3-2.不安点
急な熱発で京都大賞典を回避してしまったため、オレの秋のレース計画は大きく狂ってしまった。
秋の天皇賞に休養明けでいきなり出走するしかない状況。仮に秋の天皇賞から目標を変えてジャパンカップや有馬記念を目指すにしても、その前に使えるいいステップレースがないのだ。
強いて言えば秋の天皇賞の翌週に行われるG2のアルゼンチン共和国杯を使ってからジャパンカップというルートくらいだろうか。
ただ、アルゼンチン共和国杯はハンデ戦。G1レースの狭間のせいで、あまり有力馬が出走しない傾向にある。そんなハンデ戦にG1を2勝しているオレが出走したとして負担重量がとんでもなく重くなる可能性があるだろう。
そういえば、G1の宝塚記念に勝ったローンペルセウスが秋の初戦に京成杯オータムハンデキャップに出走したら、とんでもない重量を載せることになって、ただでさえ小柄なローンペルセウスはまともに逃げれずにズルズルと惨敗したという話を聞いた。
そんなムリをしてまでアルゼンチン共和国杯を使うより、相手が強いだろうと予想されるものの秋の天皇賞を使ったほうがいいのではないか。そんな意見が陣営の多数から出たようで、オレの次のレースは秋の天皇賞となった。
秋の天皇賞にはいくつかの不安点がある。
1点目はオレが休養明けであることだ。しかも、熱発で数日間トレーニングを休んだせいで調子自体がすっかり落ちてしまっている。万全の状態で出走するのが難しいかもしれない。
2点目はオレが長距離輸送が初めてだということ。これまで関西方面でのレースしか経験がないオレは秋の天皇賞が行われる東京までの輸送に耐えなければならない。とはいえ、大昔と違って最近の馬運車での輸送はそれほど大変でもないとは思うんだけど……
3点目は2点目と重なるが、東京競馬場が初めてだということ。なにせオレは京都競馬場でしか勝ち星がない。初めての東京競馬場で京都競馬場と同じように走れるかどうかって点が不安視されている。とはいうものの、東京競馬場は最後の直線が長いことで有名だ。追い込み型で末脚勝負となれば、東京競馬場こそ、オレの本領を発揮できるコースだと言えるのではないか。
4点目は東京競馬場が左回りだということ。京都競馬場や阪神競馬場と違って左回りのコースでオレの走り方に影響がないかと言う点だ。左回りコース自体は中京競馬場がそうだからオレも経験はあるのだが、当然勝ち星は上げていない。まったく左回りが気にならないと言えば嘘になるが、それほどの影響はないんじゃないかと思っている。
5点目、これがもっとも大きな問題なんだが、それは秋の天皇賞が2000メートルということだ。長距離を得意とするオレにとって、やはり2000メートルは短く感じる。いや、オレとしては短くても関係ないのだが、他の馬たちのスタミナを考えた場合、最後の直線でまだ十分に余力を残しているだろう。そんな状態でオレが差しきれるのだろうかというのが、皆の不安な点だ。確かに京都や阪神の2000メートルではやや不安がある。だが、東京に長い直線なら差しきれるのではないかって、そんな気がするんだけどな。
だが、藤森調教師の考えついた結論はNOだった。これまでと同じ戦い方をしていては、東京の2000メートルでは勝てる可能性は低い。
万全の状態ならともかく、今の状態でも勝ちを狙えるレースをしなくてはならない。それはG1馬であるオレの使命だと。
そうか……いきあたりばったりで勝てたら儲けものって考えじゃダメなのか。
確かにオレが出走するとなれば、それなりのファンがオレに投票する。まぁ、今回の秋の天皇賞では1番人気じゃないだろうけどな。
そのファンたちが納得できるだけの走りをオレはしなくちゃいけないわけだ。
そうだよな、宝塚記念の時の走りでも惨敗したことでの罵声は浴びたものの、ムチャなチャレンジをしたことに対しての批判は少なかった。まぁなかったわけじゃないけどな。あくまで勝利を目指す姿勢、それがオレには求められているわけだ。
たとえ休養明けのぶっつけ本番でも、勝利を目指していかないとな。
ってことで、秋の天皇賞に向けて、藤森調教師による特訓が開始されたわけだ。
よっしゃ!
みなぎってきたぜ!




