3-6.作戦
秋の天皇賞は出遅れる馬もなく、順調にスタートが切られた。
真っ先に飛び出したのは何を隠そうオレ。
今日のこの日のためにスタート練習をたっぷりとやらされたのだ。藤森調教師の立てた作戦を実行するには、とにかく出遅れは厳禁。これまでも何度も出遅れての実績のあるオレだからな。実際のところ、オレ自身もスタートが苦手だという自覚はあった。ゲートにはいるとあれこれいろんなことを考えてしまったり、妙に緊張してしまったりとで、何故か上手く行かないのだ。
そんなオレもスタート練習を繰り返すことにより、ゲートのコツが身についてきたようだ。やはり地道な努力が一番だな。
オレが勢いよく先頭に飛び出したことで東京競馬場がざわめく。
まさか追い込み一辺倒のビーアンビシャスが逃げに出るとは……と言ったところだろうか?
まさかな。
いきなりオレが逃げに変更とかできるものじゃない。そもそも単純に見えて逃げって難しいんだぜ。オレはペースを落として、ローンペルセウスやトカイラーニングに先頭を譲る。餅は餅屋、逃げは逃げを得意とする馬にまかせよう。
オレが徹底したスタート練習をしてきた理由は別に逃げるためではない。好きな位置につけてレースをコントロールするためだ。出遅れてしまっては作戦そのものがオジャンだったからな。まさかあそこまで素晴らしいスタートを切れるとは思ってもいなかったぜ。まぁ練習の成果ではあるが、何割かはまぐれだろう。
藤森調教師の立てた作戦では今日の秋の天皇賞のキーとなる馬はタカノロイヤルだ。人気どおりの絶好調、タカノロイヤルを自由に走らせれば、高確率で人気どおりに1位を取るだろうとのこと。
オレはペースを落としながら、タカノロイヤルの姿を探す。
そして馬群の中団やや前よりにその姿を発見した。
ついでに、もう1頭。その位置を常に意識して油断するなと指示されていた馬ドウネンブラウンも一緒に発見した。
ドウネンブラウンはタカノロイヤルの後ろにピッタリとついている。どうやらオレと同じ作戦らしいな。
2頭まとめていてくれるとはオレとしても都合がいい。オレはドウネンブラウンの右側に並んでやや後方に位置づけタカノロイヤルとドウネンブラウンをまとめてマークすることにした。
序盤、オレがハナを切ったことでやや荒れそうになった展開も、ここに来て安定したようだ。
逃げの2頭もややゆっくりしたペースで逃げている。先頭のトカイラーニングと初対決だけにやや気になるが、オレはあえてトカイラーニングを意識から外すことにした。
オレは初対決だが、すでにタカノロイヤルは前走の毎日王冠で直接対決して勝っている。まぁそれが初対決だったのかどうかまでは知らないけどさ。
トカイラーニングの動きはタカノロイヤルが熟知していると信じよう。もしトカイラーニングに不穏な動きがあれば、タカノロイヤルが自ら動くだろう。
オレはそのタイミングを見逃さずに動くだけだ。
レースは淡々と流れていくが、タカノロイヤルはやや落ち着かないようだ。オレとドウネンブラウンに徹底マークされ、当然他の馬たちもタカノロイヤルの動きをじっと注目している。
どうだ?
一番人気ってつらいだろう?
オレも宝塚記念ではそんな感じだったんだぜ。