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幕間 少女たちの戦い

 その牝馬は常に偉大すぎる兄と比べられてきた。

 だが、その体はあまりにも小さく幼かった。

 強いトレーニングをするとすぐに熱を出した。季節の変わり目には必ず体調を崩し、いったん体調を崩すと1週間以上回復しなかった。


 もうレースに出場させることはあきらめて、繁殖に入らせたほうがいいのではないだろうかと、関係者たちは考え始めていた。

 しかし、調教師ただ1人が現役にこだわった。偉大な兄をも育てたその調教師はその牝馬に兄以上の何かを感じていたからだ。


 偉大すぎる兄は入厩当時はパッとしない馬だった。ただ体が強く、練習熱心で、どんな辛いトレーニングも決してめげなかった。そして、トレーニングの1つ1つがすべて血肉となって成長していった。

 しかし、この牝馬は違った。まともなトレーニングなんてちっともできやしない。それでいて、芝の上を駆けさせた時の切れ味は同じ時期の兄と比べても遜色ないものであった。


 その牝馬は阪神競馬場で桜花賞の行われている日の中山競馬場の未勝利戦でひっそりとデビューを飾った。もう新馬戦なんて開催されていないため、周りは実戦を経験済みの馬たちばかりだった。

 彼女は先頭でゲートを抜けると、そのまま異次元の走りでゴールまで駆け抜けた。鞍上は兄と同じ滝島駿。彼はレース中、手綱を持ったまま何一つしなかったと言っている。


 そのまま順調に。そう関係者は祈ったが、期待は予想通り裏切られた。レース後に熱発し、立て直しに追われることとなった。

 彼女の次走は札幌。関東の暑い夏を避け、北海道でトレーニングを続けた陣営は、そのまま札幌で行われたクイーンステークスに出走させた。

 牝馬限定戦とはいえ、古馬も出走できるG3レース。出走登録が少なそうだという情報を聞きつけ、このレースを選んだのだ。

 重賞勝ち経験のある出走馬たちに混ざって唯一の3歳馬の格上挑戦は周りから無謀と非難もあった。

 しかし、陣営の期待に応え彼女は、コースレコードで1800メートルを逃げ切ったのである。

 彼女は一気にスターダムに押し上げられた。兄の再来、そう期待されて牝馬3冠最後の秋華賞を目指して陣営は動き始めた。




 そして、秋華賞当日。


「ねぇねぇ、あなたがスギノミサイルの妹とかいう子かな?」

「わたしは、『スギノミサイルの妹』とかいう名前じゃないわ。スギノプリンセスって名前があるんだから。

 どこ行ってもスギノミサイルの妹、スギノミサイルの妹とかばかり言われて……

 お兄様はお兄様、わたしはわたしよ」

 ソシアルラバーが話しかけると、その牝馬は冷たい口調でそう返した。


「え、あ、ごめんね……

 そういうつもりで言ったんじゃないの。

 あのね、お兄ちゃんのライバルだったスギノミサイルの妹だったら、仲良くなりたいなって思って……」

「お兄様のライバル?

 誰のことかしら……唯一ライバルと言えるとしたらビーアンビシャス?

 でも、ビーアンビシャスの妹が出てるとか聞かないわね」

「そうそう!

 わたしとね、アンビお兄ちゃんとはね、お母さん同士が姉妹でね、それでね、わたしとね、アンビお兄ちゃんはとはね、同じ牧場で一緒に仲良く育ったの」

「そうなのね。

 ということはイトコってことかしら?

 まぁどうでもいいことだわ」

「それでね、わたしとね、あなたはね、お父さんも同じなんだって!」

「あら、奇遇ね。

 でも、この世界ではよくあることだわ」

「とにかくね。

 今日のレースは負けないんだからね!」

「たいした自信ね。でも、このレースはわたしのものよ。

 あまりレースに出れないんだから、出たレースは全部勝つの。そう決めたんだから」


「ちょっとお待ちになって」

 ソシアルラバーとスギノプリンセスが話してるところへ2頭が近づいてきた。

「3番人気と4番人気が何を大きなことを言ってるのかしら?」

 ちなみに3番人気はスギノプリンセス、4番人気がソシアルラバーである。


「今日のレースは桜花賞とオークスの1・2着を分け合った、わたくしピアーズライトと、こちらのラッキーフレアの決着の場。

 世間ではそう定義されてるんですわ。

 あなたがたは3着争いに精を出すといいわ」


 ゲート入りの合図があり、4頭の井戸端会議は打ち切られた。

 レースはスギノプリンセスがスタート直後の好ダッシュから、そのままゴールまで逃げ切り、3勝目をあげた。

 陣営はこのまま有馬記念にと期待したが、予想通りスギノプリンセスは体調を大きく崩して長期休養に入ることとなった。


 ちなみに、ソシアルラバーは大差の2着であった。

「お兄ちゃーん、また負けちゃったよー」

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