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1-3.条件戦

 オレは次のレースのために万全を尽くした。

 どうやら、次のレースを逃せば日程的にオレの菊花賞への道は閉ざされてしまうようだ。

 めっちゃギリギリじゃないか。もう少し早く前世の記憶を取り戻していたらなぁ。

 そうすれば、こんなギリギリに……そう考えていて思わず苦笑したくなった。

 そういえばオレって夏休みの宿題もギリギリにならないと手を付けられなかったっけ。どうやらギリギリになってからスパートするのがオレの本来のペースらしい。


 オレのレースもそんな感じだ。オレも、そして主戦騎手のジュンもそうなんだが、スタートが下手だ。明らかな出遅れってのは1回しかないのだが、きれいなスタートって感じなのは1回もない。いつもなんかスタートするとシンガリになる。

 そして道中、他の馬たちの後をチンタラ走っていって、最終コーナーから一気に追い抜くって感じのレースだ。

 オレの脚質から藤森調教師が選んだ戦法なんだが、オレとしてもこの走り方は自分に合っていると思っている。


 そしてレース当日。

 京都競馬場は、朝からどしゃぶりの大雨。

 オレは雨の日のレースは大嫌いだ。好きなやつが多いとは思えないが……

 ちなみに本来この時期の開催は九州の小倉競馬場で行われているはずなんだが、今年は小倉競馬場は改修工事らしく、京都競馬場で代替開催となっている。

 京都で九州の地名のついたレースが数多く行われるというのも面白いところだ。

 オレとしても遠い九州まで長々と馬運車に揺られて行かなくてもいいからラッキーなところだ。

 それにオレは京都競馬場と相性がいい。今までの勝ち星はすべて京都競馬場で上げているからな。

 他の競馬場で1回も勝てていないだけという説もあるが……


 オレの出走するレースは午後に入ってすぐ。

 鞍上にジュンを乗せてコースに出ると、予想通りに馬場はグチャグチャ。重馬場ってやつだ。ただ、コースに出てすぐに雨が嘘のように止んだじゃないか。とは言っても馬場の状態が急に変わるわけじゃないが。

 

 ジュンは今日は珍しいことにもうすでに1レース騎乗してきたようだ。機嫌がよくないからきっと着外だったのだろう。オレに乗る前からすでに濡れた髪をしている。勝負服はレース毎に変えるからいいとして、髪を乾かす時間などなかったようだ。まだ残暑の残るこの時期だからいいようなものの、冬とかだったら風邪でもひきそうだよな。騎手ってのも楽な商売じゃないな。


 ゲートに入ると雲が途切れて太陽まで見えてきやがった。コースの水たまりに光が反射して眩しいぜ。

 とか余分なことを考えていたら完全に出遅れた……

 運命のかかったレースだと言うのに!


 まぁいつもどおりのシンガリ。

 まだ慌てるような時間ではないってやつさ。

 ここで焦ってペースを乱したら最後にスパートするスタミナを無駄に消費してしまう。ここは鞍上のジュンを信じて、シンガリからのんびりと行きましょう。


 道中、かかってしまった馬とかを遠目で見ながら落ち着いてコースを走っていく。馬場がグチャグチャで足取りは決して軽くはないが、別にオレだけがそうなわけじゃない。条件は皆同じさ。いや、見習い騎手乗せてるオレだけ重量が軽いんだから、オレが有利な説だってある。


 最終コーナー手前で、ジュンがオレの首を軽くトンと叩いて、ムチを軽く振って見せる。ムチの音がヒュンとうなる。いわゆる見せムチってやつだ。オレはムチで叩かれるのは嫌いだからな。ムチで叩かれて喜ぶヤツとかほとんどいないと思うんだが実際どうなんだろう?

 これは、ここから仕掛けるぞって合図だ。少し早いんじゃないかって気もしないでもないが、鞍上を信じるって決めたんだ。合図の通りにオレはギアを1段階上げた。

 オレの持ち味はロングスパート。トップギアに上がるまで他の馬より時間がかかるが、それを差し置いても、長くいい足を使える。

 そして両親から受け継いだ無尽蔵のスタミナがトップスピードをゴールまで維持し続けてくれる。


 京都の長い坂を登りながら、最終コーナーで大外から他のウマたちを1頭、また1頭と次々に抜き去っていく。下り坂に入る頃には馬群の中段あたりまで抜き去っている。下り坂でスピードを上げると外に大きく膨らんでしまうのだが、そんなことは気にせず、オレはギアをどんどんと上げていく。

 最後の直線にかかったときにはすでにオレの前にいる馬は1頭のみ。そして最後の馬もトップギアで一気に抜き去る。そのまま誰もいないゴールを駆け抜けていった。


 見たか、これがオレの全力の走りだ!

 だが、そう思った瞬間、オレは気づいてしまった。

 これが全力なんかじゃない。どうやら、もう1段階上のギアがオレの中に眠ってるようだ。

 でも、この最後のギアは諸刃の剣だ。

 使えばオレの競走馬生命を確実に縮める。下手すれば使った瞬間にオレの競走馬生命を終わらせるかもしれない。これは早々使っていいものじゃないぞ。

 使うとしたらここ一番の大舞台のみ。それも1回こっきりにしないとな。

 使わずにすめば万々歳だが……そうはいかないんだろうな、きっと。


 何はともあれ、これでオレも3勝目。

 菊花賞への道もここに開かれた。

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