時に使うのかとかよく知らん。
そんなくだらないことを考えてるのは実はめっちゃ緊張してるせいだ。集中しようと思うと足がガクガクしてくるんだ。オレってこんな小心者だったのか。
初めて気づいたぜ。
とはいえ、現実から目をそらしすぎると、また出遅れちまうから、気をつけないとな。
ファンファーレが終わると、いよいよ出走。
嫌でも緊張が高まる……と思ってたら1頭ゲートを飛び出しやがった。放馬ってやつだ。
ゲートに入れられたまま、しばらく待たされることになった。どうしてもイライラしてきてしまう。
周りの馬たちも落ち着かない様子だ。
鞍上のジュンがそんなオレを気遣って首筋を優しくなでてくれた。気を使わせちまったみたいだ。精神年齢ははるかにオレのほうが高いんだから、オレがしっかりしなくちゃいけないのにな。
こんな時でも、きっとスギノミサイルは落ち着いてるんだろうな。
ヤツがイライラしてる姿とか想像できない。そんな時にオレがチャカチャカしてちゃどうしようもない。万全を尽くしてそれでも勝ち目がどれだけあるかわからない相手なんだ。こんなところで、イライラしてる場合じゃない。
放馬した1頭が再びゲートに入り、今度こそ出走だ。
なんか今の騒ぎのせいで逆に落ち着けた気がする。妙な緊張感がすっかり抜けてくれたぜ。
オレはこれまででも最高のスタートをすることができた。