1-4.2冠馬
当初からの予定通り、オレの次のレースは神戸新聞杯に決まった。
神戸新聞杯は、阪神競馬場で行われる芝2400メートルのG2レースだ。
そして、神戸新聞杯の3位までに入ると菊花賞へ優先出走権が与えられる。他の重賞でも獲得賞金額が足りていれば菊花賞への出走は可能であるのだが、オレのような重賞未出走の3勝馬はここで優先出走権を取らなければまずムリだろう。
関西地区では唯一の菊花賞のトライアルレースのため、有力馬たちが多く出走することが予想される。
ただ、同世代の圧倒的存在、2冠馬のスギノミサイルは東京の中山競馬場で行われるセントライト記念に出走すると予想されていたのだが、ここに来て急遽、神戸新聞杯への出走を宣言したようだ。
「聞いてねえよ!」
この報を聞いた藤森調教師の最初の一言がこれだ。
スギノミサイルが出走すれば確実にオレの着順が1つ下がるというのがほとんどの人の見解だろう。
それくらいスギノミサイルの力は圧倒的だ。皐月賞・ダービーの大レースを圧勝して2冠馬となり、ここまで6戦6勝。しかもすべて3馬身以上後続を離しての勝利である。
逃げ馬で、スタートからゴールまでこれまでのレースで一度も他の馬に前を走らせたことがないという逸話つきだ。
3冠達成は確定的と言うのが世間の一般的な見方ではあるけど、不安がないわけでもない。それはスギノミサイルは典型的な早熟のスピード血統、両親とも短距離やマイルでの実績しか残していない。オレとは見事なまでに正反対の血統だな。
血統的に3000メートルの菊花賞はムリではないか。そういう声がないでもないが、その圧倒的なスピードで他の馬たちを蹴散らしてしまうのではないかという声のほうが多い。それに父のフェイルオーブはマイルまでしか実績がないとはいえ、フェイルオーブの父は中長距離で圧倒的な実績のあるファイアグルーム。3000メートルの距離が持たないはずがないだろう。
それに一度でもスギノミサイルとレースで戦った馬たちはすべて、レース場の外でスギノミサイルの姿を見ると足を止めてしまうというのだ。
すでに同期の馬たちのボスの位置にいるのだろう。
まぁオレは会ったことがないから、知らないがな。
戦う前からビビってたら、勝ち目なんてないからな。
オレは勝つつもりでいるよ。今度の神戸新聞杯も、そして菊花賞も。
それはそれとして、スギノミサイル陣営は血統的な距離の壁の問題とは別のもう1つの不安を取り除きにきたらしい。
それはスギノミサイルがこれまで、中山競馬場・東京競馬場の2つの競馬場でしか走ったことがないという点だ。
輸送競馬を未経験という不安を取り除き、今回、阪神競馬場で行われる神戸新聞杯に出走し、そのまま関西に滞在して菊花賞を万全の状態で迎えるということらしい。
競走馬が滞在となると関係者たちも長期間こちらに滞在することになるんだろうなぁ。さすがに超一流馬だ、金も手間暇もかけてもらってるな。
オレはいろいろな競馬場に遠征した経験あるけど、すべて日帰りか1泊がやっとだったぞ。まぁそれのすべてに負けてるわけだから大きなこと言えないがな。
オレがレース前の最後のトレーニングに出向くと、ちょうどスギノミサイルのトレーニングのラストだった。
チラッとしか見えなかったが、いいダッシュしてたな。
コンディションも抜群のようだ。毛ヅヤもいいし、ケチのつけるところが見当たらないぜ。
すれ違うときに思いっきり睨みつけてやったんだが、完全にスルーされてしまった。スギノミサイルにしてみれば、地元のチンピラが粋がってるようにしか思えないってことは重々わかっているが……
クラシックレースをずっと戦ってきた他の馬たちはすでにお前に屈してるだろうが、オレみたいな上がり馬はまだ心を折られてないからな。
お前が圧倒的な王者で、オレが無名のチャレンジャーってことは認めざるを得ない。
だが、せいぜい油断していやがれ。
オレが目にもの見せてくれるからな。
「お、アンビ、やけに気合入ってるじゃないか」
スギノミサイルの姿を見てメラメラと闘志を燃え上がらせてるオレを見て、藤森調教師も嬉しそうに呟く。
「次の神戸新聞杯も気合入れてもらわないといかんが、あくまで3着でいいんだからな。本番はその次の菊花賞だ。そこでこそ、アンビの本領を発揮できるってオレは信じてるぞ」
藤森調教師の信頼はありがたいが、オレは次も、その次もどちらも勝つ気でいるんだがな。
負けを知らないエリートに敗北の味ってやつを味わわせてやるぜ。
ちなみに、勝利の根拠は何1つあるわけないがな。