2-10.春の天皇賞出走前
世間はゴールデンウイーク。
でも、競走馬にはそんなことは関係ない。
ただ、今日の京都競馬場いつもより観客が多い気がするなぁ。菊花賞の時と比べても明らかにパドックにも人が多いと思う。
そう、今日は春の天皇賞。やっと来たって感じ。
前走の阪神大賞典の時からみっちりとトレーニングを重ねて、これ以上ないくらいの出来となっている。
どうやらオレの人気は2番人気。
1番人気はドウネンブラウン。昨年の春の天皇賞、春秋のグランプリを制した現役最強馬と讃えられている。前走の大阪杯ではホークアイに敗れてはいるものの、有馬記念後の休養明けで、太め残りであったこともあり、実力負けとは思われていないようだ。
まぁ、オレも前走の阪神大賞典では情けない負けっぷりだったしな。
そのドウネンブラウンも、今日はしっかり作ってきてるようで、まさに威風堂々と言った感じで風格さえ感じられる。春の天皇賞2連覇に向けて待ったなしという感じだろう。
現役最強ステイヤーの名をかけての2強対決といった雰囲気だ。
もちろん、2強のもう一方はオレな。
そして3番人気はサワダジーニアス。
有馬記念で走るのやめてしまったあの馬だ。あれでも、秋の天皇賞ではドウネンブラウンに勝っているんだよな。
サワダジーニアスは有馬記念からぶっつけ本番での今日のレースとなっている。特にケガしてたとか、そういう話は聞いてないけど、どうしてたんだろう?
そう思ってサワダジーニアスの方を見たら目があった。なんかオレの方を睨んでやがる。特に気に障るようなことをした覚えはないんだけど……
「おい!」
返し馬を終えて、ゲート前にると、サワダジーニアスがオレの方に寄ってきた。
「待たせやがって、有馬記念で戦えると思ってたらいないでやんの……」
なんか因縁つけられてる気がする……
オレ何かした?
「あのー、なにか気に触るようなことがありましたか?」
向こうが年上ではあるし、ここは下手に出ることにしよう。
「スギノミサイルって面白い馬がいたから、やっと戦えると思って準備万端整えてたら引退されちまった。
つまらねぇなと思ってたら、ヤツと互角に戦った馬がいるって言うじゃねぇか。
しかたないから、そいつをぶっ倒してやろうかと思ったら有馬じゃ肩透かしされて……」
一方的にまくし立ててきやがる。
要はスギノミサイルの代わりにオレをぼっこぼこにしてやるってこと?
オレ、何も悪いことしてないじゃん……
あれか?
もしかして、こいつバトルジャンキーか?
危ないやつじゃん。
もしかして、有馬記念でやる気なくして走らなかったのってオレがいなかったから?
「あのー、強い馬なら他にもいるでしょ?
ほら、あそこのドウネンブラウンは現役最強って評判ですよ」
「ん、ドウネンブラウン?
あいつの相手はなかなか楽しかったぞ。
だが、すでに去年あいつは倒した。もう興味はない」
興味なさそうにそう吐いて捨てる。
「ふふ。
そいつにケツをついてまわられるのは、なかなか不愉快だったぞ。
今年はもうついてこないなら、気楽に走らせてもらえる」
横からドウネンブラウンが割り込んできた。
「あー、あんたは好き勝手に走ってればいいさ。
この坊やに遊んでもらうから」
オレとしては遊びたくないんですけど……
「あのー、オレきっと後ろの方から行くと思うので、オレの走りが不発だと道連れってことに……」
「それならそれでいいさ。
お前にだけは勝つ。お前が18着なら17着でもそれはそれでいい」
あー、こいつレースとかどうでもいいタイプのヤツだ。
「あらあら、楽しそうにお話してるわね。
お姉さんも仲間に入れてもらえるかしら?」
またなんか1頭混ざってきたぞ。こいつは……サワノルージュじゃないか。そうか、今日はこいつもいたんだった。
今日はパドックで離れてたから気にならなかったけど、もしかしてこいつ今日もフケてやがる?
あれか?
こいつってこの発情状態が平常なのか?
「うわ、こっち来るな。この頭花畑の年中発情メスブタが」
サワダジーニアスが酷い暴言吐いている。
ってことは、サワノルージュはいつもこうなのか……
困ったものだ。
「ひどーい。
わたしはこの坊やがお気に入りなんですからね」
そう言ってオレの方に流し目を向けてくる。
いや、オレとしても困るんですが。
うわ、近寄らないでほしい。
大事なレース前にまたあんなことになったら大変。
オレは逃げ出すように、その場を離れた。
タイミングよくゲート入りの時間がきたようだ。
レースに集中しよう。