3-4.秋の天皇賞前夜
馬運車に揺られてはるばる東京へ。
着いたところは東京競馬場の出張馬房。もう日も落ちて暗くなってきている。今日はトレーニングもなく寝るだけだ。
「おや、遅い到着だな」
声をかけてきたのはドウネンブラウン。彼も関西馬だから、東京競馬場のレースでは同じく出張馬房となる。
「こんばんは。早くからこちらへ?」
「2日前から来てるよ」
条件馬とかならともかく、G1出走馬が前日に来るのは珍しいらしい。だが、1週間くらいあればともかく2、3日くらいじゃ環境に慣れることができないオレとしては前日移動が望ましいんだ。そのことはオレのスタッフはさすがに熟知している。
「そういえば、お前と他を交えずにこうして話をするのは初めてだな」
そう言われてみればそうか。同じ関西所属でも、厩舎同士の付き合いもなければ、世代も違うから、なかなかこうして話す機会もなかったな。
レースの前後とかに話す機会はあったが、その時は他の馬も一緒だったから。
「ドウネンブラウンさんは東京競馬場はもう慣れっこなんですか?」
オレだって先輩相手には少し丁寧な口の聞き方くらいするさ。人間関係……じゃななかったウマ関係にも気を使わないとな。
「そうなるかな?
何故か、京都競馬場より東京競馬場のレースのほうが多い気がする。
不思議なものだな」
「東京競馬場でのレースのコツとか聞かせてくれると嬉しいんですが……」
「ハハハ、敵に塩を贈れるほど、こちらにも余裕はないのでな」
ちぇっ、ダメか。
「そう言えば、熱発と聞いたがもう大丈夫なのか?」
「ご心配を掛けましたがすっかりよくなりましたよ」
「いや、別に心配などしておらんよ。
お前が休んでくれたおかげで、京都大賞典は美味しく勝たせてもらったしな」
そうか、オレの休んだ京都大賞典の勝ち馬はドウネンブラウンだったか。
「へぇ、そうなると明日の1番人気はドウネンブラウンさんって感じですかね」
「いや、さっき聞いた話では、前日売りの1番人気はタカノロイヤルって話だぞ」
なんと、タカノロイヤルが1番人気?
G1馬を差し置いて1番人気とは……
「やつは前走の毎日王冠ですごく強い勝ち方をしたらしいからな。
なんでも、世界レコード出したとか」
世界レコードだって?
そりゃまたすごいな。
春に走ったときも、ずいぶん強くなったと感じたが、夏を越えてなお一層の成長があったと言うことか。
「春の天皇賞では、お前とタカノロイヤルにしてやられたしな。
今回しっかりとその借りを返させてもらうよ」
「いやいや、そうは行きませんよ。今回も勝たせてもらいますから」
「熱発で休んでた馬は今回も遠慮しておけ。この秋の天皇賞は、是非とも欲しいレースだからな。
去年はサワダジーニアスのやつにしてやられたし……
このままじゃ終われん!」
「そう言えば、そのサワダジーニアスですが、引退って聞いたんですが、詳しいこと知ってます?」
「聞いた話だが、練習中に屈腱炎を患ったようだな。なかなか完治しにくい病だし、種牡馬となるそうだぞ」
「いいなぁ、種牡馬か」
たしかサワダジーニアスってG1を1勝しかしてないよな。さっき話の出た去年の秋の天皇賞。
良血馬はいいよな、たった1勝で種牡馬入りか……
「そうだな、確かに……」
「でも、ドウネンブラウンさんもそういう話はあるんでしょ?」
「オレか?
まぁなんとかってところかな」
え?
ドウネンブラウンってG1を4勝もしてるよな。それで、なんとかって……
そうか、たしかドウネンブラウンの父ってドウネンシルバーだったよな。
オレと同じくステイヤー血統か。
やはり、あまり人気ないわけか……
世知辛い世の中だなぁ。
でも、G1を4勝すればそんなステイヤー血統でもなんとかなるってことか。
一応、励みにはなるな。うん。
「お前もそうなんだよな……」
「お互い……」
「あぁ、頑張ろうな」
ひょんなところで意気投合してしまったドウネンブラウンとオレであった。
とはいえ、勝負は別だ。
明日のレースでは目にもの見せてくれようぞ。