2-9.桜花賞応援
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
トレーニングからの帰り道、同じ厩舎の牝馬ソシアルラバーから声がかけられた。
ちなみに、オレの母オーシャンマリアは連続して不受胎だったため、まだ妹も弟もいない。父ヤシログリーンの産駒は何頭か中央にも所属しているが、競馬界では父が同じでも普通に兄弟とは扱われていない。
だから、ソシアルラバーが「お兄ちゃん」と呼ぶのはあくまで近所のお兄ちゃんって言う感じだ。
とはいえ、ソシアルラバーとオレの間に全く血縁関係がないかと言えば、そうでもない。ソシアルラバーの母オーシャンルビーはオレの母オーシャンマリアの妹にあたる。つまり、オレとソシアルラバーは母方のイトコってことだ。
同じ牧場育ちで1歳違いだから、新冠の牧場時代からの仲となる。
知り合いの少ないこちらでは、幼馴染ってことでソシアルラバーの入厩時代からずいぶん頼られている。
「どうしたんだ?」
「あのね、あのね。週末の桜花賞に出れることになったんだ」
ソシアルラバーは2勝馬。
重賞勝ちがなく、桜花賞のステップレースでも負けているので、桜花賞の出走権はない。出走枠の残り枠へ抽選状態となっていて、ソシアルラバーと同条件の登録馬が4頭、残り枠はたった1つという狭き門だ。
そんなふうにジュンからは聞いていた。オレがいろいろな情報を知っているのもすべてジュンのおかげだ。ちなみに、ソシアルラバーの鞍上もジュンだ。
そしてどうやら、25%の抽選に見事に勝利を収めたようだ。
「そりゃ、おめでとう。ラッキーだったな」
「うんうん。
でも、桜花賞って強い馬ばかりなんでしょ。
勝てるかな?」
「うーん……」
正直言って今のソシアルラバーの実力で勝つ確率はすごく低いだろう。でも、今そんな正直な情報を必要にしてるとは思えない。
「ラバーはすごくラッキーだから、本番でもきっといいことあるさ」
「そうだね。頑張るね」
ソシアルラバーは元気に自分の厩舎へ去っていった。
ソシアルラバーの母オーシャンルビーはオレの母と違い比較的早い時期からマイル路線で活躍した。重賞勝ちこそなかったが、長い期間オープン馬として好成績を収めて繁殖入りしたそうだ。
その実績からオーシャンルビーにつけられた種牡馬はフェイルオーブ。ファイアグルームの仔の種牡馬としては当時はそれほど人気ではなかったはずだ。
でもフェイルオーブは、あのスギノミサイルの父親でもある。スギノミサイルの活躍で去年は人気種牡馬の仲間入りしたようだが、まだ去年の種付けの時期の段階ではクラシックレースは始まっておらず、スギノミサイルもすごく強そうだって程度の話題だった。
もし、フェイルオーブが生きていれば今年はすごくたくさんの種付け申し込みがあっただろう。
でも、休養で牧場に帰った時に聞いた話ではフェイルオーブは若くしてお亡くなりになったそうだ。スギノミサイルの3冠を待たずに亡くなったそうで、スギノミサイルが早くから後継種牡馬入りのために引退する話が出てたのも、そのためってことらしい。
オレを慕ってるイトコがスギノミサイルと同じ父親ってのも変な話だな。
でも、それはともかくとして、貴重な血となったフェイルオーブの数少ない産駒であるソシアルラバーの価値は自然と上がっている。
桜花賞の勝ち負けにかかわらず、ソシアルラバーの繁殖入りはほぼ堅いだろうな。
そういえば、オレが菊花賞に勝った後、ソシアルラバーが、
「おめでとう、お兄ちゃん。
ラバーも頑張って、お兄ちゃんのお嫁さんになるね」
とか、嬉しいことを言ってくれてたが、オレの方の種牡馬入りはまだまだ可能性が出てきたくらいなんだよな。
まぁ生産界ではイトコ同士って3×3となって近親すぎて危険だから、あまりそういう配合はしないはずなんだけどな。
日本では人間のイトコ同士の結婚は合法だ。馬ってイメージでは近親同士の配合しまくってるような感じだけど、そうでもないんだよな。ところが、最近はモーニングブルーの血を引く種牡馬や繁殖牝馬が増えすぎて危険だっていう話も牧場で聞いた。この前、吉住正勝氏が言ってた「血の氾濫」ってやつだね。
ちょっとオレ程度の知識ではそれがどの程度問題あることなのかまではよくわからないけど、モーニングブルーの血をひかないオレが注目されるってことかな?
桜花賞当日は厩舎付近はソシアルラバーの応援してたようで、途中結構湧いていたが、最後あまり景気のいい声が聞こえなかったからダメだったんだろう。
帰ってきたソシアルラバーは「負けちゃった……」ってガッカリしてうなだれてたので、なぐさめておくことにした。
翌日、桜花賞の結果をジュンに聞いたところ、7着ってことだった。
桜花賞で7着って十分立派な成績だと思うぞ。
今度、ソシアルラバーに会ったらそう言ってやらないとな。




